和解と出会い
琉たちが起こした騒動は、一時大通りの中央に大きな野次馬の輪を作り人の往来を遮断してしまっていたが、琉たちがその場を離れるとすぐに元の騒然とした往来が復活していた。
この程度の騒動は日常茶飯事なのだろう。
「さて、何から聞こうか」
宿に落ち着いた琉たち。
清隆と方伯瑜には聞きたいことが山のようにある。
「まずは紅麦公との義理を果たさねばなりません」
清隆がそう切り出した。
「そうか、紅麦公との取引によって解放されたのだな」
「はい。紅麦公は案外義理堅いお方のようです。私が影武者だと知った後も、理知的に会話に応じてくださいました」
「そのお陰で、私との交渉も滞りなく進めることができました」
清隆の言葉に、方伯瑜も同意を示す。
「それで、その取引とは」
「私を解放する代わりに殿下への伝言を伝える、それが条件です」
「伝言? それだけか」
「ええ、それだけです。おそらく私を解放することで、これからお伝えする伝言の内容に同意される可能性が高まる、と考えてのことでしょう。殿下の為人は、紅麦公も方殿の話で察していたはずですから」
清隆の口から紅麦公の伝言が伝えられる。それは清隆が”弦の皇子”として紅麦公に語られたのとほぼ同じものである。
「私が帝位に就く後押しをする代わりに、紅麦を弦と対等の国として対応して欲しい、と」
「当初はこの盟約の証としてご息女を紅麦公の室に入れるという条件もあったのですが、殿下はそれをお認めにならぬだろうということで、取り下げて頂きました」
琉と結びたい、という紅麦の思惑があったために清隆は解放されたのである。
もし紅麦が清隆を殺していたら琉が紅麦と結ぶことはなかっただろう。それを考えると、正しい判断であることは間違いないだろう。
「衛舜、どう思う」
「まず紅麦に弦の帝位をどうこうする力があるようには思えません。乾殿を解放した見返り、と考えるのが自然かと思いますが……」
「それについてですが、紅麦の背後には弧がいます。紅麦公は弧の将軍位を拝受しているのです。もっとも、紅麦の目的はあくまでも独力で立つことで、いつまでも弧の下についているとは思えませんが」
それは清隆が紅麦公の口から直接確認したことである。
しかし背後に孤がいるからと言って、それだけで弦の帝位に行方に影響を及ぼす力があるとも限らない。
他にもわからないことは多い。
紅麦が求めているものは本当に形式上の対応のみであろうか。外交上の対応の姿勢を変えただけでは実際の利に繋がるものはなにもない。
本当の紅麦の狙いはなんであろうか。
そしてそれ以上に、弧の思惑がまるで見えてこない。
――紅麦を使って弦の力を削ごうとしているのか……?
