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~夏のしらべ~8

 入佐吉の店はもう戸が閉められていた。その雨戸を研之介はどんどんと叩いた。


「どちらさんで」


 雨戸の内側から小さな声がする。


「俺だ、佐々木研之介だ」


 そう応えると、相手は押し黙った。


「入佐吉、貴様、夏鈴を吉原に売ったそうだな」


 研之介は戸に口をつけるようにして言った。


「しかも信吾までよそにやったと言うではないか! 貴様、俺たちに嘘をついたな!」


 研之介の背後には与ノ助と紋次がいる。信吾の件は紋次から聞いた。


「手下に見張らせていたんだが」


 と、紋次は言った。


「ざる屋は小僧を連れて外へ出かけ、戻ってきたときにはひとりだったと言っていた。どこかにやったか捨てたに違いねえ」


 紋次の声は落ち着いていたが、底に怒りが見えている。彼もまた子供のことが気になったのだろう。


「伊佐吉、開けろ! それともこのままここで大声を出すか?」

「待って、待ってくださいよ」


 ガタガタと雨戸の開く音がして、伊佐吉のやせた顔が覗いた。そのとたん、研之助の手によって伊佐吉は表に引きずり出された。


「伊佐吉、説明しろ!」

「う、うちだって大変なんだ。この店は借り物だから毎月の支払いが大変で。子供が増えたらやっていけなくなる」

「最初から夏鈴の身代【みのしろ】が目当てだったんだな!」


 研之助は伊佐吉がそむけた顔を無理やり捻じ曲げ、自分のほうを見させた。


「それで信吾はどうしたんだ。どこかに捨てたのか?!」

「し、信吾は」


 伊佐吉は口をわなわなと震わせた。


「信吾も売っちまったよ」

「どこへ!」

「子供を買ってくれるというから―――」

「なんてことを」


 呟いたのは与ノ助だ。


「信吾はどこにいる」

「黒門町の大五郎親分が子供を集めているって話を聞いたことがあって……そこへ連れていったんだ」


 研之助は二人の町人を振り返った。与ノ助は青ざめ、紋次はかすかに眉をひそめる。


「知っているのか?」


 研之助が聞くと与ノ助はうなずいた。


「いろいろと手広くやってて、やくざ者というよりは商売人のような方です。お金儲けがいっとう大事という……」

「先代はなかなかの貫禄だったが、あとをついだせがれはダメだな。義理も人情も金に換えるようなやつだ」


 紋次も吐き捨てるように言った。


「ひとでなしめ」


 研之助は伊佐吉を店の中へ突き飛ばした。伊佐吉は悲鳴を上げながら奥へ逃げ込んでゆく。


「その黒門町の大五郎というものの家を教えてくれ」

「まさか、乗り込むおつもりですか!」


 与ノ助が驚く。


「当然だ。信吾を取り戻す」

「大五郎一家は二十人はいるぞ」


 紋次が冷静な声で言う。


「琴菊の子だ……そしてもしかしたら俺の子かもしれん」


 研之介は刀の柄に手を置いた。


「琴菊は俺たちに文を書いた。俺たちを信じて。たった数度の逢瀬だったが、あの時、俺は琴菊を愛した。その女の最後の頼み、聞いてやらねば男ではない」

「恰好いいな、おサムライ」


 紋次がにやにやする。


「だが、やみくもに乗り込んでもけがをするだけだ。―――おい、」


 紋次は自分が連れてきた若い男を振り向いた。


「大五郎の作業場、知ってるな? 行って見張れ。走るんだ」

「へいっ」


 若い男はたちまち暗がりの中に消えた。


「紋次さん」


 研之介は紋次に正面から向き合った。


「思っていたのだが、おぬしの先ほどからの言動……、手下がいるとか大五郎に詳しいとか、もしや堅気ではないのか?」

「おやおや、今までは俺が堅気に見えていたのかね」


 くくっと紋次が喉の奥で笑う。


「いや、それは―――」


 まっとうな商売人、職人にしてはまとう雰囲気が剣呑すぎるとは思っていた。


「俺は浅草の元締め、田丸組若頭。人は諸刃の紋次と呼ぶぜ。まあ大五郎とご同業だ」



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