賊軍
共藍軍の最初の標的として彭昭元が指定した銀洞は、南方でも有数の規模を誇る盗賊団である。
元は共州の入り口に当たる共関の東に位置する鍾乳洞の名であり、そこを拠点に活動していたことから彼らもその名で呼ばれている。
銀洞を率いるのは陳伯舟という男である。
陳伯舟は義に篤い人物と知られており、盗賊団を結成したのも食うに困った者たちを集めて生き延びるために已む無く、という事情があった。銀洞が標的としたのは裕福な商家や彼らの隊商のみであり、その他の貧家を襲った仲間は厳しく罰した。次第にの評判は広がり、現在ではその数は一万を超えるほどにもなっている。
「義に篤い人物であるならば、降伏を求めれば従うのではないか」
そう考えた琉は、知道を使者に立て銀洞に降伏の勧告を行った。
しかし陳伯舟はこれを拒絶した。
「陳伯舟というより、左右の人物が恐怖に支配されているようでした。おそらく組織が大きくなりすぎており、陳伯舟にも制御し切れないところまで来ているのでしょう」
「そうか……」
復命した知道の報告に、琉は落胆のため息を吐く。
已む無く盗賊に身を落とした民を傷つけたくはない。しかし賊軍は賊軍、放置しておくわけにはいかない。
「恐怖に支配された集団であれば、恐れるに足りません。策を弄さず正面から押してやれば、すぐに瓦解するでしょう」
衛舜は正面からの突撃を進言した。
これは共藍軍は兵数に勝るため下手に策を打つ必要は無いという判断によるものではあるが、それ以上に共藍兵の強さを見せ付けるという目的もあった。
一般に辺境地域の兵は強兵となる傾向にある。それは外敵に対応するために強兵が必要なためであるが、この条件は共藍には当たらない。共藍の周辺は高山に囲まれ、弦に敵対しようなどという蛮族は近くに存在しない。かつて桟河族が衆南地域から流れてきたこともあったが、それも数百という程度であり大きな脅威になるものではなかった。
共藍兵は弱い。それが弦国内の一般的な認識である。
しかしそれは現在の共藍兵には当たらない。
琉が共藍へ来てからは、いつか玄安へ向けて進軍を行う時が来るかもしれない、という想いで戒燕を始めとする諸将が徹底的に鍛え上げていたのだ。
敢えて弱兵という認識を残しておき相手を侮らせるというのも一つの策であるが、強兵であることを見せ付けることができれば今後戦わずに下る賊も少なくないだろうというのが衛舜の考えである。
琉はこの衛舜の献策を容れ、正面突破の号令を下した。
平野で両軍は激突した。
決着まではあっという間のことだった。。
琉は共藍兵の力を信じていたが、それでもなお驚きを隠すことが出来ないほどの快勝となった。
戒燕や琅琅、祢祢が先陣を切ってその武勇を大いに奮ったことによ兵の士気高揚の効果は大きかったが、この快勝の要因はそれだけでない。共藍兵として参加している桟河の戦士たちの存在が与えた影響は無視できるものではなかった。衆南でも知られた桟河の戦士の精強さだが、それを見ていた他の兵たちが彼らに負けてなるものかと大いに奮戦したのである。
結果、両軍共に大きな被害が出る間もなく、銀洞軍は敗走し陳伯舟は捕縛された。
琉の前に引き出された陳伯舟は堂々と胸を張り、その顔に恐怖の色はなかった。
「さて、お主の処遇だが……」
「我が名は陳伯舟! 銀洞の長として立ったときから覚悟は出来ている!」
陳伯舟は琉の言葉を遮るように、天空を揺らさんばかりの大声で口上を述べる。
「弦の国内を荒らし、掠奪行為を行った罪はこの俺一人にある。銀洞に加わった兵の大半は、食うに困り已む無くこの俺に救いを求めた民たちだ。どうか共王には民に対する慈悲を願いたい!」