弦と孤は対等であるが故に、互いに不可侵を誓っている。その均衡を破ろうと考えているのだろうか。
「いずれにせよ、返答は殿下が共藍にお戻りになった後で構いません。頃合を見て紅麦の使者が共藍を訪ねる、ということです」
とにかく、まずは共藍へ帰らねばならない。
確認すべきことはまだある。
「方殿は何故紅麦公の下へ行ったのだ」
方伯喩が敵か味方か。その目的はなんなのか。それだけはこの場ではっきりさせなければならない。
「もちろん、乾殿をお救いするためでございます」
「何故だ。裏切者の疑いを掛けられて一行から追い出されてというのに……」
琉の声は、罪悪の感情を孕んでいた。
「殿下からのご依頼を果たすためでございます」
「私からの依頼……?」
そう言われても何のことを言われているのか、すぐに思い出すことは出来なかった。
「殿下は私に”皆が揃って再び共藍の地を踏めるよう力を貸して欲しい”とご依頼くださいました」
「あっ……!」
方伯喩に琉の正体を明かしたとき、確かに琉は”皆が揃って”と言った。清隆が紅麦に捕らわれたままでは、その依頼を果たすことは出来なくなってしまう。
「もしあの時、疑いを掛けられていなかったとしても、私は乾殿を救出するために一人残っていたことでしょう」
「しかし、私はお主を疑っていたのだぞ。お主の求めた”金と信用”の一方を欠いていたというのに」
方伯喩はゆっくりと首を横に振った。
「いいえ。あの時の殿下には、不信の念は感じられませんでした。日ごろから信用をやり取りする商人は、信・不信の感情には敏感なのです。殿下は私を信じると決めたことに迷いは無かったのですが、より信を置く臣下の皆さまに言われて迷いが生じていただけでございましょう」
方伯喩の顔には怒りの色も恨みの色もない。
「何より、一度依頼主を信じると決めたからには、私の方からその信を裏切ることはできません」
信じる、ということは一方通行では有り得ない。琉の中にあるのがただの迷いであり不信ではないことを感じた方伯喩は、琉の心底に残っている信用に応えるために一行を離れ清隆を救い出すために動いた。そして一時的に一行を離れたとしても琉は再び受け入れるであろうとを方伯喩も信じたのだ。
もう琉に迷いはなかった。
「これ以降、方殿に疑いを掛けることは許さぬ。戒燕、不服はないな」
強い意志を感じる主君の言葉に、戒燕も黙って頭を下げた。
衆南の王都で起こした騒動は琉の下へ清隆を呼び戻し、方伯喩との和解にも繋がったが、それ以上に大きな存在を琉の下へ引き寄せてきた。
「邪魔をするぞ」
突然宿に現れた壮年の男性は、一言だけの挨拶の言葉を発してそのまま室内まで入ってきた。
「いきなり現れて無礼な男だね」
真っ直ぐ琉の方へ向かおうとする男を清隆が阻む。
「乾殿! いけません、そのお方は……!」
男の顔を確認した方伯瑜が、驚愕の声を上げる。
「良い、異邦人ならば私を知らぬのも無理はない。確かにいきなり現れて無礼なのは間違いないことではあるからな」
この衆南の王都で流暢な円語を操るこの男が只者ではないであろうことを琉はある程度察していた。しかし男の口から発せられた言葉は、琉の想像を遥かに超える驚きをもたらした。
「私の名は馬那堂臥。現衆南王の第一王子だ」
衆南では名を先に発し姓が後になる。即ち”馬那”が名であり、”堂臥”が姓である。なお、”堂臥”は円語風の表記であり、現地の言葉では”ドゥガ”に近い発音をする。
「”ドゥガ”は衆南王室の姓です。この御方は馬那王子に間違いありません」
衆南に詳しい方伯瑜は、当然この王子の顔を知っていた。
「その王子が、このしがない商人一行に何の御用でしょうか」
「はは、貴方たちが商人の一行ではないことは既に承知している」
商人一行の主として衛舜が対応するが、王子には既に見破られていた。
「貴方が弦の皇子の煌琉だな」
「なぜそれを……!」
いきなり正体を言い当てられたことに、強い警戒の気配が室内を覆った。
「そう警戒するな。私の所領は東の土地でな。その関係で東方の情勢に関する情報はすぐに入ってくる。紅麦に”弦の皇子”が捕らえられたことや、それが影武者であり、本物の皇子はこの衆南へ向かっている、ということなどもな」
その情報に加え、昨日の大通りでの騒動である。
「騒動の中心に只ならぬ気配を感じたのでな。最初はこちらの剣士かと思ったが、なるほど貴方がその影武者だったのだな」
清隆を示し影武者であると断定する馬那王子。情報収集能力もさることながら、この分析力も並大抵のものではない。
「それで、衆南の王子がなんの御用でしょうか」
確信の色に満ちた馬那王子の顔に、誤魔化しは無意味であると琉は悟った。
その堂々とした態度に、馬那王子も感心したような色を見せる。
「貴方を私の客として迎えたい」




