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弦月を望む蛟竜  作者: 菅 樹
共藍
13/62

賭け

 巳水での戦闘から数日後。

 琉の前には桟河族の族長と、その子である琅琅・祢祢の兄妹が座っていた。

「太守、賊などさっさと死罪にしてしまいましょう」

 琉の傍らに控える黄郡丞が息を巻く。琉はその言葉を制し、静かに族長へ語りかける。

「お主らには色々と話してもらわねばならぬことがある」

「この期に及んで隠し事などは無意味だ。なんでも聞いてくれ」

 さすが一族をまとめる長と言ったところか。縛に就きながらもその堂々とした態度に、琉は好感を覚えた。

「砦を攻めてきたとき、下流にも同様のものを作らせていたのだが、なぜ上流の砦を襲撃したのだ」

「下流側には多数の兵が居て攻めるのは困難だが、上流側ならば兵は寡兵という情報を得ていたからだ」

 やはり内通者はいた。

「我ら共藍兵の情報をお主らに流していたのは何者か」

 核心を突く琉の問いに対する族長の答えは、予想通りのものだった。

「そこにいる黄文嘉だ」

「馬鹿な! そんな偽りを口にするとは、なんと不届きな輩か! 太守、惑わされてはなりません! このような賊の言うこと、信じるに値しませんぞ!」

 黄郡丞が早口にまくし立てる。

 しかしこの尋問は最後の確認に過ぎず、琉は既に内通者が黄郡丞であるということはわかっていた。

 兵を二つに分ける、という策が出された会議に出席していた者は多くない。

 会議に出席し上流が寡兵であると勘違いしたまま途中で退出した者は、ただ一人しかいなかった。

「景家の若当主だ! この者が内通者です! 賊に私を貶めるよう命じているに違いありません」

「河賊は内通者の誤った情報のために敗れ、今こうしてた縛に就いているのです。内通者の正体を明らかにして道連れにすることはあれど、庇うようなことは考えられません」

 黄郡丞の最後の足掻きを、衛舜は冷静に打ち砕く。

「黄郡丞、見苦しいぞ」

 琉は目を伏せ、黄郡丞に一瞥も向けなかった。

 その様子に黄郡丞は崩れ落ちた。


 黄郡丞は連れて行かれたが、族長にはまだ話してもらわねばならないことがある。

「河賊活動の支援者は黄郡丞だけではないな」

 河賊といえども収入がなければその活動を維持することはできない。

 その収入とはもちろん衆南国からの交易商を襲撃し強奪した金品であるが、衆南からの交易商の数は多くない。河賊が現れるようになってからは、特に減っているという。

 そのような状況で数年に渡り三百もの河賊が活動を維持できるほどの収入を得られるだろうか。

 黄郡丞が支援していたという可能性もあるが、彼が能動的に協力する理由はない。

 おそらく黄郡丞もその”支援者”からの賄賂を取り協力していたに過ぎないだろう。

 その”支援者”の名も琉と衛舜には見当がついてた。

「共藍商会長の李玉堂だ」

「やはりか」

 目的は共藍と衆南とを結ぶ交易路の独占だろう。

 業湊経由の交易路がある以上、衆南との交易全てを独占するのは不可能であるが、距離の短い共藍経由の交易路を独占できれば、輸送速度の面で他の商人たちよりも優位に立つことができる。

 衆南と行き来する交易商を襲撃し、共藍商会の符を持つ商人は見逃すという条件で河賊活動を行うよう指示されていたと族長は証言した。

「この条件を拒否すれば、一族を全て捕らえ罪人として処罰する、と脅されてた」

 河賊を使って商会に属さない商人を共藍から排除する。その活動を認めさせることが、李氏が初めて琉に面会に現れたときの賄賂の目的だったのか。おそらく前任太守らにも同様のことを認めさせ、この状態を維持してきたのだろう。

「志道、共藍商会長の李氏を捕らえて来てくれ」

 琉の指示に志道は黙って頷き、速やかに李氏捕縛のため退出して行った。


「色々と証言してくれて助かった」

 琉が謝意を述べると、族長は豪快に笑った。

「なあに、俺たちをいいように使ってくれた連中に復讐しただけよ」

「協力の見返りに、河賊稼業に加担していなかった桟河族の家族は共藍郡の民と認め保護しよう」

 桟河族は故郷を追われ流れてきた一族だ。戦士たちは河賊稼業を行っていたが、その家族である女子供は人目を避けて巳水の最上流に集落を作り、細々とその生活を維持していた。

