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弦月を望む蛟竜  作者: 菅 樹
群像
20/62

乾清隆・弐

 男は衛兵に引き渡され、騒動はひとまず治まった。

「お主、強いな」

 場が落ち着くと、美貌の皇子が清隆に声をかけてきた。

「私はこの共藍の太守、煌琉だ。お主の名はなんと言う」

「乾清隆でございます、殿下」

 続けて琉は従者の紹介をした。

 先ほどの大男・郭戒燕の他に、騒動の最中は野次馬の輪の外にいたのであろう女性が二人。

「孟祢祢と董志姫だ」

 祢祢と呼ばれた健康的に日焼けをした女性は、腰に提げられた柳葉刀から武人であろうか。

 そしてもう一人の女性、志姫を見た清隆は雷が落ちたような衝撃を受けた。

「お美しい。共藍で出会った女性の中で、いえこれまでに出会った女性の中で、貴女は最もお美しい」

 あっという間に志姫に近寄り、その手を握る。

「あら、ありがとう。嬉しいわ」

 清隆の賛辞に感謝の言葉を発しつつも、志姫は素っ気無くその手を振り解いた。

 さすがに美貌の皇子を見慣れているだけあって、清隆の美貌だけではそう簡単に靡かないようだ。

 祢祢も武人らしい野性味溢れる魅力も素晴らしい。

 志姫にもやや似たような空気を感じるが、その中にも貴族のような上品さがあった。

――やはり美しい男には美しい女性が集まるのだな。

 一人納得する清隆。

「それより、お主のその刀。珍しい形をしているな」

 琉が目を付けたのは清隆の刀である。

「これほど細く長くて折れたりはしないのか。それにこの柄の長さからして、両手持ちの刀か」

 ”刀”とは、片刃の刀剣類のことでありその種類は多岐にわたるが、弦で単に「刀」といった場合は主に柳葉刀のことを指す。

 柳葉刀は幅広い刀身を持つ片手持ちの刀で、その重量を活かして叩き切るような使い方をするのが普通である。

 清隆の刀はそれとは似つかぬもので、細長く美しい反りを持つのが特徴だ。

「それに先ほどの抜き様の一撃。抜刀の瞬間がまるで見えなかった。一体どういう技なのだ」

「落ち着いてください、殿下。ご説明致しますから」

 興奮気味に質問を連ねる琉を宥めて、茶屋の中へ入る。

「この刀は弧国で主流の刀で、弧国では単に刀と言えばこの形状の物を指しますが、特に区別して弧刀とも呼ばれます」

 弧刀は弧国の刀匠のみに伝えられる特殊な技法によって作成されており、これほどの細身でありながら抜群の切れ味を保ちつつ、かつ折れにくいという。

 また緩やかな刀身の反りは”斬る”ことに特化した形状でもある。

「機能性を維持しつつ、これだけの美しさを持つ。あらゆる刀剣の中で、最も美しいものの一つです」

 うっとりしたように語る清隆だが、それを聞いていた琉も同じ眼差しでその美しい刀身を見ていた。

――美しい者同士、感性も似ているのかもしれない。

「最後の技は”抜刀術”と呼ばれるものです。鞘に収めた状態から如何に素早く初撃を放てるか、を追及した術です」

 本来準備動作である”抜刀”をそのまま斬撃に繋げる技術である。

 戦場などで敵と相対した状態では特別効力を発揮することは少ないが、相手の虚を突くことには向いている。

 護身や護衛、そして暗殺に向いた術と言える。

「寝込みを襲われた際に、寝所を共にしている女性を護ることにも向いています」

 清隆の軽口に琉は愉快そうに笑っていたが、後ろの女性二人は眉を顰めつつ顔を見合わせた。

「世の中には色々な武器や武術があるのだな」

 一通りの説明を聞いた琉が感嘆の声を上げる。

 そんな琉の姿を見て、清隆は不思議な気分に浸っていた。

――皇族の割りに偉ぶったところがない。どこの馬の骨とも知れぬ私に対して、教えを乞うことに些かの躊躇いもなかった。

