檄文
角楽県長の孫思文は既に城内から姿を消していた。
「放っておけば良い。どの道、玄安へ戻っても袁氏の怒りを買って処罰されるだけだろう」
何より重要な煌崔の身柄を確保できた以上、それ以外のことは瑣末事である。
戦後処理を戒燕らに任せ、琉は兄と対面していた。
「兄上、玄安で何があったかお聞かせくださいますか」
煌崔が語ったのは、概ね巷の噂通りの内容だった。
袁氏が煌登を帝位に就けるために、皇帝煌丞、皇太子煌荘を立て続けに暗殺し、煌荘殺害の濡れ衣を煌崔に着せた。
予想通りのこととはいえ、心のどこかでここまで悪辣な行いをする人間はいないのではないか、という思いのあった琉は、しばし言葉を失ってしまった。
「しかし、袁氏は何故長清公殿下を生かしておいたのでしょうか」
衛舜が疑問を投げかける。袁氏にとって煌崔が生きているということは、不都合でしかないはずである。
「それは私の臣下が”始王の祭器”を持ち去り、隠しているからだ」
始王、とは弦弧の建国神話に語られる伝説上の王である。
現在大陸東部地域を支配する弦と弧は、共にその前身である円から分裂して成立した王朝である。伝説では、円は人間が立てた初めての王朝とされており、その円の前に地上を支配していたのが始王である。始王はこの天地を創造した神に創られた存在であり、人間の創造主でもある。
弦においては、その信仰は篤く、新たな皇帝が即位する際には始王へ報告し天命を受ける儀式を行う。その儀式に必要なのが”始王の祭器”なのである。
「玄安で乱が起こった際、私の臣下である呂志程が太常の座に就いていた。袁氏が凶行に及んだと察した志程は、祭器を持ち出し、いずこかへと隠したのだ」
太常は三公に次ぐ高位の重臣である九卿の一つであり、その役目は宗廟や儀式儀礼を管轄することにある。もちろん祭器の管理もこれに含まれる。
皇帝煌丞に引き続き皇太子煌荘が暗殺されたことを知った呂志程は、袁氏が次の標的を自身の主君である煌崔に向かうと察し、いざというときのために祭器を持ち出していたのである。呂志程はそのまま祭器と共に隠れ続けていたため、袁氏は煌崔を殺すことができなくなっていたのだ。
「ということは、登は正式に即位の儀式を行ってはいないのですか」
「そういうことになる。つまり登は偽帝だ」
儀式を行うことが出来なければ天命を受けることはできず、天命を受けることがなければ帝位に就くことはできない。即ち偽りの皇帝、偽帝である。
その事実は、これ以上ないほど強力な大義名分となる。
「兄上、立ち上がりましょう。共に袁氏を朝廷から除き、民に平穏をもたらすのです」
すぐに反袁氏の決起を促す檄文が作成された。
長清公と共藍公との連名の檄文である。
――――
今、弦の国と民とは大いなる混乱の中にある。
商人の往来は減り、田畑は荒れ、民は飢えている。
税を納めるどころか、その日食べるものですら満足でない民も少なくない。
そんな中、玄安にいて皇帝を名乗る煌登とそれを奉戴する袁氏の一族は、天下の混乱を省みず私腹を肥やし、一族の繁栄のため功績も能力もない者に爵位を与え官職をばら撒いている。
爵位と官職をばら撒いたことで国庫に重く圧し掛かる負担を、苦しむ民にさらに課すという有様である。
民は重税に喘ぎ、税が払えず難民・流民となる者が後を絶たない。
さらには食うに困り盗賊となり、民同士で苦しめあうということも珍しくはない。
民は塗炭の苦しみに喘いでいる。
そもそも袁氏は弦に忠誠を誓う鋳山の公家であるが、弦においては並大抵の一貴族に過ぎない。
そんな袁氏が高位に登り詰めているのは、偏に平帝の寵愛を受けた袁貴妃が煌登を産みついに帝位を得たからである。
しかし先帝が崩御なされたとき、先帝の嫡子である皇太子は未だ存命であり、さらに煌登の兄である長清公、共藍公も共に健在であった。帝位継承順で考えれば煌登は第四位にすぎず、本来であれば到底帝位を得ることは叶わない。
それを枉げるため、袁氏は皇太子を暗殺しその濡れ衣を長清公に着せて幽閉した。そして共藍公が弦国外にいる隙を突いて帝位を簒奪したのである。
また、本来皇帝の位を継承する際は、この天地の中心で眠る創世の神と我らの創造主である始王に報告しその天命を受けなければならないのであるが、その儀式に必要な祭器は皇太子暗殺の混乱の際に悪用されぬよう当時太常の位にいた呂志程が隠している。
