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~鬼灯の夢~13

 その日の午後、もう一人訪ねてきたものがいた。伊丹屋の与ノ助だ。大きな西瓜を縄で縛って下げている。それも二個も。

「お、西瓜じゃないか」

 研之介が喜ぶと、与ノ助はそれをごろりとかまちにころがして、

「挨拶より先に西瓜ですか」と笑った。

「すまんすまん、重かっただろ」

 研之介が渡した汲み置きの水を、与ノ助はごくごくのどを鳴らして飲んだ。

「ふう、生き返りました」

 そう言って手拭いで顔を拭く。

「取引先から荷車いっぱいもらいましてね。店の使用人たちと分けても余ってしまうから信吾ちゃんたちにと」

「ああ、嬉しいな。じゃあ冷やしておこう」

 研之介は外に出ると、井戸から桶に水を汲んだ。

「子供たちが喜ぶよ」

「それならあたしも嬉しいです」

 与ノ助は(かまち)に腰をおろす。

 入り国と反対側の開け放した窓から、緑を抜けて風がはいってくる。与ノ助はその風にうっとりと目を閉じた。

「ときに研さん、最近おいはぎが出るって話し、知ってますか」

「ああ、さっき大家に聞いたばかりだ。夜は出歩くなって言われたよ」

「そのおいはぎにあたしの知り合いも襲われたんですよ」

 与ノ助は顔をしかめようとしたが、肉付きのいい顔はほんの少し歪んだだけだった。

「その人は油屋なんです。あたしより少し年上なんですけど、お妾さんを二人も囲ってる、まあ油も精も売るほど持ってる人なんですけどね」

 与ノ助は自分の冗談におかしそうに笑った。

「その妾宅からの帰りに出くわしたって言うんですよ」

「刀を持ってほっかぶりをした男だと聞いたぞ」

「ええ、お侍のようですね。あたしがじかに聞いたのも、背の高い髭面の怖い顔をした浪人ものだって話なんですけど」

「背の高い髭面……?」

 研之介はその容貌を聞き、数日前に会った望月を思い出した。

「そいつが刀を下げて財布を出せって迫ってきたって。それで財布を放り出して逃げ帰ったって言うんですよ。さんざん女将さんに怒られたらしいんですけど」

「その浪人もの、他に特徴はなかったのか? 着ていたものとか……」

「白っぽい絣のひとえを着てたと言いましたが、この季節じゃみんなそんなものですよ」

「……」

 望月もあの夜そんな着物を着ていなかったか?

 金がなくてせっかくできた子供を堕ろそうと話していたという望月。まさか子供を救うためにはやまった真似をしたのではないか。

「研さん?」

 与ノ助に覗き込まれ、研之介ははっと我に返った。

「ああ、すまない。それにしても物騒だな。与ノさんも気をつけなよ」

「ええ、そこでですね、研さん、明日はお暇ですか」

 与ノ助は丸い顔を傾げた。

「明日? ああ、別になんの約束もないが」

「実は明日、呉服屋の寄り合いがあるんです。帰りは遅くなりそうなので、よろしければ研さんに送ってもらいたいんですよ。もちろんお礼は差し上げます」

「ああ、そういうことならこちらも大歓迎だ、助かる」

 研之介は与ノ助から明日の寄り合いの場所と時間を聞くと、必ず迎えに行くと約束した。これで明後日は晩飯に酒をつけてもらえるだろう。



 昼過ぎ、子供たちが帰って来た。汗まみれの顔が西瓜を見て輝く。

「はやくきってきって!」

 信吾が桶から西瓜を出そうとするが、重すぎて持てない。着物の袂がびしょびしょになってしまった。

「待て待て、今切るから」

 玄関先で包丁を使って切ると、真っ赤な果肉が現れた。三人ではとても食べきれないので長屋に残っている人たちも呼び寄せる。

 お日様が真上からさんさんと照ってくる中、冷えた西瓜は甘くのどを潤した。

 信吾は次から次へと食べ、研之介と夏鈴を呆れさせた。

「信吾はどこか穴が空いてるんじゃないかしら」と夏鈴が心配したほどだ。

 今は食べすぎてそれこそ西瓜のような腹になり、仰向いて倒れている。

「おまえ、よく食べたなあ」

 研之介は笑ってその腹を叩いた。信吾は大人のような大きなげっぷをしてそのまま眠ってしまう。

「夏鈴、俺は明日、与ノさんの仕事で夜いないけど、留守番できるな?」

「あい、用心棒でござんすか」

「そうだ。おいはぎが出るらしいからな。夜は俺が帰ってくるまでしっかり戸締りしておくんだぞ」

 研之介はもう一つの桶にいれなかった西瓜を手にした。

「こいつは望月さんに持っていこう。先生はお元気だったか」

「あまりお元気ではございませんでした」

 夏鈴は答える。研之介は「そうか」と呟いた。

「すぐに戻るから、洗濯物を取り込んでおいてくれ」

 研之介は西瓜を縛っている縄を締め直すと、それを肩にかついで家を出た。

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