 今まで見てきた皇族や貴族と呼ばれる人間とは、明らかに異なる空気を纏っていた。

――器の大きさが違う。

 清隆にはそう感じられた。

 そして琉はさらに驚くべき提案をしてきた。

「私の臣下になってはくれないか」

 出会って間もない正体不明の男を臣下にしたいと言う。

 あまりのことに、清隆も声を上げて笑ってしまった。

「ははは、面白い御方だ。ですが、その申し出はお断りさせて頂きます」

 今の清隆は、誰かに仕える気などなかった。

 正直なところ、この皇子に仕えるのも悪くない、と思わないでもないが、貴人への忠誠という鎖に縛られるには何か決定的なものが必要だった。

 折角の自由を謳歌している最中なのである。

――何より、この皇子は私が盗賊であることを知らないのだ。

「そうか、残念だな」

 琉も食い下がることなくあっさりと引き下がった。


 騒動から数日後。

 共藍へ来た切っ掛けとなった「美貌の皇子を見る」という目的は既に達している。

 盗みの標的となる豪商も、もはやほとんど残っていない。

 もう共藍へ長く留まる理由は無かった。にも関わらず、清隆はこの地を離れる気になれずにいた。

――最後に県城で一仕事して行くか。

 清隆は県城での”仕事”を弦国で行う最後にするつもりだった。

――県城で路銀を借りたら、次は衆南へでも行ってみるか。

 何故か、弦国にこの共藍より面白い場所は無い、という確信めいた想いが清隆の中にはあった。


 共藍県城は他の地域の県城などに比べると衛兵の規律がしっかりしているのか、忍び込む隙は少なかった。

 それでも清隆は闇に紛れ、誰の目にも触れることなく城の中庭に降り立つことができた。

――やはりな。

 ここまで来る間に宝物庫らしき場所などを回ってきたが、必要以上の蓄財はなかった。

 これでは余剰の財貨を借りることはできない。

――仕方が無い。帰るか。そして予定通り南江を渡り衆南へ向かおう。

 清隆が踵を返そうとしたとき、聞き覚えのある声が聞こえた。

「さあ、殿下。お部屋へ帰りましょう」

 声の方向へ目を向けると、幼い女児を抱いて歩く志姫の姿が見えた。

 志姫はそのまま部屋の中へ入っていった。

――殿下、と言うことは皇族か。あの皇子の娘だろうか。

 琉の年齢であれば、あれくらいの娘がいてもおかしくない。皇族ならばなおさらだ。

 志姫が入っていった部屋を覗いてみると、室内にはもう一人女性がいた。会話の内容から、志姫の母親だろうと思われる。

――皇女がいるということは、ここは皇子の私的な空間、ということになる。面倒なことになる前に帰るか。

 清隆が踵を返し歩き始めたとき、部屋から志姫が出てきた。

「あら、貴方は……」

 見つかった。

 しかし見られたのは後姿だけである。

 振り返らず走り去れば、それが清隆であることなどわからない。

 そのまま共藍を離れてしまえ、捕まってお咎めを受けることなどなかっただろう。

 それなのに、何故か清隆は走り出す気になれなかった。

 代わりにゆっくりと振り返り、志姫へ向かって優雅に一礼した。

「こんばんは、良い月夜ですね」

「何故、貴方がここにいるのですか。ここは部外者が居て良い場所ではありませんよ」

 志姫の表情と声に、警戒の気配が色濃く現れている。

 ゆったりした袖で手元は隠れているが、何かしらの武器を隠し持っている気配があった。

「月夜の散歩中に迷い込んでしまいました。害意はありませんから、手に持ったものをしまってください」

 清隆に指摘され隠していても仕方が無いと悟ったか、志姫は手に持っていた武器を顕わにした。

「戦輪ですか。珍しい武器をお持ちですね」

「貴方のような不届き者から、我が身とお世話をさせて頂いている方の身を護るためです」

 志姫は戦輪を握り締め、清隆を威嚇するように前に突き出す。

