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~手の届かない花~8

 夕食時、研之介は「今日から伊丹屋に泊まり込むことになった」と夏鈴と信吾に告げた。

「黒鼠という夜盗が出ているらしい。念のため十日ほど用心棒をするのだ」

「おいちゃん、ようじんぼー? しゅごい!」

 信吾が目を輝かせる。

「そうだ、今日から夜はおまえたち二人きりだ。一応隣のお勝おばさんに頼んでおいたが、大丈夫か?」

 夏鈴を見ると、少女は少し不安げな顔をしていた。

「ふむ、信吾。お前は男の子だからな、夏鈴をしっかりと守るのだぞ」

「あーい」

 信吾は箸を持ったまま両手を挙げた。夏鈴があわててその手を下げさせる。

「主さま、ふざけないでくださいまし。信吾を守るのがわっちの役目。守られたりなどいたしませぬ」

「だいじょーぶ! かりんねえちゃ、おいらまもる!」

 信吾がどん、と薄い胸を叩く。

「たいちにいちゃにも、おすもうおせえてもらったもん」

「太一? あの小僧、余計な真似を」

 夏鈴は目を三角にしたが、信吾は立ち上がると相撲の四股を踏みだした。

「こらこら、信吾。飯を食う時には座っているものだ」

 研之介が注意をすると「あーい」と座り直す。夏鈴はため息をついて首を振ったが、気づいたように研之介を見上げた。

「それはそうと用心棒というのは。おいくらくらいいただけるのですか」

「うむ、与ノ助は日に二十文と言っていたな」

 夏鈴はちょっと眉をひそめる。

「二十文? 伊丹屋さんにしてはしみったれた賃金でございますね」

「まあ、いつくるともしれぬ夜盗への備えだからな」

 夏鈴の言い方に苦笑する。ほんとうは与ノ助はもっとくれるつもりだったのだが、研之介が断ったのだ。それを知られたら怒られるかもしれない。

「主さまの腕前ではそのくらいが妥当なんざんすね」

「なにおぅ? 俺は案外と強いのだぞ、なあ信吾」

「うん、おいちゃんつよい。おいらたすけてくれたー」

「自分で自分のことを強いという人間のことは信用できないでありんすねえ」

 夏鈴はしれっとした態度で言った。

 子供を二人きりで残すのは心配だったが、貴重な現金収入には変えられない。刀を腰に落として家をでると、「いってらっしゃい」と二人が見送ってくれた。

「……いってくる」

 長屋住まいになってから見送りは初めてのことだ。振り返ると信吾がぴょんぴょん飛び跳ねながら両手を振り、夏鈴はじっと見つめている。

「なかなかいいもんだな」

 研之介は笑みを浮かべて二人に手を振った。


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