言いたいことを言い切ると、陳伯舟は縛られた身体を前に倒し頭を下げた。首を差し出した、といった格好である。
「銀洞の民に慈悲を下さると約束頂けるのであれば、この首など惜しくはない!」
「いい覚悟だ」
その言葉を聞いた琉は、佩剣を抜き陳伯舟の方へ歩み寄る。
――義に篤い男という噂は本当だったようだな。
「他に言い残すことは無いか」
その白刃を頭を下げる陳伯舟の目元で煌かせ、最後の覚悟を問う。
「民への慈悲を」
「良く言った!」
繰り返し慈悲を乞う陳伯舟に、琉の剣が振り下ろされた。
しかし断ち切られたのは陳伯舟の生命ではなく、その身を縛る縄だった。
「その覚悟に免じて、お主を赦そう」
弾かれたように顔を上げた陳伯舟。その顔は驚きに染まっていた。
しかし、直後にその口から発せられたのは感謝の言葉ではなかった。
「待ってくれ! 他の銀洞の者たちはどうなる! 俺の生命より、あいつらを助けてやってくれ!」
「もちろん罪には問わん。二度と同じことをしないと誓うのであればな」
目に涙を溢れさせ、崩れ落ちる陳伯舟。
「ありがとう……! ありがとう……、ございます」
琉は剣を鞘に納めると、泣き崩れる陳伯舟を助け起こす。
「一つお主に頼みがある」
「民に慈悲を下さったからには、どんな命令にも従いましょう」
「命令ではない。頼みだ。気に入らぬのならば拒否したところで投降した民たちの処遇は変わらぬ」
その言葉を聞きながら、琉の傍に控える臣下たちは揃って諦めに似た苦笑を浮かべていた。
次に琉が何を言うのか、彼らには分かっているのだろう。
「私の臣下にならないか」
「俺を、臣下に……?」
「お主の配下の民たちを想う気持ちは並大抵のものではない。その義心と力で私を助けてはくれないだろうか」
陳伯舟に否やがあるはずもなかった。
銀洞の兵は、元々食うに困り賊軍に身を投じた者ばかりである。敗れたからといって賊軍が解体されても、行く当てなどあろうはずもない。
そんな民たちを琉は共藍兵として受け入れた。
銀洞が敗れ賊将であった陳伯舟が琉の臣下となり、兵の大半が共藍軍に併呑された。この事実は、各地の賊軍に瞬く間に知られるところになった。
それは衛舜の策により積極的に広めたためである。
「共王は過去の経歴に関わらず、改心した者も重用する」
元々、民からの人気も高い琉である。衛舜の期待通り、そんな声が上がり始めるのに時間はかからなかった。
陳伯舟だけではない。琅琅や清隆も元々は河賊や盗賊として活動していた。それが今や琉の臣下として傍に控えている。そのことも大いに影響しるだろう。
共藍軍が銀洞の次に対峙したのは錫雀と呼ばれる賊軍だった。錫雀は銀洞と同程度の規模を持つ集団だったが、銀洞があっさり敗れたこととその後に温情を得たことで、錫雀は共藍軍の降伏勧告をすんなりと受け入れた。
その他にも大小様々な規模の賊軍が共藍軍に当たると、すぐに降伏し共藍軍に組み込まれていった。
行軍の規模が増えることで懸念される兵站の問題は、従軍する衛舜と共藍に残った衛業とが連絡を密にし上手く手配してくれていた。長らく混乱の続いた弦国内において、その影響を最小限に留め置けた共藍には兵糧の蓄えは豊富だった。
いざとなれば衆南の馬那王子を通じて南方から調達することもできる。南方を旅して得たものは小さくなかったのである。
やがて”共藍軍に下れば食うに困らない”という風評が広がり、賊の方から共藍軍に近付き降伏を申し出る者さえ現れ始めた。
しかしそれでも、共藍軍に対して徹底抗戦を宣言する賊軍もいた。
それが青幟であった。




