~手の届かない花~19
伊丹屋の使用人たちが大勢で押し寄せたので、さすがに番屋も同心たちに知らせた。
同心と与力が捕り方たちを引き連れ伊丹屋に駆けつけたときには、盗人たちは縛り上げられ、ご丁寧に斬られた箇所の手当までされていた。
「夜盗、黒鼠に間違いないな」と与力が問うと、黒鼠の頭はすっかり観念して「間違いございません」と認めた。
太一と夏鈴は伊丹屋からお礼として一両ずつもらい、研之介も日銭のほかに二両もらった。
太一は初めてみる小判にぼうっと頬を上気させ、呼吸も忘れたようだった。
夏鈴も小判を胸に抱き、そのすべすべとしてひんやりした感触にうっとりしている。
「夏鈴、太一」
研之介は二人に呼びかけた。
「お主等も今夜はご苦労だったな、朝になったら俺が三ツ輪まで送っていこう。女将さんが心配しているだろうからな」
「研さん、おいらこんな大金もらっていいのかな」
太一はそう言いながらも小判をしっかり握っている。
「伊丹屋殿がくださるというのだ、ありがたくもらっておけ。女将さんにはすべて話すのだぞ」
「うん―――うん!」
夏鈴は研之介の前へ進むと小判を差し出した。
「なんだ? これはおまえのだろう」
「わっちはもらえませぬ。ただ蔵の中で隠れていただけなのに」
「黙っておれ。お前がそう言うと太一も遠慮してしまうだろう」
研之介は小さな声で耳打ちした。
「でも……」
「それはお前の嫁入り支度の足しにしておけ」
「わっちは―――」
「嫁入りの前に死ぬなんて言うな」
研之介は厳しい口調で言った。
「なぜおまえがそんなことを言うのかわからぬが、琴菊はおまえの花嫁姿が見たいと思うぞ。もちろん俺もだ」
夏鈴は目を見開いた。今聞いた言葉が信じられないと言う顔をする。
「花嫁姿……主さまがわっちの花嫁姿をごらんになりたいと、」
「当たり前だろ。俺はお前の父親代わりなのだぞ」
夏鈴はうつむいた。
「ごめんなさい」
「なんだ? なぜ謝る」
「わっちは……わっちはどうせ郭に戻されると思っておりました。だからその前に死んでしまおうと……」
「おまえ―――」
研之介は夏鈴をそっと抱き寄せ、その頭を撫でた。チリンと小さな鈴が悲しげな音をたてる。
「俺はな、死んだ琴菊に誓ったのだ。必ずおまえたちを大事に育てると。惚れた女と交わした約束を守れぬなら、今すぐ武士も男も捨てていい」
「主さま―――」
「俺を信じてくれ、夏鈴」
「……っ」
夏鈴は研之介の腹に顔を押し当てすすり泣いた。研之介はそんな夏鈴の頭を両手で抱き、涙が収まるまでそのままでいた。




