ぷろろーぐ
あーあー。えっふん。
テーベという名の塔がある。
大陸最北の砂塵に霞む人類未踏の建造物。
踏破した者は全てを叶えられる。
無理、不可能、それらが存在しない黄金郷
"落獄にして聖地"へと導かれるのだと。
故に彼らは塔を目指す。
あるいは夢を叶えるため。
あるいは、失った大切なモノを取り戻すため。
砂塵の彼方に消えてゆく。
そんな北の話とは程遠い、此処は大陸最南
南端部、人跡未踏の雪原帯、未開拓地域を含む"雪の国"
シルヴェリア自治領。
そして此処"ランス"はシルヴェリア自治領でも"吹雪の都"と称される首都シルヴェリアから一つ北の街。
ひとつ北、とはいうものの、ここもシルヴェリア領であることには変わりはない。
一面、白。
"銀世界"だ等と。
此処を知らない人たちは言う。
この暴力的な冷たさを。人が生きているべき温かさを奪う力を。
"綺麗"だ等と。
それは全てを硬く動かないものに変えてしまう冷たさで
"バナナで釘が打てるかもしれない"
一面の白の中に、狸の尻尾が揺れる。
よく見ればそれは、ウシャンカの様な毛皮の帽子から延びる装飾品で、それを揺らしながら雪道を進むのは十五も未だと言った風貌の少女。
少女の行く先は、近年このランスまで開通した鉄道の駅。
そこは目の前の雪を取り払ってしまえば"道"であるはずなのだが、それでもなお、膝下を雪に埋もれさせながら少女は進む。
白い息。毛皮の帽子と外套に埋もれる様な横顔に、表情らしい表情はない。
横目を向ければ、ランスの街並み。白い雪から家々の明かりだけが覗くようなそれは、本来であれば石造りの家々のはずだ。しかしながらそれはもう何十年も、明かりだけを外に漏らし続けている。
少女は先週、母親を亡くした。
駅へ向かう道すがら、少女は考える。
"母だけが寄る辺で在った"
誤解無き様申し上げると、若干齢ながら少女はこの極寒の地で"生きる術"自体は持ち合わせている。この十五も未だと言った風貌の少女は、病床の母を看る傍ら、ひとりで稼ぎ、食い、生きてきた。
しかしながら、その幼い心に、母だけが寄る辺で在った。
そして今は、其の死に目に居合わせなかった父親への漠然とした復讐心だけが、その心を繋ぎ止めている。
今、守るモノの無くなった故郷を捨てて、父を探しに。
会ったら、どうしてやろう。
"泣いて抱きしめ合おうか"
馬鹿な。ぶん殴ってやる。
その怒りだけが──
少女を繋ぎ止めていた。
殴る相手が見つからなかったらどうしようか?
そん時はそのまま一番北までいって塔に全部叶えてもらおうか。
そんな想像に。
一瞬だけ、口の端が──
さくり。さくり。
ブーツが雪に穴をあけ、雪道を小高い丘の上まで。
町の規模に対してあまりにも豪奢な駅施設。
此処から北、大陸中央に位置し、最大規模を誇る同盟国、セレクトリア王国からの援助で建設され、去年の夏にここまで開通した。
"鉄道"等。
そんな高速でレールの上を滑る鉄の箱が、一般人を乗せて中央とこの雪原帯とを行き来し始めたのも、つい最近の話。
中央までの乗車券は信じられないほどの高額であったが、狸帽の少女は二度と此処に戻らぬと決め、家財を売り払ってそれを手に入れた。
後生大事にしまい込んだそれをほんの一時、惜しむように取り出し、駅員に示して改札を通る。
いざ、それを目の前にしたとき。
語彙は頭から抜けた。圧倒された。
使われ始めた新技術は"加減"を知らない。
比較するものなど無くともあまりにも巨大な鉄の箱。
車両に銘打たれたその名
──装甲客車「雪国に降る雨」
見上げる少女。
(……槍の……雨…号?)
盛大に勘違いをした。
しかしながらそんなことは今、少女にとって些細な事。
ほう。と、車両を見上げて息を吐く。
これから此れに乗って、シルヴェリアを後にする。
もう、戻らない。
戻れない。
さぁ、感慨極まって、少女がホームからランスの街並みを振り返るところで、撮影機が引いて。
降りしきる雪。巨大な鉄道車両の佇む駅を背景に、振り返る少女。
そのシルヴェリア人としては珍しい金髪が揺れ、息が白く、解けて。
此処でタイトル。
と、いう奴だろうか。
Thebes:「車窓」エピソード
第0回
キャスト
狸帽の少女 ルコ・クロケット
改札駅員 モーリス・モルガン
語り手 "オレ"
…………何だよメタいことしてんな?
そう言う事情を知って語るお前は誰だ……って?
"オレ"が誰かなんて、そんなのどうでもいいじゃないか。
ああそうそう。
行けるかなって思って、バナナで釘を打ってみたんだ。
それがもう丸くて短くて全体的に重さが均一なもんだから
まともに叩けたもんじゃ無いんだわ。
硬けりゃいいってもんじゃないね。
ハハッ!