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弦月を望む蛟竜  作者: 菅 樹
群像
21/62

乾清隆・参

 美貌の皇子は、中庭の中央で向き合う二人の方へ歩を進める。

「すまんな。戒燕が両者とも本気ではないと言うので安心してしばらく見入ってしまっていた」

 清隆は琅琅を傷付けるつもりはなかったが、対する琅琅も清隆を生かして捕らえるつもりだったのだろう。

「刀を納めてくれて感謝する。こちらも無用な争いで傷付けあうのは本意ではない」

 琅琅にも刀を納めるよう指示した。

――感謝する……か。

 内心苦笑する清隆。

 そもそも清隆は、不法に城に忍び込んでいる賊なのだ。

 その賊に対して躊躇い無く”感謝”という言葉を使ったことに、清隆は琉の器の大きさを見た。

 そしてそれを見たのは初めてではない。

「さて、顔見知りと言っても、城に侵入した賊ならば拘束せぬわけにはいかない。大人しく縛に就いてくれるな」

「武器は置きましょう。ですが、縛られるのは趣味ではありません」

 言いながら清隆は刀を鞘ごと足元に置くと、何歩か後退り腰を下ろした。

「ふむ、そうか」

 その刀に琉が歩み寄り拾い上げる。

「殿下!」

 それがあまりに自然な流れだったため、周囲の忠臣らが止める間もなかった。

 清隆がその気になれば、再び刀を拾い上げ、琉に斬りつけることもできただろう。

 豪胆、とも言えるが、無謀と言った方が近いくらいの無防備さである。

「お主に害意がないことは間違いないだろう。刀はしばらく預からせてもらうが、縛るのは勘弁してやろう」

「殿下、いけません。仮にも賊なのですよ」

「この男は今更抵抗などしない。そんな美しくないことはな。そうであろう」

 琉の言葉に、清隆はついに吹き出してしまった。

 二度目の対面ながら、この皇子は清隆のことを良く理解しているようだ。


 翌日、明るくなってから琉と清隆は対面していた。

「昨夜はもう遅かったから仕方なく牢に泊まってもらったが、寝心地はどうであったか」

「隣に美しい女性が寝ていればどんな場所でも快適ですが、そうではないのであればどんな場所でも快適とは言えません」

 相変わらずの軽口を叩く清隆に、琉も愉快そうに笑う。

「さて、お主が近頃共藍に出現しているという”美貌の盗賊”に相違ないな」

 さらりと指摘する琉。

 さすがの情報力と言っていいだろう。

「一晩でお調べしたのですか」

「いや先日会った際にもしやと思い、あれから志道に調べさせていたのだ」

 つまり清隆の正体に疑念を抱いた上で、臣下にならないかと誘ったというのか。

「昨夜、この城に忍び込んだのも、財貨を盗み出すためか」

「私が”借りる”のは、無辜の民から不必要に奪った”余剰の財貨”のみでございます」

 昨夜、そのようなものは見つからなかった。

「では商人らの家に忍び込んだのもそういうわけか」

「商人らの家に入ったのは、その家の娘と一夜を共にするために過ぎません」

 もちろん、そんな言い訳が通用するものではない。

 この皇子とその臣下のことならば、どの程度の財貨を”借りた”のかも調べ上げていることだろう。

「相手と盗み出す対象は選んでいると言うわけか。しかし、それでも盗賊を処罰しないわけにはいかない」

 信賞必罰が揺らげば、共藍の秩序そのものに影響を及ぼす。

 他の地域の荒くれ者が集まってきている現状では、それを蔑ろにするわけにはいかないだろう。

「財貨を盗んだ者には、その倍を没収するのが法であるが、お主にそんな財はないだろうな」

「流浪の身故に、余分な財貨は持ち合わせておりません」

「唯一、価値のある物といえば、この弧刀くらいであろう」

 そう言って琉は昨夜預かった弧刀を取り出した。

「その刀はそれなりの業物ではありますが、無銘故に大した価値は付きません」

 半ば予想していたことであるが、この刀を取り上げられるのは清隆にとって一番避けたい事態と言える。

 言葉通り、無銘で大した価値の付かない刀ではあるが、それなりに手に馴染んだ業物である。

 弧国以外でこれほどの業物の弧刀を手に入れることは困難なのだ。

「しかし他にお主が”借りた”財貨の弁済をする方法はないだろう。かといって、代わりに労役を課してもお主のような男は扱い難いし、そもそも大人しく従うとも思えない」

 笑顔を崩さず、言葉を続ける琉。

