戦士の戦い
琉の元へ河賊の隠れ家を見つけた志道が戻ってくるまで、大して時間は掛からなかった。
共藍から来た追加兵員を併せ、その数は千。正面から決戦を挑んで三百の河賊に遅れを取ることはない。
「一気に追い詰めるぞ! 船を用意しろ!」
志道が見つけ出した河賊の隠れ家は、先ほど戦闘のあった地点からやや川を下った辺り。川の両岸が切り立った崖になっており、地上からでは死角になる位置にある洞窟に河賊たちは隠れているということだった。
川からしか行けぬその洞窟は隠れるにはうってつけだが、攻められると逃げ場がないという弱点もある。
琉は下流側に鎖を渡して逃げ場を封じ、上流から攻め立てる作戦を採った。
上流から近付いていく共藍兵の船に対し、河賊たちは怯まず果敢に戦った。水軍に慣れた河賊たちだが、さすがに三倍もする共藍兵に敵うはずもない。
「無駄に殺すな! 可能な限り生け捕りにしろ!」
徐々に河賊の船が制圧されていき、ついに河賊の頭領が乗る最も大きな船を残すのみとなったが、それでも河賊は降服の意思を見せなかった。
「戒燕、乗り込むぞ」
琉らの船が河賊頭領の船に体当たりし、工作兵が素早く両者を固定した。
戒燕を先頭に河賊の船へ乗り込む共藍兵。
その目の前に一人の戦士が立ちはだかった。
「俺の名は孟琅琅! 郭戒燕よ! 決着をつけよう!」
大勢は決している。
応じる必要のない決闘と言っていい。
「殿下、やらせてください」
それでも戒燕は決着をつけるつもりでいた。
「彼は一族最強の戦士と名乗っていました。彼を下せば、河賊の戦意は喪失するでしょう」
「わかった、任せたぞ」
船上で対峙する二人の戦士。
戒燕が剣を抜き構えると、琅琅は二刀の柳葉刀を抜いた。
戒燕の持つ剣は弦の北方でよく使われる真っ直ぐな剣身をした両刃の剣である。
それに対し、琅琅の持つ柳葉刀は、その名の通り柳の葉のように湾曲した刀身が特徴の片刃の刀である。柳葉刀は弦南方で比較的よく見られる。
二人の刃が重なり、火花が散る。
戒燕が最も得意とするのは、馬上で操る槍術であるが、徒歩での剣術も常人では相手にならぬ強さである。
しかし、琅琅も二刀を巧みに操り互角以上の立ち回りを見せていた。
「どうした! 船上での戦いは慣れぬか!」
二つの比較的大きな船を連結した状態であるため、通常よりは揺れにくくはなっているが、蛇行しうねりを伴う巳水の流れに、全く揺れぬということはない。
戒燕は不安定な足元に普段通りの動きができていないようだった。
戒燕を送り出した琉は、ただその戦いを見ているだけではなかった。
意を決したように歩を進める琉に、志道が付き従う。
「貴方が河賊の頭領だな」
「俺らは桟河の一族で、俺はその族長だ」
琉と対峙した族長は、戒燕との戦いで負傷した身を鼓舞し、毅然と立ち上がって族長としての威厳を保っていた。
「では、桟河の族長よ。もはや大勢は決している。投降してはくれないか」
「それはまだできない相談だな。一族最強の戦士がまだ負けていない」
言いながら戒燕と琅琅の決闘の様子に目を向ける。
「戦士が戦っているうちはまだ負けを認めるわけにはいかない」
「では、その最強の戦士が敗れれば、抵抗することなく投降すると約束して欲しい」
琉の言葉に、族長は一瞬驚きの表情をすると、すぐに豪快な笑い声を発した。
「賊に対して”約束”とは面白い男だな」
しかし、琉の提案に対する回答を族長が発する前に、傍らに控えていた少女が動き出した。
「兄貴は負けないから、そんな約束は無意味だヨ!」
「祢祢!」
族長は叱責の色を含んだ声で少女の名を呼び制止しようとするが、ついに怪我の痛みで膝を突く。
「それよりも、アンタをここで倒せば、形勢は一気に逆転する!」
祢祢と呼ばれた少女の柳葉刀が、琉へ向かって振り下ろされる。
その刃を止めたのは志道の剣だった。
志道は祢祢から目を逸らさず、琉に下がるように身振りで促す。相手の少女が並の強さでないことを悟ったのであろうか。
――そういえば、砦での戦闘で戒燕の剣を止めたのも、この少女だったな。
志道は武を誇る類の人物ではないが、しかし決して弱いわけではない。斥候を得意とする志道は、少人数で活動することが多いため、敵に遭遇しても遅れを取らない程度の武は身につけている。
祢祢は、その志道に遅れを取らない立ち回りを演じた。と言っても、祢祢は少女にしては大柄で、特別小さい志道よりも体格では優位に立っている。
祢祢の若く勢いのある猛攻を、小柄な志道が巧みに捌いているといった構図だ。
攻めあぐねた祢祢が一旦距離を取る
