~鬼灯の夢~12
望月は憔悴した様子で店を出た。見送っていると足元がふらついている。あれではほおずきのせいでなくても悪夢を見ることだろう。
卓に座った研之介に女将が酒のおかわりを持ってきた。
「どうしたんだい? なんだかえらく深刻そうな話をしてたみたいだけど」
「ああ、うむ―――家庭の事情だ」
研之介は食事を続けている夏鈴と信吾を見た。
信吾は自分に関係のない話よりはかれいの煮つけに奮闘しており、夏鈴は自分の投げた小石の波紋には興味がなさそうだった。
「夏鈴、お前なあ。事実かどうかはわからんがもうちょっと言いようがなあ」
「わっちはお師匠さまの夢の絵解きをしただけでありんす」
「そうだろうけど、でも望月どのは傷ついたんじゃないのか」
「遊女でもないのに腹の子を殺してはなりませぬ。お師匠さまが思い直してくださればよろしいのですが」
「うん、そうなんだけどなあ」
楽しそうに子供たちを教えている寺子屋の師匠夫婦にそんな闇があったとは。
(もしかしたら望月どのの夢は、赤子を殺そうとした罪の意識がみせたのではないだろうか)
そんなふうにも思われる。その意識が生まれる前の記憶を呼び覚ましたのか。
研之介は望月やその妻の胸の内を思い、暗澹たる気持ちになった。
五
その朝、子供たちを寺子屋に送り出したあと、研之介は井戸端で洗濯を始めた。たらいに水をいれ、汗をかいたねまきを放り込むと足でざぶざぶとふみつける。
そこへ顔を出したのは大家の長吉だ。
「おはようございます、研さん」
「これは大家どの」
「精がでますな」
「いや、自分一人ならこんなに毎日洗濯はしないのだがな。子供というのは驚くほど寝汗をかく」
「はは、そうでしょうね」
研之介の側では長屋の他のおかみさんたちも一緒に洗濯をしていた。大家は女たちの数を数えると、
「おみよさんはもう行商にいったのかい」
と聞いた。
「そうだよ、昼過ぎには戻ってくるけど、おみよさんに用事かい?」
おかみの一人が元気よく答える。
「いや、一応みんなに注意しておこうと思ってね。おみよさんにはあとで伝えておいてくれ」
大家はそう言って「ごほん」と空咳をした。
「実はこのあたりでおいはぎの被害があってね」
「おいはぎ?」
「そりゃぶっそうだこと」
大家はうなずいた。
「そうなんだよ、戌の刻を過ぎた頃、人通りの少ない場所を狙ってね、刀を持ってほおかぶりした男が出るらしいんだ。だからみんなも下手人が捕まるまでは夜歩きを注意しておくれ」
「それはいつごろのことだ?」
研之介はたらいの足を止めて聞いた。
「ここしばらくのことで連日らしいんだよ。同心の小田嶋さまもカリカリしてなさる。夜回りの数を増やすとおっしゃってるが、とにかくみんな、ご用心ご用心」
大家がそう言って帰って行くと、おかみたちはいっせいに鳥がさえずるようにしゃべり出した。
去年もそういうことがあっただの、大川の花火大会のときはどうするんだだの、こんなに暑いのに夕涼みするななんて酷だのと、それぞれがものすごい速さでまくし立てる。
「佐々木の旦那、あんたも子持ちになったんだから気をつけなよ」
おかみに言われて研之介はうなずいた。
「しばらく俺がこのあたりを見回ろうか?」
そう言うとおかみは笑って手を振った。
「やめときな、おいはぎに間違えられて捕まっちまわあ」
「そうそう。今のご時世浪人さんほど金がない人はいないからね」
「へたに手を出すと怪我するよ」
おかみたちにはどうも頼りない浪人ものだと思われているようで、研之介は苦笑するしかなかった。




