#書き出しと終わり 2
『嫌なことは数えても減らない、だから数える暇があったらいいことを増やせ』
昔、スラムにいた頃外から来たおっさんから言われた言葉だ。
そのおっさんは何をやってもうまくいかなかったらしく、俺のお気に入りのごみ箱を漁っているところに俺と出くわした。
おっさんは何でも知っていた。読み書き、計算、スラムの外のこと、たまにする政治?とかいうののことはよくわからなかったが、とにかく口を開けばいろんなことをしゃべっていた。
スラムの仲間はわけのわからないことを言うおっさんを最初は物珍しさからか何かと絡んできたが、すぐに飽きてまたいつもの生活へと戻っていった。
俺はと言えば、今思えば好奇心が強かったのかなんとなくおっさんと行動を共にすることになる。スラムのお作法は当たり前だが俺のほうが先輩なので教えていた。数少ない立場が逆転する瞬間である。
ある時、読み書きを教えるといわれ暇つぶしに付き合うことにした、数か月後お気に入りのごみ箱に入ってた漫画の中身が分かるようになり楽しさが増した。
またある時、計算を教えるといわれると数字は頭が痛くなると拒否したが強制的につき合わされた。しばらくたって街で靴磨きの仕事道具を買う時に釣銭をごまかされてたことに気づく、指摘したら店主が顔を引きつらせて正しい金額になった。いつもバカにされていたのでいい気味だと思う。
スラムでの生活がおっさんからの知識のおかげで自分なりに充実したころ、おっさんから「一緒にスラムの外に出てみないか?」と言われた。個人的には今の生活に満足していたので理由を尋ねると、俺との暮らしでもう一度やり直してみようという気になったんだそうだ。おっさんとの暮らしは悪くはなかったので乗ることにした。
一般社会に出る時に身元が必要だということでおっさんの養子になった、おっさんと親子なんてなんだか想像できないが家族というものに少し憧れ(スラムの連中もファミリーだが家族とは違う)があったからこれはこれでいいや。
それからは二人で働いて少しずつ生活が軌道に乗ってきたある日、おっさんと喧嘩した。最近とみにああしろこうしろうるさくなってきて思わず「本当の親父じゃないくせにうるさいんだよ!」と家を飛び出した。とぼとぼとさまよっていると気が付けばスラムの中でもヤバイ地域に足を踏み入れていたようで、暴漢に襲われそうになったところをおっさんが助けてくれた。
ぼこぼこの顔をくしゃくしゃにして笑みを浮かべながら「よかった!ほんとうによかった!」と呆然としていた俺を抱きしめて涙を流すのをなぜか俺がなだめることになっていた。…この日からおっさんのことを親父と呼ぶようになったと思う。
親父との生活が一年を過ぎようとした頃、知り合いがいるという事務所に連れて行かれた。事務所の所長という男性が親父の顔を見ると涙を流して喜んだ。
「お前が再起してくれるとは…!これでこの国も救われる…!ところで、この子は?」
「俺がまた立ち上がるきっかけをくれた女神様だよ」
歯が浮くようなセリフに思わず親父のひざ裏を蹴り飛ばす、事務所が笑いで包まれた。
それから5年、俺…いや私は政治家として復帰した養父の秘書として働いていた。養父の施策として打ち出された貧困対策をはじめとする様々な活動は着実に人々の人気を集め次期の大統領は養父だろうと人々が噂をする頃、嫌なことはやってくるのだ。
選挙活動中に養父が撃たれた、急いで病院へといったが今夜が山らしい。生気のない顔の養父のそばで呆然とする私に触れる手があった。顔を上げると養父がこちらを見ている、もう少し近くに、と言われ顔を近づけると不意に頭をなでられた。「今まで文句も言わずについてきてくれてありがとうな」
養父は、父は、治るのだ。また一緒に仕事をしてバカな話をして「いいこと」にあふれた生活をするのだ。そうまくし立てて手を握る。命が、零れ落ちる感覚が伝わってきた。
「きれいに、なったなあ」
数年の月日が流れ、私は父の目指した大統領選に臨む。事務所の所長は父の遺志をついた私をよくサポートしてくれ、また投票者も父の後ろについていた私に父を見てくれたのだろう、期待をされているのが伝わってくる。
不意にスラムにいた頃の父の言葉が頭をよぎった。たくさんの「いいこと」ができたと、候補者演説のマイクの前に立った私は父の言葉を飲み込んで演説を始めた。
kogeさんには「嫌なことは数えても減らない」で始まり、「その言葉を飲み込んだ」で終わる物語を書いてほしいです。できれば12ツイート(1680文字)以上でお願いします。