「アンタ、小さいのになかなかやるネ」
祢祢の言葉にムッとした色を見せる志道。
「じゃあ、これは避けられるかナ」
そう言いながら振り抜いた祢祢の右手から、何かが放たれる。
志道が虚を突かれつつも剣で弾いたそれは、回転しながら床に食い込んだ。
戦輪と呼ばれるその武器は、衆南の投擲武器だった。鉄の輪の外側に刃が備わっており、投擲武器としては珍しく”斬る”ことによる殺傷を目的としたものだ。
しかし祢祢の狙いは戦輪による攻撃だけではなかった。見慣れぬ投擲武器に驚く志道の隙を突いて間合いを詰めると、柳葉刀の斬撃を繰り出した。
辛うじてかわしたものの、堪らず今度は志道が飛び退き間合いを取る。
「逃がすカ!」
祢祢が追撃の戦輪を投擲しようとしたとき、その足元が大きく揺れた。
琅琅は刃を交える敵将・戒燕に対し、内心感嘆を禁じえなかった。
強い、ということは、砦での族長との戦いを見ていたからわかっていた。
それでも水の上で桟河の戦士が負けるわけがない、という自信があったし、実際に船上で戦い始めた当初は、戒燕は足場の揺れに慣れず防戦一方になっていた。
しかしいつの間にか船の揺れにも慣れ、今では互角どころかやや押され気味ですらある。
――恐ろしい男だ。
一族のため、負けられない戦いである。しかしそれ以上に、戦士としてこの男を倒したい、という想いが琅琅の中で大きく強くなっていた。
そのとき、足元が大きく揺れた。
巳水の急流に流された船が、岩に乗り上げ大きく傾いたのだ。
両者の動きが一瞬止まるが、倒れることはなく踏み止まる。
――これほどの揺れにも対応するか!
改めて目の前の好敵手に対する賞賛の念が湧く。
この男を倒してこそ、最強の名に相応しい。
そのとき、決着を着けようと刀を振り上げる琅琅の視界の端に何かが映った。
――戦輪?!
飛来する戦輪を咄嗟に身を捩り、間一髪回避する。
そして戦輪はそのまま戒燕の方へ向かっていく。
直前まで琅琅の身体に隠れていたためか、さすがの戒燕もこれを避けることができなかった。
戒燕の左の肩口に戦輪が食い込み血飛沫が舞う。
祢祢の投げたものだろうが、戦士同士の決闘に無粋な真似をする妹ではない。この揺れで手元が狂ったのだろう。
それでも強者との決闘に水を差されたことに僅かな怒りが湧き、それが琅琅の集中を乱した。
戒燕はその僅かな隙を見逃さなかった。
左肩に食い込む戦輪など物ともせず、気合と共にその剣を横薙ぎに振り払う。
琅琅はなんとか柳葉刀で受けるが、戒燕の豪力を止めることは叶わず、その刃が琅琅の右腕に食い込んだ。
戦輪を避けるために身を捩った体勢で傾いた足場に踏み止まることはできなかった琅琅は、弾き飛ばされそのまま転がり落ちるように船外へ投げ出された。
咄嗟に刀を船体に突き立て、急流へ飲み込まれることは免れたものの、傷ついた右腕に力は入らず左腕一本でしがみついている状態だ。
そう長くは持ちこたえられないだろう。
――ここで流されたら、また一族の仲間たちが路頭に迷う。
落ちるわけには行かない、と力を込める琅琅の腕を船上の誰かが掴んだ。
「待っていろ。すぐに引き上げる」
敵の大将である煌琉だった。
すぐに数人の共藍兵が手助けに入り、あっという間に琅琅の身体は船上に持ち上げられた。
「なぜ、助けた」
「戒燕との決闘は既に勝負が付いていただろう」
琉は誇らしげな微笑を見せる。
「俺はまだ……」
言いかけた言葉を飲み込んだ。
一族のために負けられない戦いだったとしても、負けを認めざるを得なかった。
戦士二人だけの決闘に水が注されたことは事実である。しかしそれによって集中を乱したのは戦輪をその身に受けた戒燕ではなく、戦輪を避けた琅琅だった。言い訳にすることはできない。
好敵手に目を向けると、肩に生えた戦輪を引き抜こうとする戒燕に、それを投じた祢祢が駆け寄っているところだった。
「我々の負けだ」
族長の声が辺りに響いた。
「一族最強の戦士が敗れた以上、もはや抵抗はしない」
族長は”約束”を守った。
戦は終わった。
――これで一族はまた苦難に晒されることになる。
琅琅は悔しさに身が引き裂かれる思いだった。
「しかし、お主は強いな。戒燕があそこまで苦戦するのは初めて見た」
そんな琅琅に琉が笑いかける。
健闘を称えるかのように、ポンッと琅琅の肩を叩いた。
――不思議な男だ。
ほんの数秒前まで敵だった相手なのだ。
戦勝者の驕りや、蛮行を働いていた賊に対する蔑みなどは、欠片も感じられない。
勝ち上がった琉が負傷した戒燕の元へ歩み寄る。
その姿から琅琅は目を逸らすことができなかった。




