~鬼灯の夢~9
四
研之介は望月を居酒屋「三ツ輪」へ誘った。なんとなく望月が話をしたそうに思えたからだ。
隅の卓に夏鈴や信吾も一緒に腰を下ろす。すぐに女将が冷たい冷奴と、熱く炒ったぎんなんを出してくれた。
「ほおずきが恐ろしいとおっしゃいましたか、望月どの」
「左様。元々、ほおずきは嫌いでした。しかし、この夏はおかしいのです。ほおずきをみると足がすくみ胸が冷たくなるように恐ろしくなってしまいました。これまでこんなことはなかったのに」
「この夏に突然ですか。なにか普段の年と変わったことがあったのですか?」
「とくにこれといって。強いて言えば妻に子供ができたことくらいです」
「ほう、それはおめでとうございます。初めてのお子さまですか」
望月はうなずいたがその顔に嬉しさは出なかった。
「それに……ほおずきが出回るようになってから夢見が悪いのです」
「夢見、が?」
望月は箸で豆腐を崩し、それを口に入れた。
「笑わないでください。大の男が夢が怖いなどと。しかしこれもほおずきと同じで耐えられないくらいの恐ろしさなのです」
「どんな夢です」
研之介は多少の好奇心を持って聞いた。知識も教養もある武士を震え上がらせる夢とはどんな夢なのだろう。
「うーむ、しかし……」
望月は言いづらそうにしている。
「わっちの住んでいたところでは、怖い夢は誰かに話せば消えて行くと言われておりました」
夏鈴が話しに割って入った。望月には夏鈴の身の上を話しているので、彼女が前に住んでいたところが廓だと知られている。
「左様か……しかし何度も何度も繰り返し見るのだ。ほんとうに消えてくれるだろうか」
「ものはためしですよ。望月どのもほんとうは話したかったのではありませんか」
「……」
望月は猪口をてにしてぐいっとあおった。
「そうですね。この話は妻にもできませんでした。確かに誰かに聞いてもらいたい思いはありました」
とん、と卓の上に猪口を戻す。
「おかしな夢なのです。男と女が暗い部屋に座っている。その二人の話を拙者は聞いているのです。どうもその二人は拙者の父母のように思えます」
ごくり、と、彼が唾を飲んだ音が大きく聞こえた。
「男が女に「もう実はなったか」と聞く。それに女が「なりました」と言う」
望月の声はかすかに震えているようだ。
「女は立ち上がって障子を開けて庭へ降りる。そして縁台の下にあったほおづきの鉢植えのそばにしゃがみこむ」
望月ははあはあと喘いで虚空を見つめた。
「女が手に取った赤い小さな実。これがさっき言っていた実なのだなと拙者は思う。女はそれを口にもっていく。そうすると、」
突然望月は両手で頭を抱えた。
「その実は赤ん坊の首となり、女はそれをバリバリと食べてしまうのだ! 女の足の下に真っ赤な血が流れる、ばたばたと女の股から血が落ちて着物が真っ赤になって!」
「望月どの!」
研之介は望月の様子に驚いてその肩を抱きかかえた。望月は着物の上からでもわかるほどに汗をかいている。
「大丈夫か!」
「ああ、怖い! 怖い!」
望月は悲鳴を上げた。
「今までこんなことにはならなかったのに、この夏ずっと拙者はこんなありさまなのだ。いったい拙者はどうしてしまったのだろう?!」
研之介は女将に杓で水を酌んでもらった。杓の柄を持たせると、望月は吸い込むような勢いでそれを飲んだ。
「落ち着きなされ。ここにはほおずきはない」
「……かたじけない」
望月は大きく息を吐き、師匠の様子にびっくり仰天している信吾に気づいて頭を下げた。
「すまぬ、信吾。驚かせたな」
「おししょーさま、だいじょーぶ?」
「うむ、もう大丈夫じゃ」
「よかった!」
信吾はにっかり、と笑う。その笑顔につられたように望月の頬も緩んだ。
「子供はかわいいな、佐々木どの」
「え? ああ、そうですね」
「うちには長く子はできませんでした。それがこの夏、はじめて妻が身ごもった……」
「よかったじゃないですか」
望月は首を振る。
「こんな夏に……」
やはり嬉しそうではない。夏鈴はじっと望月を見つめている。
「お師匠さま」
夏鈴は茶碗を両手で持ちながら言った。
「わっちにはお師匠様のその夢の謎、わかるような気がします」




