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~手の届かない花~20

「だから男はバカだと言うんでありんすよ! この線を踏んだら終わりだと言ったでしょう」

 廃寺の境内に夏鈴の威勢のいい声が響いた。

「だれがバカだ! 第一踏んでねえよ、足の指はこう、浮かせてたんだ」

 それに対して負けずに大声をあげているのは太一だ。

「足の指が線から出た時点でだめだって言ってるんでありんす!」

 夏鈴と太一が顔を突きあわせてわめきあっている。周りの子供たちは、また始まったとばかりに肩をすくめながらも、この喧嘩の行方を楽しんでいるようだ。

 そこへ研之介が与ノ助を連れて通りかかった。

「おいおいどうした。なにをもめてる」

「おいちゃーん」

 信吾が駆けてきて研之介の足に飛びつく。

「みんなでけんけんしてたのー。でもたいちにいちゃがわっかからでちゃって」

「出てねえ!」

 太一は今度は信吾に怒鳴った。

「信吾に怒鳴らないで、バカ太一!」

「間違いを正しただけだ、あとバカって言うな」

「ばかじゃなけりゃなんなんだい。間抜けでとんまでけろぴっぴ」

 夏鈴が歌うように言う。太一は真っ赤になった。

「このバカアマ、ばかばかばか」

「ぱかぱか言うのはどこのおんまさんかねえ」

「このおぉ……!」

「そのへんにしとけ」

 研之介が太一と夏鈴を引きはがす。

「太一、口で夏鈴にかなうわけないだろう」

「だけどさ、研さん……」

「さあさあ、みんな」

 与ノ助が懐に手をいれ、財布をとりだした。

「暑い中遊んでのどもかわいただろう。階段の下に冷や水売りがいたからみんなで飲んでおいで」

 そう言って子供たちに小銭をくれる。子供らはわあっと歓声をあげて階段を駆け降りていった。

「さあ、太一さんも」

 与ノ助が太一にも小銭を差し出すと、太一は膨れた顔そのままにちょっと頭を下げて受け取った。

 その背中を見送り、研之介は一人ぽつんと立つ夏鈴を手招いた。

「おまえはどうしてそう太一と喧嘩ばかりするんだ。こないだ仲良くなったんじゃないのか」

「仲良くなんてなってません」

 夏鈴はぷん、と横を向く。

「やっぱり太一は子供でありんす。いじっぱりで絶対自分の負けを認めないし、口は悪いし頭も悪いし」

「そりゃあお前も一緒だろう」

「ひどいっ、主さま!」

「さあさ、夏鈴ちゃんも」

 与ノ助は夏鈴に小銭を渡した。

「ありがとうござんす、伊丹屋の若旦那」

 夏鈴はしなを作ってお辞儀をし、そのままたったと階段を駆け降りていった。

「やれやれ」

 研之介は与ノ助と顔を見合わせて苦笑する。

「しかし子供たちと遊ぶようになったのは大きな成長かな」

「そうですね、子供は子供同士。夏鈴ちゃんもいろんな顔を見せるようになりましたね」

「うむ。子供の時期などあっと言う間だからな。今の内に楽しんでいてほしい」

 階段の上から子供たちを見る。冷たい砂糖水に浮かんだ白玉をほうばる子供たちは、はじける笑顔を見せている。

 その中に太一がおり、夏鈴がおり、信吾がいる。

「子供の笑顔というのはほんとうに見ていてありがたくなるものですね」

 与ノ助がしみじみと呟いた。研之介がその顔を見てからかう。

「与ノさん、子供もいないのに親父の顔になっているぞ」

「え? そうですか」

 与ノ助はふくよかな顔をぎゅっと押さえた。

 その頭の上をひらひらと花びらのような黒アゲハが飛んでゆく。日差しを浴びて黒い羽根がビロウドのように輝いていた。

 ひとつとして同じでない子供の夏が過ぎてゆく。

 俺は信吾や夏鈴に楽しい日々を過ごさせているだろうか?

 研之介は子供たちを見ながら、彼らの輝く夏を思った。

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