 共藍の民として正式に認められれば、もっと下流の流れの穏やかな場所や丁水のような都市に近い支流へ移ることもできる。もちろん希望があれば共藍の都市に移ることも。

「しかしお主らの河賊稼業に目を瞑ることはできない」

 脅されていたとはいえ、河賊の活動で無関係の商人を傷つけてきたことに変わりはないのだ。

 ここで河賊の罪を不問に解放するのは、信賞必罰の原則に背くことになる。

「治水工事で人手がいる。大いに働いてもらうからな」

 そう言って笑う琉。

 琉が言い渡したその処分は、労役として治水工事への従事することだった。

 桟河族は水上集落で生活する水辺の民である。

 治水工事の大きな力となるだろう。


 目を伏せ沈黙する族長。

 族長である自分の首を差し出してでも、一族を守ろうという覚悟でこの場にやってきた。

 それが首が繋がるどころか、河賊に加担していなかった一族の者たちを受け入れ保護してくれるというのだ。

 温情に感謝の念は絶えない。

 しかし族長にはある決意があった。

 僅かの間の後、顔を挙げ静かに語りだした。

「桟河族は自由の民だ。衆南においても大国の仕組みに組み込まれることはなく、独立して生きてきた」

 一族の暮らしを護るための戦い敗れてこの地へ流れてきたが、誇りを失ったわけではない。

長距離を旅して疲弊した一族の仲間を護るため、一時は李氏や黄郡丞の思惑に従ったが、いつまでも良いように使われているつもりもなかった。

「あの狡賢い狐狸のような二人を排除してくれたことには感謝している。しかしあの二人があんたに替わっただけであれば、我ら一族にとっては同じことだ」

 危ない橋を渡っている自覚はある。

 琉の怒りを買い、今度こそ首を刎ねられることも十分に考えられた。

 しかし琉は瞬間驚いたような顔をしたが、すぐに穏やかな笑みに戻った。

「それでどうする。暴動でも起こそうと言うのか」

「恩義があるから、しばらくは大人しく従おう。だが、やがて限界が来るだろうな」

「それは困ったな」

 脅しとも取れる族長の言葉だが、やはり琉の態度は穏やかだった。族長との会話を楽しんでいるようにも見える。

「それでひとつ提案なのだが、人質を取ってはどうだろうか」

「人質、ふむ」

 琉の顔が怪訝な表情に変わった。

「桟河族は一族間の繋がりが強い。一族はみな家族であり、一族の若者は、他の全て者の子でもある。それが族長の子ならば尚更だ」

 言いながら族長は後ろに控える兄妹を振り返る。

「この二人を人質と言うことであんたの側に置いて仕えさせれば、一族は大人しくあんたの言うことを聞くだろう」

 族長の言わんとしていることを理解した琉の顔には、再び笑顔が戻っている。

「人質か、それはいいな」

 愉快そうに笑い声を上げる琉。

 人質と言うが、要するに「兄妹を臣下の列に加えてくれ」ということだ。

「良いだろう。私としても二人のような戦士が仲間になるのは心強いことだ」

 琉は立ち上がり兄妹の元へ歩み寄ると、自らの手で二人を縛る縄を解いた。

「今後はどうか私を助けてくれ」

 琉の言葉に、兄妹は深く頭を下げた。

――これは賭けだ。

 この場でのやり取りは危ない橋であるとは思っていたが、琉ならば笑って受け入れるであろう、という妙な確信が族長にはあった。

 ”賭け”とは、その先にある。

 即ち、琉が帝位に昇れるかどうか。

 琉が不遇な皇子であることは、黄郡丞らに聞いて知っていた。帝位を目指しているということも。

 この不遇な皇子が帝位に昇ったときその傍らに一族の者がいれば、桟河族は弦において安寧の時代を迎えることができるだろう。

 衆南では大国に頼らず独立していることに拘ったために、一族で放浪するという憂き目に遭った。

 同じ轍は踏まない。そう思っていたが、共藍で最初に接触した弦人は狡賢い狐狸のような人物で、頼るに値しなかった。

――この男ならば、きっと大きなことを成し遂げる。

 族長はようやく頼るべき人物に出会えた気がしていた。


これで第二章は終わりです。

次回から第三章に入ります。

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