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弦月を望む蛟竜  作者: 菅 樹
決戦
55/62

陵山

 反袁氏軍の拠点は黄央に置かれることになった。

 琉は黄央城の櫓へ登り、南の方角を眺めていた。遠くにはこの黄央へ向かって集まってくる軍勢が見える。南方の地域は堰氏に近かった勢力が多く、堰氏の失脚と袁氏の台頭によって栄光から挫折への転落を味わった彼らは、反袁氏の檄文に応じてすぐに兵を動かしこの黄央に集まってきた。

「不思議な気分だな」

 ポツリと呟く琉。傍らに控える子昂だけがそれを聞いていた。

「どうされましたか」

「私が玄安にいたころは、全ての貴族から見向きもされていなかった。それが兄上との連名とはいえ、檄文の一つでこうして軍勢を引き連れた貴族たちが集まってくる」

「見向きもされないなどと、ご冗談を。彼らは殿下の威徳を慕って集まってきているのです」

 子昂は不遇の時代の琉をほとんど知らない。唯一知っている琉の姿は、初陣の凱旋で民からの賛美を受ける姿だけである。それに気が付いて琉は小さく笑った。

「お主がそう思ってくれているのならば、私はその期待を裏切らぬようにせねばならんな」

 主君の笑みの意味を正しく把握し切れていない子昂は不思議そうな色を見せたが、櫓を登ってくる人物に気付きそれを質すことはしなかった。

「琉、ここにいたか」

「兄上」

 櫓を登ってきたのは煌崔だった。

「随分兵も集まってきたな」

 檄文に応じて集まった諸侯の軍勢は、現時点で三万ほど。諸賊を取り込み大きくなった共藍軍は四万であるため、反袁氏軍は総勢七万もの大軍となった。この数はさらに増えていくだろう。

 その軍容を見た煌崔はある決断を下していた。

「そろそろ長清へ戻り、私の国と民を取り戻そうと思う」

 長清は煌崔が幽閉されてからは、袁氏の縁者が新たな長清公として治めている。もちろん善政を施しているわけもなく、民は苦しんでいることだろう。

 平帝の時代から長らく長清を治めてきた煌崔にとって、長清は自身の国であり長清の民は自身の民である、という意識が強かった。

「私の国と民をいつまでも袁氏の自由にさせておくわけにはいかない。それに志程と合流して始王の祭器も確保しなければならない」

 祭器と共に隠遁している志程も、煌崔が現れれば姿を現すであろう。祭器の所在が明らかになれば、煌登が偽帝である証左にもなる。

「そのために、いくらか兵を貸して欲しいのだ」

「貸すなどと……。ここにいる兵は兄上を慕って集まった者たちです。兄上のご随意に動かすことに、何の許可が要りましょうか」

「そんなことはあるまい。それにこの軍の総大将は琉であろう。総大将の許可を得ずに兵を動かすことはできない」

 反袁氏軍の中核が共藍兵であるため、形式上は琉が総大将となっている。しかし琉はそれは便宜的なものであり実質的には煌崔と並立という意識を持っていた。

 これが長兄の煌丞であれば、許可など求めず一方的な宣言のみで兵を動かしていただろう。煌崔のこの謙虚さが同じ母を持つ煌丞との一番の違いだ、と琉は感じている。だからこそこの兄を救い出し共に袁氏に対抗しようと決めたのだ。

 琉にこの申し出を断る理由などなく、集まった諸侯の中でも特に堰氏に近かった貴族の兵を長清へ向かう兵力として割いた。


 長清へ向かう煌崔を見送った後、琉もすぐに軍を動かした。

 大部分はまだ本拠である黄央に残してあるが、玄安へ向かって進軍するまえに攻略しておくべき戦略上の要衝があった。

「陵山は確実に落としておかなければなりません」

 衛舜が示したのは、黄央から玄安に地図上で真っ直ぐに線を引いた中間辺りに存在する都市であった。といっても、山地に阻まれるためこの直線の通りに進軍することはできないが、玄安へ向かう途中にある雀関を攻略する際に軍の背面に位置するのがこの陵山なのである。雀関を落とさなければ玄安へ向かうことはできず、陵山を落とさなければ雀関を落とすことはできない。

