~手の届かない花~13
太一が足を止め振り向いた。夏鈴が薄笑いを浮かべて太一を見つめている。
「わっちに花などよこしてどうするつもりでありんすか。食えないし金にもならない。あげくにそんな怪我までして。わっちはお前から花など受け取らないよ、お前はとんだひょうげものさね」
「―――夏鈴!」
バンッと卓が叩かれた。叩いたのは研之介だ。
「言っていいことと悪いことがあるぞ。太一はお前のために木に登り怪我をしたのではないか。その太一の努力を馬鹿にするような言いぐさはなんだ!」
「わっちが頼んだわけではありませぬ!」
夏鈴は立ち上がって叫んだ。
「それでも、だ。人の心を無下にするな。お前はあんなに優しい琴菊のそばにいて、その優しさを学ばなかったのか? 琴菊はお前に人の情を教えなかったのか?」
「―――」
「お前のそういう言動が、琴菊の魂を汚しているとは思わないのか!」
夏鈴の頬が赤くなり、それから青ざめた。よろけるように一歩下がると、夏鈴はそのまま店を飛び出した。
「夏鈴!」
研之介も店の外に出たが、夏鈴は通行人の間をぬって走ってゆく。たちまち見えなくなった。
「まったくあいつは……」
研之介はブツクサ言いながら店に戻った。
「すまぬな、太一。戻ってきたら俺がよく言い聞かせて―――」
「もういいよ、研さん」
太一が苦い顔をして呟く。
「もうなにも言わないでくれよ。それ以上言われたら、おいら……なんだか悲しいからさ」
「太一……」
女将が優しく太一の肩を撫でた。
「お前ってばいつのまにか男になってたんだねえ」
「よせやい」
太一は肩を揺すってその手を逃れた。
「太一、夏鈴ちゃんを探してきな」
女将が言う。それに太一は「え?」という顔をした。
「佐々木の旦那は太一の気持ちがわかるって言った。でもあたしは夏鈴ちゃんの気持ちがわかるような気がするよ。あの子は小さいのに苦労して育ったんだろ? あたしにはニコニコ愛想がいいけど、気を張って、気を遣っているように思えたよ。ほんとは心を隠しているんじゃないかね、だから嬉しくても嬉しい顔を見せられないのさ。意地っ張りなんだね」
研之介は驚いた。数回しか来ていないのに、「三ツ輪」の女将は夏鈴のことをよく見ている。
「あの子はこのままじゃ家に帰らないよ。太一、喧嘩してでもいいからあの子をひっぱってきな」
「う、うん」
太一は前掛けを外すと店から出た。研之介は戸口に出ると、
「太一、夏鈴を頼む」
そう言って頭をさげた。
「―――任せとけ」
すぐさまその小さな背中が夕闇に消えてゆく。
「女将さん……」
「なに、太一に任せておきな」
女将は板場から油揚げの煮つけと魚を運んできた。
「佐々木の旦那は大黒柱らしく、でん、と構えていればいいんだよ」




