~鬼灯の夢~2
「なにをおっしゃってるんです紋次さん。信吾ちゃんはまだ三つなんですよ、寺子屋なんか通わせず、遊ばせなきゃ」
「そっちこそなにを言ってる。早いガキはハイハイしはじめた頃から読み書きやってるぜ。勉強ってのは早いうちからしとくもんだ」
それに珍しく与ノ助が反発した。
「大人になればどうせ苦労するんだから、子供のうちくらいのびのびさせた方がいいんですよ」
紋次は鋸を引く手を止めずに答えた。
「信吾は職人の子でも商売人の子でもねえ。大人になってどんな職についてもいいように、学だけはつけとかなきゃ」
「商売をやりたいっていうならあたしのとこで面倒みますよ」
足を切り終えた紋次はこんどは金槌と釘を持った。
「信吾を布団屋にするつもりか?」
「悪いんですか」
紋次はトントンと調子よく釘を打ち始めた。研之介がずいぶん苦労していたのに比べると、豆腐に打ち込んでいるかのようにすんなり入ってゆく。
「悪いとは言わねえが、なんにだってなれるんだ。もっと男らしい大きな仕事がいいじゃねえか」
与ノ助はむっと頬を膨らませた。
「布団屋が女々しいっておっしゃるんですか、そりゃあやくざに比べればおとなしい仕事ですがね」
精一杯の皮肉を紋次はせせら笑う。
「信吾をやくざにするわきゃねえだろ。わかったぞ、お前がそんなにぶくぶく太っているのはガキの頃、親がのびのびさせすぎたんだな」
「あたしの体型のことはどうだっていいでしょう!」
真剣に言い合っている二人には悪いが、研之介は笑いを堪えるのに必死だった。
「まあまあ、与ノさんも紋次もそのへんにしておいてくれ。勉強といっても遊び半分なんだ。そんなに厳しい先生じゃないようだし、通わせてはみるが信吾にあわなければすぐにやめさせるよ」
「……まあ、今は研さんが親代わりですからあたしたちには口出しする立場じゃありませんが」
そう言いながらも与ノ助は不満そうだ。
「信吾ちゃんがいやだって言ったらやめさせてあげてくださいよ」
案外と依怙地な与ノ助を、研之介は不思議な思いで見た。
「与ノさんは寺子屋キライだったのかな」
「あたしは出来のいい生徒じゃありませんでしたからね。ともだちにはいじめられるし、いい思い出がないんですよ」
与ノ助は紋次の顔を見下ろした。
「紋次さんは寺子屋でも親分だったんでしょうね」
「ふざけるなよ、俺が通えるわきゃねえだろ」
釘を打ち終えた紋次は文机をくるくる回して出来を確認している。
「あとで切りっぱなしの面を紙やすりで擦ってなめらかにしてやんなよ。ささくれで指を切ったりしねえようにな」
「わかった。ありがとう」
紋次はできあがった文机を信吾に渡した。信吾はそれを地面に置くと両手を乗せた。
「がたがたしなーい」
「ったり前ェだ。それが机ってもんだ」
「おいちゃん、ありがとー」
信吾が振り仰いで笑う。紋次は照れくさそうな顔をした。
「紋次さん、ずるいです」
与ノ助がむくれる。
「あたしにはこんな立派な机は作れません……そうだ、信吾ちゃん、あたしがいい筆と硯を買ってあげようねえ」
「いやそれは」
と、研之介が言いかけたが、その前に信吾の甲高い声がかぶさった。
「かりんねえちゃにもかってくれる?」
「もちろんだよ」
ちゃっかりした信吾の言葉にむしろ嬉しそうに与ノ助が答えた。
結局、紋次が夏鈴の分の机まで作ってくれたので、研之介がしたことは両手に傷を作ったことだけだった。