 当然ながら清隆の「害意は無い」という言葉を信じてはくれないようだ。

 そのとき、二人を照らしていた月明かりに影が差した。

 咄嗟に横っ飛びに避ける清隆。

 直前まで立っていた場所に、剣が突きたてられた。

「父上!」

 その剣を握っていた男を志姫は父と呼んだ。

――ということは、この男が董志道か。

 その名は郭戒燕と共に、玄安から琉に着いて来た忠臣の名だ。

 視線を上にちらりを巡らすと、開け放たれた二階の窓が見えた。おそらく志姫の声を聞きつけ、あそこから飛び降りたのだろう。

 その目は娘に近付く悪漢に対する怒りが満ちているようだった。

 寡黙な男と聞いていたが、意外と激情家なのだろう。

 問答無用、とばかりに清隆に斬りかかる志道。

――体格の割りにできる。が、それでも刀を抜く必要はないな。

 志道の攻撃を避けつつ、その戦力を分析する。

 振り下ろされる志道の剣を避けると、その腕を掴みそのまま投げ飛ばした。

「父上!」

 すぐに起き上がり、駆け寄る志姫を背後に庇う。

 広い方向へ投げ飛ばしたため、地面や壁に激突することなく受身は取れただろう。

 しかし経験豊富な志道は清隆の実力を悟り、先ほどのように攻めていくのは止め、間合いを取って清隆の出方を監察し始めた。

――冷静さを取り戻したか。さすがに優秀だな。

 とはいえ、清隆もあまりのんびりもしていられない。

 ここまで派手に騒動を起こしている以上、じきに衛兵などが集まってくるだろう。

「すみませんが、そろそろ失礼させてもらいます」

「おっと、どこへ行くんだ。俺とも遊ぼうぜ」

 立ち去ろうとする清隆に、豪快な男の声がかけられる。

 振り向くと、筋骨隆々の男が立っていた。

 後ろには先日会った祢祢もいる。

「お、この間の兄サン! こんなところで何をしているのサ」

「月夜のお散歩ですよ。それにしても賑やかになってきましたね。そちらの方は?」

「俺の名は孟琅琅。桟河族最強の戦士だ!」

 共藍の煌琉配下の中で、郭戒燕に匹敵する実力者と名高い男である。

 腰に提げた二振りの柳葉刀を抜き構える。

――強そうだな。

 琅琅が相当な実力者であることは、一目でわかった。

 体格だけでも先日街中で軽くあしらった荒くれ者以上であるが、それよりも構えたときの隙の無さがその実力を証明していた。

 清隆もゆっくり刀を抜く。

 しばしの静寂の後、中庭に激しい金属音が鳴り響いた。

――やはり強いな。

 琅琅の圧倒的な膂力から生み出される強力な柳葉刀の一撃は、片手持ちでありながら常人の両手持ちの剣をいとも簡単に押し返す。

 その強力な斬撃を二刀で立て続けに繰り出すことで、相手を圧倒するのである。

 まともに打ち合えば膂力に勝る琅琅には敵わない。

 それでも清隆はその全てを捌き切っていた。

 真っ向から打ち合わず、力の方向を逸らすことで受け流しているのである。

 技術においては清隆が勝っているようだ。

「最強の戦士という名は、伊達ではないようですね。貴方を傷付けずに制するのは相当に大変そうです」

「殺す気でやれば殺せるとでも言うような口ぶりだな」

 清隆の言葉に、琅琅はややムッとしたようだ。

「ええ、おそらくは。ですが……」

 挑発的な物言いとは裏腹に、清隆は刀を鞘へ納めた。

「もう止めにしましょう。元々成り行きで争っていただけで、私は貴方たちを傷付けるつもりはありません。それに……」

 清隆の視線が、いつの間にか中庭の入り口に立っていた大男に向けられる。

「仮に貴方を倒しても、そちらの御仁が逃がしてはくれないでしょう」

 戒燕である。

 その隣にはこの城の主もいた。


まだ続きます。

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