襲撃
視界の悪い森の中。
山麓の村で包囲を突破した後、琉たち一行は人目につかぬよう森の中を進んでいた。
あの騒ぎで琉たちが雀関の南側へ抜けたことは玄安側の追っ手にも知られたことだろう。慎重に進まねばならない。
「もうすぐ森を抜けるな」
先駆けして道を探っている志道の報告では、琉たちを隠していた森が間もなく途切れるらしい。
「見通しの効かない森の中を闇雲に進んでいたため、現在地が判然としません。まずは街を探しましょう」
衛舜の声が頭上から聞こえる。
琉が歩みを止めずに上を見上げると、馬上の衛舜が申し訳なさそうな色を見せた。
山麓の村で奪ってきた馬は四頭。それがあの屋敷にいた馬の全てだった。
囲いを突破し逃げる際は二人ずつで分乗していたが、そのまま走り続けては馬が潰れてしまう。
四頭のうちの一頭は、志道が先駆けで道を探るのに使っている。
二頭は志姫、玲寧の女性陣が乗り、それぞれ清隆と戒燕が轡を取って引いている。
そして子昂が引く最後の一頭には衛舜が乗っていた。
「臣下の身でありながら、申し訳ありません」
琉ではなく衛舜が馬に乗っているのは、体力の問題のためである。
「お主が歩いていては、一行の進行速度が落ちる。それにお主の知恵が必要な状況になったとき、疲労で頭が回らなかったら困るからな」
琉に合理的な理由を示されると、衛舜は従うしかない。
しかし主君を歩かせる居心地の悪さはどうしようもないのだろう。
「街へ着いたら、馬車を手に入れなければ、なりません……!」
馬上で呟く衛舜の言葉は、妙な緊迫感を孕んでいた。
森を抜けた一行を待ち構えていたのは、山賊の熱烈な歓迎であった。
「こんなところを人が通るとは思わなかったな。まあいい、荷と女を置いていきな」
大きな鉞を担いだ山賊の頭目らしき男が下卑た笑い声を上げる。
山賊の人数は二十人程度。中には剣や刀を持つ者もいるが、多くは鍬や鎌などの農具を武器として握っている。
――元々は善良な農民だった者たちか。
堰相国の”改革”による混乱から、生活苦に陥った者や罪から逃れる者などが盗賊や山賊に身を投じる者も多い。
このような連中は、今や珍しいものではないのだ。
「悪いことは言わない。武器を捨てて故郷へ帰るがいい」
琉のこの発言は、山賊たちの身を案じた言葉だった。しかし山賊たちがその真意を正しく汲み取れるわけもない。
強がりと受け取った山賊たちの哄笑の声が辺りに響く。
それを見た琉は、大きな溜息を吐いた。
「仕方ない。戒燕」
名を呼ばれた戒燕が、待っていましたとばかりに前へ進み出る。
「この鉄槍の餌食となりたくなければ、大人しくしていることだな」
「この人数を一人で相手にするつもりか」
戒燕一人だけが出てきたことに、再び哄笑が起こる。
しかしその笑い声は、すぐに悲鳴へと変わった。
戒燕が鉄槍と振るう度に、山賊たちが吹き飛ばされる。
十人、二十人と敵がいようとも、その全てが同時に襲い掛かることは不可能である。
戒燕は同時に相手にする人数を可能な限り少なくなるよう巧みに敵の間を移動し、少しずつしかし確実に敵の人数を減らしていった。
一対多数というこの状況は、戒燕の武勇が最も発揮される状況でもあるのだ。
「ば、化け物か、この男は!」
山賊たちの悲鳴が響く中、頭目だけは落ち着いていた。
「お前らそいつを足止めしておけ」
そう指示を出した頭目は、琉たちの方へ向き直る。
「あいつがどれだけ下っ端を蹴散らそうとも、女子供を襲い人質に取れば問題ない」
その言葉を聞いた戒燕はちらりと頭目と琉たちの方へ視線をやったが、すぐに周囲の敵に意識を戻した。
戒燕の実力ならば元農民の山賊がいくら集まっても、瞬く間に囲いを突破し頭目を止めることは不可能ではないが、頭目の前に立ちはだかる男を見てその必要はないと判断したのだ。
「やれやれ。女子供を標的にするなんて、本当に美しくない男だ」
頭目の行く手を阻む清隆は、心底呆れたような溜息を吐く。
「優男は退いてな! 怪我をしたくなかったらな」
戒燕ほどではないにせよ明らかに大柄な部類に入る頭目は、体格だけで言えば標準の清隆をその見た目だけで完全に侮っていた。
その発言に清隆はまた小さく溜息を吐く。
「退かねえなら、死ね!」
気合いと共に振り下ろされる巨大な鉞。
清隆はそれを軽く横っ飛びに避けると、腰の刀を抜いた。
紫電一閃。
次の瞬間には、頭目の握る鉞の柄はただの棒になっていた。
目の前には大地に突き刺さったままの鉞の刃。
「まだやるかい?」
軽やかに笑いかけながら、鉞の柄を両断した刀をゆっくりと鞘に納める清隆。
実力の差を知った頭目は、手に残った元鉞の柄を放り出し脱兎の如く逃げ出した。
清隆は頭目のその情けない姿に、また溜息を吐く。
「清隆! 頭目だけは逃がすな! 頭目を逃がせば、また同じ事を繰り返す。捕らえよ!」
ただ退ければ良いと考えていた清隆が、琉の指示に慌てて追いかける。
「そういうことは先に言っておいて欲しいですね」
文句を言いつつ駆け出そうとする清隆の背を、小さな影が追い抜いた。
「ぐあっ!」
影は頭目の肩を射抜き、その動きを止める。
「子昂、やるじゃないか」
それは子昂の放った矢だった。
「故郷の山で私以上の弓の腕を持つ猟師は、父をおいて他にはおりませんでした」
琉の褒詞に、誇らしげな笑みを見せる子昂。
清隆が倒れた頭目を捕らえ、後ろ手に縛り捕らえる。それを見た他の山賊たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
「頭目以外は放っておいて構わん」
頭目に説いて会心を促せば、他の者たちも足を洗うだろう。
逃げて行く山賊たち。しかしその行く手を阻む陰が現れた。
数十騎の騎兵隊。
彼らは瞬く間に山賊たちを捕え上げ、琉たちも取り囲まれてしまう。
――追っ手か?!
琉たちに山賊に囲まれた以上の緊張が走る。
見るからに農民崩れの素人集団だった山賊と違い、きちんと装備を整えた騎兵隊である。
この兵が玄安からの追っ手であるならば、如何に戒燕が武勇無双であったとしてもこの囲みを突破するのは容易ではない。
「共藍公! 共藍公でございますね!」
しかしその心配とは裏腹に、騎兵隊を率いていた男から発せられたのは、喜びと歓迎の声だった。
そして男は兵たちに指示して下馬すると、一斉に琉に向かって頭を下げた。




