~手の届かない花~10
「連中のやり方や逃げ方を見ていると、日本橋からそう遠くないところに潜んでいるんだろうな、とは思う。だとしたら普段は堅気のふりをしているだろう。それなら役人にもわからねえだろうな」
「ふうむ」
研之介は顎を撫でた。
「やはり押し込みを働くまで待つしかないのか」
「そうだな、だがおびき出すことはできるかもしれねえぞ」
紋次の言葉に研之介は驚いた。
「おびき出す? どうやって?」
「与ノ助はいやがるだろうがな」
紋次は笑って言った。
「伊丹屋で大売出しをやるのさ、普段の値より安くしてばんばん売るんだ。そうすりゃ店の中に金があふれるだろう。夜盗どもがそれを見逃すわけがない」
「―――なるほど」
たしかにそれならおびき出せるかもしれないが。
「与ノさんはいやがるな」
二人は顔をあわせて笑った。
「そういや、あいつらの様子はどうだい」
紋次がついでのことのように聞く。研之介は「信吾は素直でいい子だが夏鈴はむずかしい」と与ノ助に言ったのと同じように答えた。
「信吾がのんびりしているが、あれは器が大きいのかな。こないだも夏鈴を守ると張り切っていた。そういう度胸のあるところは紋次さんに似ているかもな」
「よせやい」
そう言いながらも紋次はどこかくすぐったいような顔をした。
与ノ助も紋次も、本当は信吾が自分と琴菊の子供であると思っているのかもしれない、と研之介は思った。信吾に一番似てないのは実は自分かもしれない。
研之介は紋次に別れを告げると伊丹屋に戻った。
「黒鼠をおびき出すですって?!」
与ノ助に紋次の企みを話すと、思った通り若旦那はぶるぶると頬の肉を震わせた。
「とんでもないですよ、なんでわざわざ狙われるような真似を」
「だが、そうやって捕まえてしまえばいつ夜盗が来るかと怯えなくてもいいだろう?」
「そりゃそうですけど、いやですよ、絶対にいやです」
与ノ助は悲鳴のような声をあげた。
「まあ与ノさんはそう言うと思ってたがな」
「だったら言わないで下さい。考えただけで恐ろしい」
あまりに予想通りだったので笑ってしまう。
「あ、なにがおかしいんです、研さん! ええ、ちょっと研さん!」




