~鬼灯の夢~3
二
寺子屋は望月聡馬という武士が開いていた。裕福な武士ではない。お目見え以下の御家人で、子供たちが習う部屋から、畑にした庭が見える。
畑にはナスやきゅうりなどが鈴なりになり、大葉の青い匂いもした。
研之介が夏鈴と信吾を連れて挨拶にいったとき、望月の妻が茶を入れに出てきた。はかなげな雰囲気の美女で、どこか琴菊に似ていた。
夏鈴はかなを少しだけ読めたが書くことはできず、信吾はまったくわからないという状態だったので、よみかきの最初から始めることになった。
教えるのは望月ではなく、妻の澪だ。澪は他に赤ん坊から三歳くらいまでの子供の面倒もみていた。
「最初はカルタで遊びましょうか」
澪は畳一面に色鮮やかなカルタを並べた。
「信吾ちゃん、この絵はなんでしょう?」
澪は一枚の絵札を見せた。それには犬の絵が描かれている。
「いぬだー、わんわん」
「そうですね、犬です。そしてここに書いてある二本棒をひっぱったものが「い」という文字なんですよ」
「じゃあこれはだんご?」
信吾のあげた絵札を見た澪はにっこりした。
「ええ。でも絵はだんごだけではありませんね」
「おはな、かいてある」
「そうです。だからこの絵札は、はなの「は」です」
澪はそうやって次々に札を教えて言った。
「夏鈴ちゃんはもうかなは読めるのでしたね」
澪に言われて夏鈴は小さくうなずく。
「ではこの紙をみてください」
その紙には夏鈴も知っている昔話が書かれていた。
「このおはなしをよみながら、ここにかいてある文字を真似して書いていってください」
澪は手本を左に起き、右に白い紙を置くと、夏鈴の手をとって筆を持たせた。
「最初は大きく書いてもいいですよ。ゆっくりと、正確に書いていってください」
夏鈴は真剣にその紙をみていたが、やがて筆に墨をつけ、おそるおそる線をひっぱっていった。
「そうです、上手ですね」
琴菊に似ている澪にほめられ、夏鈴の顔に嬉しさが広がる。信吾も腹這いになって楽しそうにカルタを見ていた。
そんなふうに、信吾と夏鈴の寺子屋ははじまった。
二人が寺子屋に行き始めて数日経ったころ、研之介の長屋に尋ねてきたものがいた。
「若、ご無沙汰しております」
「おお、佐平ではないか」
畳に寝ころがって黄表紙を読んでいた研之介は、あわてて身体を起こした。
「どうしたのだ、お前が尋ねてくるなど」
佐平は大家の長吉の親戚で、研之介の実家の屋敷の門番をしている。
「実は、兄上さまの時定さまが国元より戻られました」
「兄上が?」
「はい、それで一度研之介さまに顔を出すようにと」
「……ああ」
研之介は首もとの汗をぬぐった。
「屋敷には戻りたくないが兄上にはお会いしたいな。わかった、明日にでも出向くとお伝えしてくれ」
「かしこまりました」
佐平は風呂敷包みを研之介に差し出した。
「これを」
「なんだ?」
「お召し物でございます」
研之介は自分のよれよれのひとえを見て苦笑した。
「ああ、そうだな、こんな格好で行ったら兄上に余計な心配をかけてしまうかもしれん」
佐平は柔和な顔で頭を下げた。
「それでは明日、お待ちしております」