祭器がない以上、始王を祀る儀式を行うことはできず、儀式を行うことができなければ天命を受けることはできない。
天命のない皇帝は天子とは呼べず、偽帝と称する以外にはない。
煌登がこの弦国を運営する資格はないのである。
この偉大なる弦国をいつまでも偽帝の手に握らせておくわけにはいかない。
長清公、共藍公の両皇子は、混乱極まる弦とその民を救うために立ち上がった。
真に弦国を憂い弦皇室に忠誠を誓う者は、偽帝とそれを奉戴する奸臣を除くため長清公と共藍公の下へ集結せよ。
長清公・煌崔、共藍公・煌琉
――――
この檄文で琉は自身の肩書きを共王ではなく共藍公と称した。これは琉の王位は煌登と袁氏から下賜されたものであるからであり、煌登を偽帝をする以上、王を名乗ることはできない。父である平帝の時代に与えられた”公”が琉の正式な位なのだ。
この檄文に対し真っ先に反応を示したのは、角楽が属する黄央郡の太守・夏安邦であった。すぐに使者が角楽に現れた。
「夏太守は、共王と長清公が今後活動する拠点に黄央の都市をお使いください、と申しております」
黄央は確かに大都市であり、地理上の中心ということから弦国各地から反袁氏勢力の集結地点としては都合が良い。
「ありがたい申し出、感謝する。兄上と二人、すぐに黄央に向かうことにしよう」
琉はすぐにそう返答した。
夏安邦は室内に入ってきた二人を見て、正確にはその一方を見て、思わず唸った。噂には聞いていたが、それが余りにも美貌の持ち主であったために嫉妬の炎が揺らめいたのである。
――こちらが共王が。
夏安邦は両皇子とは面識は無い。
しかし琉の美貌の噂は弦国内に知れ渡っており、”美貌の方が共王”と考えて間違いはないはずである。
「ようこそ黄央へおいでくださいました。お二人にはこの黄央でごゆるりと今後の方策を協議して頂きたく存じます」
恭しい挨拶に、堂々と応じる二人。
――共王の臣下の郭戒燕は稀に見る大男という話だったな。
両皇子が従えるのは、子供のような小男と、女戦士の二人だけ。
明らかに郭戒燕の特徴には合致しない。
――武勇無双と聞こえる郭戒燕がいたら不安があったが、これで心配はいらないな。
衝立の後ろの状況を想像し、密かに笑みをこぼす。
恭順を示し両皇子を城内に誘い出し捕らえる、という単純な策であったが、これほど簡単に誘い出されてくるとは思ってはいなかった。
――これで袁相国に気に入られるだろう。勝てるかどうかも分からぬ両皇子につくより、両皇子を捕らえて袁氏に気に入られた方が将来は安泰だ。
夏安邦はここ最近になって太守に昇進した人物である。当然ながら袁氏に擦り寄り、賄賂でもってその座を得たのである。両皇子が袁氏の無道を訴え立ち上がったところで、おいそれと恩のある袁氏を裏切り両皇子の陣営に飛びつけるわけもない。
「ところで、夏太守」
美貌の青年が声をかける。
「まだ私の名を名乗っていなかったな」
「とんでもございません。もちろん存じ上げております、共王殿下」
これほどの美貌の持ち主がそうそういるわけはない。
それが夏安邦の思い込みであったことを知るのは、この直後だった。
「ははは、それが実は違うのだ。私の名は乾清隆という」
言うが早いか、清隆は夏安邦に接近し、床に組み伏せた。
「衝立の裏にいる兵士に武器を捨てさせてもらいましょうか。さもなければ、貴方の血がこの床を汚すことになる」
短刀を夏安邦の喉元に突きつけ脅しをかける。
「お、お前たち、出てきて武器を捨てろ」
夏安邦が琉と思っていた美貌の青年は清隆であり、煌崔と思っていたのは知道だった。付き従う二人は志道と祢祢である。
「貴方が袁氏に近い人物であることなど、簡単に調べが付きます。浅知恵に身を委ねた自身の愚かさを呪いなさい」
知道は淡々とそう言うと、武器を捨てた兵たちに向き直った。
「共藍公は慈悲深いお方です。各地を荒らしていた諸賊も共藍公の慈悲により赦され、共藍軍の一員として力を尽くしています。貴方たちもこの愚かな太守を見限り共藍公への恭順を示せば、この件は不問となり反袁氏軍の一員として認められるでしょう」
黄央兵はこの説得にすぐに応じた。夏安邦は黄央太守となって日は浅い。当然ながら、黄央兵は夏安邦に対してそれほど心服はしていない。
黄央の城門は開かれ、共藍兵は迎え入れられた。
今後、この地から琉たちは反袁氏の行動を起こしていくことになる。
ひとまず第六章の区切りです。