「そこで、私がこの刀を買い取ろうではないか。無銘であろうとも、この美しい刀ならば問題はない」

 有無を言わせぬ調子でそう宣言する琉。

 しかしそれは、罪を盾に清隆の刀を奪い取ろうとでも言うようなことである。

「お待ちください、殿下。そのような……」

「まあ最後まで聞け」

 琉の穏やかな笑みは変わらない。

「お主はこの刀を取り上げられては困るだろう。そこで、私がこの刀をお主に貸すことにする」

 清隆には琉が何を言いたいのかわかってきた気がする。

「どうだ、悪くない話だろう」

「それで、私に臣下になれ。そう仰りたいのですね」

 清隆は内心失望してた。

――この程度の男だったのか。

 琉が言っているのは、要するに「罪の弁済を肩代わりしてやるから臣下になれ」ということだ。

 謂わば脅迫である。

――そんな男に仕える気にはなれん。この場は臣下になることを承諾し、刀が戻ればそのまま遁走してしまおう。

 清隆は内心の失望を押し隠し、頭を下げた。

「臣下になる、と言わねば刀が返ってこないのであれば、承諾する他ありません」

「何を言うか。刀を貸すのは、お主を気に入っているからだ。臣下になるかどうかは別の話だ」

 清隆が弾かれたように顔を上げる。

 驚いたような声を上げた琉だったが、驚いたのは清隆の方である。

 周囲の忠臣たちも同様の表情を浮かべている。

「私の臣下となって欲しいという想いは、先日城下で会った際に言ったのと変わりはない。だが、脅すような条件を付けて従わせても意味はない」

 刀を貸すことは、清隆がどのような返答をしようが変わらない決定事項である。琉はそう言っているのだ。

「臣下にならぬ場合は仕方がない。臣下は進んで私を支えてくれるような者を求めている。強制はしたくないのだ」

 琉は穏やかにそう言った。

「この刀をお主に貸す条件は、二度と盗賊稼業を行わない、ということだけだ」

 清隆が相手を選んでいること、盗み出す量も程度を弁えていることなどを考慮し、これまでのことは大目に見よう、と言うのである。

「その上で、改めての頼みだ。私の臣下になってはくれないか」

「もし仮に、私を臣下とした場合は、私に何をさせるおつもりですか」

「ふむ、そうだな。とりあえずは私の護衛だな」

「殿下?!」

 琉の言葉に、周囲の忠臣たちが色めき立つ。

 確かに清隆の武術は護衛に向いたものではある。

 しかし清隆は元々賊なのだ。

「賊にいつでも首を取ることができるような護衛の任を与えるなど、考えられません」

 一際大きな声で異を唱えたのは戒燕だった。

「護衛ならば、私がいるではありませんか」

「戒燕にはこれから私と離れて兵を率いてもらわねばならない機会も増えるだろう。常に私の傍にいられるとは限らない。それに、この男は裏切りなどという美しくないことはしないさ」

 そうだろう、と清隆に笑いかける琉。

――なんという男だ。

 清隆は琉に恐ろしさに似た感情を抱き始めていた。

「殿下は何故、私をそこまで評価なさっているのでしょうか」

「お主は”美しさに殉じれる男”だと見ている。美しくない行いをするくらいならば死んだ方が良い、そう考える男だと。そこが気に入ったのだ」

 会って数度の男をここまで信じることができるものなのだろうか。

――いや、自身の見立てを信じているのだろうか。

 琉は清隆を”美しさに殉じれる男”と言った。

 清隆はその美しきに重きを置く価値観を隠すことはないため、その判断を下すのは難しいことではないだろう。そして事実、その見立ては正しい。

 しかし、それに自身の命すら預けることができるのは凡庸なことではない。

――真に美しい生き方とは、こういうことなのだろうか。

 清隆は琉を初めて見たとき、その美貌が自身のそれと比べて「引き分け」と評した。

 しかし内面の美しさはどうであろうか。

「さあ、刀はお主に貸そう」

 琉は自ら清隆に歩み寄り、刀を手渡した。

「殿下に一つ、お願いがございます。この願いを聞いて頂けるのならば、臣下となりましょう」

「なんだ」

「美しい行いをなさってください。主君として誇れるような」

 清隆の出した条件に、任せておけ、と笑う琉。

 その笑顔を見た清隆は、自然と頭を下げていた。

 この日より、清隆の刀は二つの意味で琉のものとなった。


以上で第三章終了です。

次回から第四章が始まります。

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