~鬼灯の夢~15
六
翌日の夜、研之介は約束通り、与ノ助の用心棒としての勤めを果たした。
浅草の料理屋から日本橋まで、一里ちょっと。与ノ助の足で半刻はかかる。道々いろいろな話をしながら歩き、ときには立ち止まって言い合い、笑いあったりしたものだからけっこう遅くなってしまった。
与ノ助は店に着くと、休んでゆけ飲んでゆけとしつこく勧めた。
「いや、最近ぶっそうだからな。子供らにもすぐ帰ると約束したのだ」とようやく帰してもらった。
もうじき町内の木戸も閉まってしまう。研之介は足早に道を急いだ。通りにはまだいくつかの店が開いていてその灯が足元に影をつくる。この明るさも日本橋を過ぎれば途絶えてしまう。
もうじき大川にかかる吾妻橋という時、目の前を白い着物が通りすぎた。
しわしわのひとえの絣の着物。
(え?)
胸の中で声を上げた。望月だったからだ。
望月は疲れた顔で歩いていた。今まで仕事だったのだろう。腰には先日と違ってちゃんと二本差していた。
研之介はなんとはなしに望月のあとをつけた。与ノ助が言っていたおいはぎの話が頭にあったからだ。
背の高い、髭面の、白い絣の着物を着た浪人―――
姿形だけなら望月その人だ。
(まさか、まさかな)
大川をとぼとぼと渡り深川に出る。望月は通りまでくるとあたりをきょろきょろと見回した。研之介はとっさに物陰に隠れた。
望月は川べりに寄り、一本の柳の木の下にからだをいれた。柳の細い枝が望月の姿を隠す。
(まさかまさか)
望月の姿は影になってはっきり見えないが、腕の動きで刀に手をかけたのがわかった。
向こうから二人の男が提灯を下げてやってくる。酒でも飲んできたのか大きな声で話していた。
(望月どの、まさか澪どのを悲しませるような真似はすまいな)
研之介は胸の中で叫んだ。澪のため、おなかの子供のため、望月は良心を金に変えようというのか。
「―――」
殺気を感じた。研之介は思わず自分の刀の柄に手をかけた。
しかし。
二人の男は望月が身を寄せている柳のそばを通りすぎた。
一間、二間、距離が離れていくが、望月が飛び出すことはなかった。
「……」
研之介は思わず長い息を吐いた。
刀から手を離すと、背を伸ばし、望月のいる柳へと近づいた。
「望月どの」
声をかけるとぱっと望月が柳から離れた。
「こ、これは、佐々木どの」
望月は驚いたようだった。
「なぜここに? どうして―――」
「俺は家へ帰るところです。望月どのもそうでしょう? 途中までご一緒しましょう」
望月の手はまだ刀の柄にあった。彼は自分の足元を見つめている。
「望月どの、奥方が心配しておられた。いつも遅くまで働いて、からだを壊さないかと」
研之介が重ねて言うと、望月は長いため息をついた。
「昨日は―――西瓜をありがとうございました」
「いえ、俺も友人からもらったものです」
研之介が促すと望月は歩きだした。
「お仕事はなにをされているのです?」
「実は料理屋の下働きをしております。用心棒も兼ねておりますが」
「料理屋ですか」
「若いころ、習ったことがあるのです」
望月は照れくさそうに言った。
「夜遅くまで働かせてくれるところは少なくて」
「そうですね」
二人はしばらく黙って歩いた。空には細い新月しかなく、その代わりたくさんの星がきらめいている。それでも足元も見えないほど暗かった。
「佐々木どのは―――」
望月が立ち止まって言った。
「さっき拙者がなにをしようとしたのかご存じなのではないか」
研之介は二、三歩行きかけ、立ち止まった。
「しかし、望月どのはなされなかった」
「やはり、お分かりでしたか」
望月は軽くため息をついた。
「望月どの……」