 しかし琉にはその戦略的意味以上の想いがあった。

全梓良(ぜんしりょう)は田県長の仇だ。容赦はするな」

 琉は戒燕を始めとする諸将にそう命じた。

 田県長は煌丞暗殺の主謀者として謀殺された田祖良のことである。琉には玄安からの逃避行の際に色々と便宜を図ってもらった恩がある。その田祖良が治めていた中陵県が属していたのが陵山郡であり、その陵山郡の太守が全梓良である。仮に中陵県から兵を動かし雀関を抜けようとした場合、陵山の街を避けて通ることはまずできない。煌丞の凱旋軍が雀関の内側で襲撃を受けた以上、陵山の兵が中陵の動きを察知しないはずがない。つまり全梓良は中陵から反乱軍が移動していなかったことを知っているはずの人物であり、田県長を陥れる陰謀に加担していたと見て間違いはない。

 これは復讐戦でもある。


 共藍軍は陵山近郊の平野で陵山軍と対峙した。

 共藍軍三万に対し、陵山軍は二万。数の上では優位な状況である。

「正面から陵山兵を打ち崩す」

 数を恃みにそう宣言する琉だが、衛舜が異を唱えた。

「正面から当たれば、野戦で勝利することは容易でしょう。しかしそのまま退却した兵に城内へ篭られると厄介です」

 陵山は主要街道から僅かに外れており決して大都市ではないが、その防衛力は油断することはできない。せっかく野戦に出てくれているのであるならば、野戦だけで決着したいというのが衛舜の考えであった。

「おそらく兵力に劣る状況で野戦に出てきたのも、篭城した際に城内に残る兵力を減らすためでしょう」

 兵力を減らすことができれば、食料消費量も減り長く篭城することができる。兵を数でしか見ていなければ得られない発想であり、琉には想像もできない策である。

佯敗(ようはい)を用いて誘い出し、城内へ戻る道を塞ぎましょう」

 衛舜が献策したのは、(いつわ)りの敗走を見せて追わせることで陵山兵を城から引き離し、その隙に退路を立つ策である。琉はこの献策を容れた。

「志道、別働隊を率いて、伏兵として隠れていてくれ。伯舟と徐仲偉も別働隊に加わってくれ。こちらからの合図で飛び出し敵兵の退路を断つことが基本であるが、こちらからの合図がなくとも好機と見ればそれを逃さず攻め立てよ」

 琉がそう指示を出すと、志道らは密かに兵を率いて本陣を離れた。


 両軍の衝突はそれほど激しいものにはならなかった。

 共藍軍の中軍は戒燕、左右両翼は孟兄妹がそれぞれ指揮している。

 しばしの戦闘を行った後、琉は後退の指示を出す。前線で指揮を執る三将は武人としても突出した実力を持つが、兵を指揮する将としても優秀であった。

 頭の中で思い描いた通りに動く兵たちを見て、琉は勝利の予感を強くする。

――衛舜の策の通りに戒燕、琅琅、祢祢が兵を動かせば、どんな相手であろうとも勝てる。

 しかし自軍は思うままに動いてくれたとしても、敵軍はそうはいかなかった。

「追撃の勢いが弱いな」

 共藍軍の後退の速度よりも、陵山軍の追撃の速度は出ていない。戒燕ら三将は不自然にならない程度に後退の速度を緩めて追撃を待ったが、陵山軍はなかなか誘いに乗ってこない。

「佯敗だと気付かれたのであろうか」

「それにしては後背に対する警戒の様子が見られません。こちらの策に気づいたと言うより、単純に士気が低いようにも見受けられます」

 敵陣を観察する子昂の意見に、衛舜も同調する。

「志道らの隊を出させるか」

「いえ、まだ距離が十分ではありません。今伏兵を動かしても、退路を絶つ前に城内へ逃げられてしまうことでしょう」

 しかしそのとき、志道隊が伏せていた地点から土煙が上がった。

 伏兵が動き出したのである。

「志道が動いたか。志道は好機と見たのか」

 しかし動いたのは志道ではなかった。

「あの幟は、陳殿ですね」

「伯舟か」

「やや遅れて董徐両将軍も動き出しました。陳殿が突出して動き出してしまったのでしょう」

 伯舟は琉に敗れ、誅殺されて当然のところを赦され臣下となった。そのことを恩義に感じ、戦功でもってそれに応えようとしていた。おそらくは追撃の勢いの弱い陵山軍に痺れを切らしてしまったのであろう。

「仕方あるまい。戒燕らに突撃の指示を。太鼓を鳴らせ」

 伏兵が飛び出してしまった以上、佯敗を続けても意味はない。三将も後退を止め反攻の態勢に移行した。

 しかし、やはり十分に誘え切れていなかった。

 陵山軍はあっという間に反転し城内へ逃げ帰ってしまった。


第7章です。

この第7章までで一旦完結の予定です。

最後までお付き合いください。

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