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弦月を望む蛟竜  作者: 菅 樹
長途
31/62

分岐

 商人の一行に扮した琉たちは、宿を求めて街へ入った。

 この黄央の街は商人が特に多く、琉たちが注目されることもない。

「落ち着いているな」

 衛舜の言う通り、目立った混乱は見られなかった。

 子昂が走り城門近くの宿を確保する。

 玄安を出て以降、屋根のある場所で寝られるのは中陵の街で田県長の歓待を受けたときのみである。それ以外は山中の洞窟や馬車の中で夜を明かしていた。

 商人の衣装と御用商人の手形のおかげで、これから先の行程は随分楽に進むことができるだろう。

 しかしそれでも何の障害も無く共藍へ辿り着けるというわけではない。

「ここから共藍までの行程で、大きな関所が二つあります」

 宿に入り旅装を解くと、衛舜が今後の事について状況の整理をはじめる。

「最も共藍側の関所は、共州の入り口に当たる共関です。ここはおそらく孟兄妹が護っているので、ここまで辿り着ければもう心配は要らないでしょう」

 問題となるのはもう一方の関所だった。

巴関(はかん)は陸路で共藍へ向かうには必ず通らねばならず、朝廷側もここを厳重に警戒していることでしょう」

 巴関はかつて弦国に敵対していた小国が弦に対抗するために築いたものであり、その堅牢さは雀関に次ぐとも言われている。

 既にその小国は滅び版図は弦に併呑されているため、巴関がその堅牢さを発揮することがなくなって久しいが、機能が失われたわけではない。

「御用手形があったとしても、すんなり通れるとは思えません。それに力尽くの突破も不可能でしょう。となると、やはり山中の抜け道を探さねばなりません」

 雀関を迂回した際は運良く子昂ら親子に出会えたが、それは望外の幸運というべきであり巴関の付近でも同様の協力者が得られると頼みにすることはできない。

 そもそも抜け道が存在しないことも十分に考えられる。

「巴関を抜ける以外にも、共藍へ辿り着く方法はあるだろう」

 琉の言葉に、衛舜も大きく頷いた。

「はい、大きく分けて二つあります」

「二つ?南江を遡る以外にもあると言うのか」

 琉は「南江を遡る」の言葉に、衛舜が満足げに頷く。

 衛舜の考える二つのうちの一つがそれであったのだろう。

「殿下のお考えの通り、南江を遡るのが一つです。時間的にはこの方法が最も速いでしょう」

 今いる黄央から最短で南江へ出るには、真っ直ぐ南へ進み啓夏(けいか)という街へ行くことになるだろう。

 移動距離は長くなるが、それを補って余りあるほど船での旅足は速い。

 啓夏は弦国有数の穀倉地帯として知られており、生産した穀物はその大部分が南江の流れに乗って交易都市の業湊へ送られる。

 そのため水運が盛んであり船の確保は難しくないだろう。

「しかし、おそらく巴関以上に困難な道のりになるでしょう」

 衛舜は淡々とその理由を並べていく。

「まず船を操る人員を確保する必要があります」

 琉たちの中に、船の扱いに慣れている者はいない。

 素人だけで急流として知られる南江を遡上するのは、無謀と言うより自殺行為とすら言える。

 共藍の留守を守る孟兄妹がいれば事情は異なるが、今いない人物のことを考えていても仕方がない。

「ただ人を集めるだけならば、啓夏のような大きな街ならば容易なことでしす。しかし我々は追われる身。信頼できる人物を揃えねばなりません」

 啓夏に縁のある人物もいない。

 そんな土地で信頼できる人物を見つけるのは、やはりよほどの幸運が必要となる。

「また運良く人員を確保できたとしても、水の上に出れば遮蔽物はありません。朝廷側の警戒の網を掻い潜ることは困難でしょう」

 南江を遡上することは、朝廷側も十分に想定していることだろう。

 一度見つかれば、もはや逃げ切ることは叶わないと考えなければならない。

「それで、もう一つの方法とは」

「はい。まずは業湊へ向かうのです。おそらくこれが最も安全な方法でしょう」

 業湊は弦国南東の交易都市である。

 南西の共藍へ向かうのならば、全くの逆方向だ。

「確かに業湊ならば共藍とは逆方向だから、追っ手の警戒は薄く安全に向かうことができるだろう。しかしその後はどうするのだ。南江を遡上するのであれば遠回りになるだけではないか」

