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~手の届かない花~7

 蝉の鳴き声にまじって子供たちの歓声が響いた。木の葉の隙間をぬって、夏の日差しが地面や子供たちの顔に跳ね返る。

 暑い陽の中でも子供たちは走り回っている。顔も着物の背中も汗でびっしょりだ。

 その中には信吾もいた。子取り鬼で遊んでいるのだ。

「こーとろ、ことろ」

 鬼は大きく両手を広げ、逃げ回る子供を捕まえようとする。肩でも頭でも触れられると子供は鬼のものになる。

 夏鈴はそんな彼らを廃寺の軒下に座って見ていた。夏鈴のいる濡れ縁は日陰になっているのでそれほど暑くはない。

 白い足をぶらぶらさせ、ときおり買ってもらった着物の袖の模様をなぞったりしている。

「かりんちゃぁん」

 呼んだのはおそめという女の子だ。背中に裸んぼうの弟をくくりつけている。

「いっしょにあそぼうよ」

「……わっちはいい。走るのきらいなの」

 夏鈴はおそめの背中の赤ん坊が、暑さのせいか真っ赤な顔をしていることに気づいた。

「それよりおそめちゃん、よし坊を預かりましょう。ここは日陰で涼しいから」

「わあ、ありがとう」

 おそめは遠慮せずに、すぐにおぶい紐をはずして赤ん坊を夏鈴に渡した。

 夏鈴はくず餅のようにしっとり湿ってぐんにゃりした赤ん坊を、自分の横に寝かせた。赤ん坊は少しぐずったが、大きなやつでの葉っぱであおいでやると、やがておとなしく眠りについた。

「かりんねえちゃー」

 信吾が手を振る。結局鬼に捕まっている。捕まった子供たちは鬼の腰にむかでのように連なっている。小さな信吾は振り回されてきゃあきゃあ笑っていた。

 夏鈴はあんなふうに走り回って遊んだ記憶がない。

 物心ついたときから狭い部屋で遊女たちに囲まれて育った。誰かに作ってもらったぼろぼろの人形を抱き、客のいない昼間にあちこちの部屋に出入りしていた。

 遊女たちはたいがいは優しかったが、なかには人目のないところで殴るものもいた。やるせない思いをぶつけていたのだろうか。

 子供たちと遊んでみたいとは思う。だが、どうやって仲間に入ればいいのかわからない。

 おそめが呼んでくれたときに素直に駆け出せばよかったのだろうか。

 逃げ回っていた太一が、すばやく鬼の背後に回り、子供たちと鬼のつながりを切った。

 わっと子供たちが鬼から離れてばらばらに飛び散る。

 信吾はそのまま夏鈴のところまで駆けてきて、おなかにどすんとぶつかった。そのまま腰に手をまわし、顔を擦りつける。

「かりんねえちゃ、あしょぼー」

「信吾、」

 信吾ははあはあと息を弾ませている。夏鈴はその額に手を当てた。

「信吾、頭が暑ぅなっとる。少し休みなんし」

「やだ」

「頭の中が煮えてしまうんす」

「へーき」

 ほかの子供たちも日陰に散って休み出した。さすがに一刻も夢中で遊んで疲れたのだろう。

 女の子たちが夏椿の木の下で、落ちている白い花を拾ってお手玉を始めた。お手玉なら夏鈴も得意だ。四つの玉を操ることができる。

 うずっと膝が動いたが、夏鈴は寺の板場から降りなかった。

 太一が地面に落ちていた花を二つほど拾い上げ、走ってきた。

「ほら、やるよ」

 ぽいぽいと夏鈴の膝に放る。

 夏鈴は膝の上に乗った花を見たが、すぐにそれを払いのけた。

「こんな汚い花、いりゃあせん」

「なんだよ」

 太一が口をとがらせる。

「女に花を贈るなら、一番てっぺんで一等きれいに咲いてるものを贈りなんし。それが江戸の男の心意気というものでありんす」

 夏鈴は大きな夏椿の上の方を指さした。

「ほら、あそこの大きな花。あれくらいでないと女は喜びませんよ」

 夏椿の木は太い幹の上に枝が四方に手を広げ、上の方は細くなっているので上りにくい。

 太一はその花を見たが、すぐに顔をそむけた。

「あんな上の花、とれるもんか」

「じゃあいらない」

 夏鈴は花を見つめながら言った。

「わっちもほんとはあんな花のように、誰にも手がとどかぬ花魁になるはずだった。今はこんなところに居るけれど、きっといつかは郭に戻る……戻ってこんどこそ帰れない。……ずっとてっぺんでひとりきり……」

 最後の言葉は小さく呟かれた。太一はそんな夏鈴をじっと見つめていたが、

「ちぇっ」と口の中で言い捨て、ほかの子供のところに戻っていった。


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