~夏のしらべ~11
「―――」
ひゅっと目の前を切っ先が走った。研之介はのけぞったが、強靭な足腰が体勢を保つ。下から跳ね上げた刀が二の太刀を受け止めた。
土間にはすでにもう一人のやくざ者が倒れていた。紋次は自分に向かってくる男の腕を掴み、その腹に膝を叩き込む。前のめりになった首に、諸刃の匕首を丁寧ともいえる動きで突き入れた。
研之介の相手の侍は素早い動きで突きを繰り出してきた。研之介は押されて壁際に追いつめられる。
相手は一度刀を引くと八双に構え、呼吸を整えた。研之介は下段。
「ウオオッ」
研之介は果敢に飛び込み、振り下ろされる剣を力任せに叩いた。その反動で跳ね上がった剣を、糸のようにしなやかに操り、相手の胸を斜めに斬った。
「き、さ、ま」
浪人は左手を研之介に伸ばした。研之介はもう一度刀を引き寄せたが、浪人はそのままのけぞって倒れた。
「……」
カタカタと鍔が鳴っている。手が震えているからだ。
「くそっ!」
研之介は刀を下して手の震えを止めようとした。指がこわばり柄から離れない。
「はじめてにしちゃあよくやったな、おサムライ」
紋次が声をかけてくる。ぽんと肩を叩かれると指が開いた。汗で柄が手の中から滑り落ちた。
ガチャン、と土間に落ちた刀を慌てて拾い上げる。鞘に戻す時もまだ手は震えたが、チン、と納まるとようやく全身の力が抜けた。
研之介は周りを見回し、倒れている男を数えた。
「五人しかいないぞ」
「一人外に逃げた。だが声が聞こえたから喜助がやっただろう」
紋次は土間から上がって奥へ進んだ。
「信吾!」
研之介は紋次を追って名を呼んだ。喜助は子供が五、六人いると言っていた。
「おーい、助けにきたぞ!」
紋次があちこちの戸を開けている。研之介も戸を開けた。
「どこにいるんだ!」
まさかもう殺されてはおるまいな。
不安が胸をむかつかせる。紋次の言った残酷な行いを想像しては頭を振った。
研之介はひとつの戸にしんばり棒がかかっているのを見つけた。どんどんと叩くと小さく甲高い悲鳴が聞こえた。
「紋次! いた、ここだ!」
しんばり棒を外し、戸を開ける。真っ暗な中で子供たちの悲鳴があがった。
「大丈夫だ、助けにきたんだ!」
研之介は子供たちを怯えさせないようにしゃがんだ。
「安心しろ、家に帰してやるから」
暗がりに目が慣れて子供たちの顔が見えた。一〇歳以上の子供はいないようだった。
「信吾はいるか?」
声をかけると奥のほうから白い顔が覗いた。頬が濡れている。ずっと泣いていたのだろう。
「信吾?」
「……」
信吾は這って出てくると、いきなり研之介の首に飛びついた。わんわん泣き出す。その湿った熱い体を、研之介はぎゅっと抱きしめた。
「よしよし、怖かったな」
研之介は信吾を抱いて立ち上がった。まだへたり込んでいる子供たちを見下ろす。
「さあ、みんな帰ろう」
廊下には紋次がいた。研之介と目をあわせるとうなずく。二人は子供たちを裏口につれていった。正面には死体がたくさんあったからだ。
地蔵堂のところに喜助がいた。喜助は紋次に自分の匕首を見せた。それで彼がちゃんと仕事をやり遂げたことがわかった。
道の向こうから小さな明かりがこちらを目指して駆けてくる。喜助がはっと身構えたが、紋次がそれを止めた。
「布団屋がきたようだ」
かごは二客。前のかごから与ノ助が転がるように降りてきた。
「ああ、研さん! 紋次さん!」
与ノ助は二人の連れている子供たちを見た。
「よかった、かごをもうひとつ頼んでおいて。それから着物も用意してきたんですよ」
与ノ助はそういうと研之介たちに古着の着物を差し出した。
「こりゃあ気がきいている」
紋次は喜んだ。彼の着物も研之介の着物も、返り血で汚れていたからだ。
「傷薬に膏薬、さらしなんかもありますが」
「そっちはいらねえよ。ああ、ガキどもをお前さんの家でちょいと休ませてやってくれ。なにか食わせて、住処を聞き出さなきゃ」
「そうですね」
与ノ助は静まり返っている百姓家を恐ろし気に見た。
「あそこがそうなんですか」
「そうだ。はやいとこずらかったほうがいい」
与ノ助はぶるる、と頬を震わせた。
「役人がくるかな」
研之介が言うと紋次が首を振った。
「大五郎の身内のほうがきっと早い。やつらは表には出さねえよ」
二客のかごに子供たちを分散して乗せ、三人は鬼畜の家をあとにした。




