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~夏のしらべ~2

 研之介の長屋のある深川から、上野不忍の池まで、せっせと歩けば半刻とかからない。

指定された暮六前には到着することができた。

ただ、菖蒲屋という小料理屋を探すのに手間取った。


「佐々木研之介と申す。ここに呼ばれたのだが」


 ようやく見つけた店に入ると、小女が丁寧に頭を下げて、二階へ案内してくれた。

二階には部屋が四つほどあり、その一番奥の障子戸が開けられた。


さっと。


三対の視線が研之介を捉えた。

部屋にいるのは全員、男だ。

二人は商人風で、こぎれいな格好をしていた。痩せて顔色が悪い男と、対照的ぽっちゃりとして赤い顔をしている男。

もう一人も町人のようだが、月代も剃っておらず、研之介なみのくたびれた着物、目つきも鋭く、どこか剣がある。

その男はすぐに視線をそらせた。

研之介は部屋に入ると空いていた場所に腰を下ろした。


「お主らが俺を呼んだのか?」


 そう声をかけると、二人の商人はびくりと肩をすくませた。


「いえ、そうじゃないんですよ」


 小太りの方が振り向いて言った。


「あたしたちも文で呼び出されたんです」

「琴菊の文、か?」

「ええ、そうです、そうです」


 小太りはいっそう顔を赤くした。


「三年前に店からいなくなり、どこでどうしているのやらと思っていたら、いきなりこんな文でしょう? 驚いたんですが、まあ、その、なんですか、」


 小太りの男はごにょごにょと口を閉ざした。


「あんたもそうなのか?」


 痩せた男の方に聞くと、彼も首をコクコクと縦に振った。


「驚きましたね、てっきりわたしだけかと思ったら、先にこちらさんが来ていて」


 痩せの方が小太りを指し示す。


「話してみたらどうも兄弟のようで」


 痩せは「へへへ」と下品な笑い声をあげる。


「兄弟か。すると俺もそうなるのかな?」

「まあ、琴菊を介してならそうなるんでしょうねえ」


 痩せはちらりと隅に座る目つきの鋭い町人の方を見た。男は知らん顔をしている。

琴菊の客は何十人といたはずだ。この四人だけではあるまい。

この四人が文を受け取ったのはなにか理由があるのだろうか?

 パタパタと足音がして、はっと全員が障子戸を見た。

カラリと開いて入ってきたのは年配の男だ。


「これはみなさま、お待たせいたしました」


 男は膝をつき、頭を下げた。


「わたくしは治平と申します。とりあえずこの場をとりしきらせていただきます」

「お主が?」

「こ、琴菊さんは?」


 研之介と小太りが同時に言った。


「はい、あいにく琴菊はこの場には来られなくなってしまいまして」


 治平は部屋に入ってくると、障子戸の前に座った。


「それでは申し訳ありませんが、みなさんのお名前を聞かせていただけますか?」

「なぜだ? 琴菊は我らに文を出した。名前は知っているのではないのか」

「はい。琴菊さんならわかったでしょう。しかし、彼女はもういないのです。五日ほど前に亡くなってしまいました」


 なんと―――。


 四人の男に等しく動揺が走った。


「しかし―――しかし、あの文は………」


 小太りがあえぐように言う。


「はい、あの文は琴菊さんが病の床でしたためたものです。そして私が琴菊さんの死後、みなさんにお出ししました。文は全部で七通―――」

「七通………?」

「はい、もしかしたら誰一人いらっしゃらないのではないかと思っておりましたが、四人の方に来ていただけました。本当にありがとうございます」


 治平はもう一度頭を下げた。


「琴菊さんは病だったのですか」


 小太りが悲しそうな顔で呟いた。


「はい、おなかの中にできものが出来て、ひどく苦しんで亡くなられました」

「ああ、なんと………」


 小太りは目に涙を浮かべた。


「知っていれば見舞いにいったのに」

「なぜ、わたしらに文を」


 痩せの方が身を乗り出す。この男はなにか疑わしいような目つきで治平を見ている。


「お名前を教えていただけますか?」


 治平はその目を見返して言った。痩せはちょっとのけぞり、口を閉じる。


「俺は、」


 研之介は背筋を伸ばした。


「佐々木研之介だ。深川に住んで居る」

「ああ、あなたさまが佐々木さまでございますか」

「うむ」


 研之介はほかの三人を見回した。


「―――紋次。浅草住まいだ」


 意外なことに、隅の男が先に名乗りを上げた。


「紋次さんですね」


 治平はうなずき、二人の商人に目をやる。


「あ、あたしは与ノ助と申します。日本橋で伊丹屋という布団屋をやっています」


 小太りがあわてて言う。

研之介は少し口元をゆるめた。ふくよかな与ノ助が布団屋とは出来すぎている。

研之介の笑みを見て、与ノ助も安堵したかのようににっこりした。人の好さそうな笑顔に研之介は好感を抱いた。

 最後の一人は口をすぼめたりひっこめたりとしていたが、やがてしぶしぶと名乗った。


「木場で籠やざるを扱っている入佐吉でございます」


「佐々木さま、紋次さん、与ノ助さん、入佐吉さん――みなさんは三年前、琴菊さんのお客になった………間違いございませんね?」

「そうだ」


 研之介が言い、与ノ助、紋次もうなずいた。


「ご存知のように、琴菊さんは三年前、吉原を出て、さる大店のご主人のお妾になりました。けれど、それから二年後にご主人は亡くなり、琴菊さんは住まわせてもらっていた家を出されてしまいました」


 治平は痛ましい顔をした。


「琴菊さんはわずかに残されたお金で長屋に引っ越ししたんですが、すぐに寝付いてしまったんです。わたしはその長屋の大家でございます」


 これで琴菊と治平の関係がわかった。


「実は琴菊さんには子供がおりまして」

「子供?」

「子供がいたのに家を出されたんですか?」


 研之介と与ノ助がまた同時に声を上げたが、意味合いは違っている。


「はい、その子は男の子で三歳になります」

「……三歳」


 紋次がぼそりと繰り返す。

三歳の子供。三年前に吉原を去った琴菊。ここに集まっているのは三年前の琴菊の客。

研之介の脳裏でパチパチと何かがつながった。


「まさか」


 治平は研之介を見て、かすかに微笑む。


「はい、そのまさかでございます。みなさんの中にその子の父親がいらっしゃいます」

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