「南江には出ますが、遡上はせず渡河するだけです」

 南江以南は弦の勢力圏外である。

 南江に近い地域は弦国外とはいえ弦の属国が支配する地域であり、間接的に弦の影響力の及ぶ範囲である。しかし南へ向かうにつれ弦の影響力は及ばなくなる。

「亡命するというのか。この弦を捨てると」

 弦を離れると聞けばそう考えるのは自然な発想ではあるが、衛舜の考えは違った。

「そうではありません。大きく迂回することになりますが、あくまでも共藍を目指すのです。我々が目指すべき最終目的地は共藍以外にありません」

 そこでようやく衛舜の考えていることが琉にも理解できてきた。

 業湊から共藍へ直接向かう経路は、陸路で巴関、共関を通るか、南江を遡上するかのいずれかしかない。

 しかし、遥か南のある点を経由地に設定することで、もう一つの経路が現れる。

「衆南を経由するのだな」

「その通りです」

 業湊にはその発展の礎となった衆南との交易路がある。

 そして共藍にも衆南への交易路が存在する。

 かつては共藍商会が独占し、彼らに操られる河賊の活動によってほとんど活用されていなかった交易路であるが、共藍商会の李商人と協力者の黄郡丞は、共に琉によって処断されている。

 難路と言われる要因となっていた南江も、治水によってかなり安全に渡河できるようなってきた。

 業湊経由の交易路ほどではないにせよ、今や共藍経由の交易路も商人が活発に行き来する道となっているのだ。

「多くの商人が行き交う交易路ならば、土地勘が乏しくても迷うことなく進むことができるでしょう。衆南経由で交易路を辿って共藍を目指すことが、最も安全で確実に共藍へ行き着くことができる方法です」

 何よりも、共藍へ向かうと思われている琉たちが弦国外へ逃れるなど想定されていないだろうと考えられるため、追っ手に捕われる危険は限りなく少ない。

 問題はただ一つ。

「しかし大きく迂回する分、どうしても時間がかかります。速くても二ヶ月はかかるでしょう」

 巴関、共関を通る陸路を障害なく進めれば半月程度。

 啓夏経由で南江を遡上する方法も同程度か旬日(十日間)のうちに辿り着けるだろう。

 それを考えると衆南経由では四倍から五倍程度の時間がかかることになる。

 その間、朝廷側が琉が不在となっている共藍の支配権を剥奪してしまうことも考えられる。

「衛業が留守を預かっているため、ある程度の期間ならば誤魔化して時間を稼ぐことはできるでしょうが、確実なことは言えません。場合によっては武力で攻略される可能性もあります」

 救いとなるのは辺境であるがゆえの玄安からの距離である。使者が一往復するだけで二ヶ月の時は稼げる。

 武力に対しても、孟兄妹が護っているためそう簡単に攻め落とされることはないだろう。

 しかし琉の不在が長期に渡るに連れ、留守を預かる衛業や孟兄妹の負担が大きくなることは間違いない。

「考えられる経路は三択です」

 衛舜が琉の決断を促す。

 確実性はないが比較的安全な巴関経由の陸路か。

 最も速いが最も危険の大きい南江遡上か。

 安全確実ながら時間のかかる衆南経由か。

 しばし黙考した後、琉は決断を下した。

「業湊から衆南へ向かおう」

 琉の目に迷いはない。

「巴関経由の陸路でも南江遡上でもおそらく共藍へは辿り着けないだろう。そうなると他に選択肢はない」

 巴関を抜ける道はおそらく見つからないだろう。

 雀関の抜け道を知る子昂との出会いはそもそも奇跡とでもいうような幸運だったのだ。それが何度も続くとは思えなかった。

 南江を遡上する方法も大きな問題がいくつもあり、それらを乗り越えて共藍へ辿り着くというのは楽観が過ぎるように思えた。

 衆南経由で問題となるのはやはり時間であるが、そこは衛業や孟兄妹を信じるしかない。

「衛業や孟兄妹には負担をかけてしまうが、彼らならば大丈夫だろう」

 一時期は不安定なところもあった衛業だが、現在では衛舜の替わりではない自身のできることを自覚し、力を尽くしてくれている。

 孟兄妹も桟河の一族を挙げて琉を助けてくれている。

 この危難においても琉の信頼は揺るがなかった。

「長期間共藍を空ける不安はあるが、迂回をすることには慣れている」

 衛舜と出会ったあの日。

 衛舜は急いで玄安へ戻ろうとする琉を諌めた。

 あれから五年余り。

 琉の歩む道は迂回の連続であった。

 時間をかけて進むことが、これまでの琉のやり方であり、おそらくこれからもそれは変わらない。

「皆にも負担をかけることになるが、皆で必ず共藍へ戻ろう」

 琉の言葉に、臣下たちは頼もしく頷いた。


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