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弦月を望む蛟竜  作者: 菅 樹
共藍
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河賊討伐

 河賊討伐の第一歩はその所在を知ることだ。

 琉は斥候に長けた志道に兵を与え、先日、河賊の襲撃を受けたという辺りへ向かわせた。と言っても闇雲に探索するためではない。

 表向きは木材調達の部隊である。先日賊の襲撃を受けた地点の近くで同様の作業を行うことで、再度襲撃を誘い、逃げていく河賊を追うことでその拠点を突き止める策、つまり囮である。囮部隊には志道が選別した遠目の利く斥候兵が含まれている。

 しかし何度か出動したが、志道の囮部隊が襲撃を受けることはなかった。

「襲撃を受けたことで、こちらが警戒し策を講じているということは、賊もわかっているのだろう」

 襲撃を受けるまでは木材調達部隊、石材調達部隊など、複数の部隊が山に入り作業を行っていたが、今は志道の囮部隊しか動いていない。罠があると警戒されても仕方がない。

「では、明日以降は以前と同様に複数部隊を山に入れるしかありませんな。董殿の囮部隊は石材調達部隊として活動をお願いします」

 志道の部隊が襲撃に遭えば、異能とも言うべき志道の斥候能力で敵の所在は明らかになるだろう。しかし複数部隊を展開すると、どの部隊が襲撃されるかは運に左右される。

 果たして翌日は賊の襲撃があったが、標的となったのは志道の部隊ではなかった。

 それでも今回は予期していた襲撃であるため、死傷者もなくある程度の追跡もできたようだ。

「兵の報告によると、巳水(しすい)に入ったところまでは確認したということです」

 衛舜が兵からの報告を読み上げる。

 会議には琉と衛舜、戒燕、志道の他、黄郡丞が参加している。

 巳水は南江の支流の一つで、起伏に地形を蛇行しながら流れる川である。深い谷底を流れるなど、陸からでは死角となる箇所も多い。舟で川を遡上する河賊を見失ったのも仕方がない。

「巳水ならば賊の隠れ家となるような場所も多いでしょう」

「では、巳水を隈なく探せばいずれ発見できるな」

 それまでは資材調達も一時中断しなければならない。今回は賊を誘うために敢えて襲撃を受けたが、襲撃を警戒しながらの作業は兵の負担も大きく効率が悪い。

「いえ、巳水の探索は範囲が広く死角も多いため、隈なく探索するには時間がかかります。その間作業を止めるのは避けた方が良いかと思います」

「衛舜、何か策があるのか」

「巳水に砦を築くのです」

 巳水に砦を築くことで、探索の拠点や河賊を発見した際には即座に対応に出られるなど、利点は多い。

「しかしこれだけのために砦を築くというのは……」

「簡易的なものでいいでしょう。簡単な櫓とそれを囲う壁があれば十分です。砦建設の本当の狙いは誘いなのですから」

 巳水に砦ができれば、河賊の活動は大いに制限される。当然河賊たちは、砦の建設を妨害しに来るだろう。そこを叩き追い立てることで河賊の拠点を突き止めると言うのが衛舜の策だった。

 この衛舜の献策に異議を唱えたのは黄郡丞だ。

「しかし河賊も馬鹿ではあるまい。当然誘いの罠であることは警戒するのではないか」

 現に志道の囮部隊のみを山に入れていた際は、罠を警戒して襲撃を控える慎重さを見せていたのだ。

「襲撃がないのであればそのまま砦を建設し、探索と哨戒に役立てればいいだけですが、ここは敢えて隙を見せて誘いたいと思います」

 衛舜は過去二回の襲撃に関する報告の内容を示した。

「襲撃に現れた河賊の数はおよそ三百程度。過去に商人が襲撃を受けた際の報告もその程度でしたね、黄郡丞」

「む、ああ、その程度だ」

 過去に商人が襲われた際の記録は琉も確認していた。判然としないものもあったが、最大で三百を超える報告はなかったらしい。

 突然の衛舜の問いに、一瞬やや慌てた様子を見せつつもすぐに余裕を取り繕い応える黄郡丞。その顔には衛舜に対するものであろう警戒と敵意の色が見える。

――やはり折り合いが悪いようだな、この二人は。いや、黄郡丞が一方的に敵視しているだけか。

「敵兵が三百程度ということであれば、こちらの兵数は五百程度に留めるのがいいでしょう。そしてこの五百を二つに分けるのです」

 二つに分けた部隊で巳水の上流側と下流側にそれぞれ砦を建設する。

 五百が半数になればその一方は河賊の三百を下回ることになり、河賊の襲撃を誘えるだろう。

「しかしそれではこちらも迎撃が難しくなるのではないか」

 訓練された兵が用意周到に待ち構えていれば、迎撃できる可能性もあるが、僅かな差とはいえ寡をもって衆を討つというのは戦略的には明らかに下策である。

「分ける兵数に偏りを持たせるのです。一方を百程度に留めればもう一方を四百で待ち受けることができます。河賊が襲撃してくる方に多数の兵を配置しておけば、数に勝った状態で敵を迎えることができます」

「ははは、やはり机上で書物を捲るだけの若輩者よ。河賊がどちらを襲撃するかなど、どうやって知り得るというのだ」

 黄郡丞の笑い声が響く。

 確かに上流側下流側のどちらが襲撃されるかがわからなければ、百の兵で三百の河賊を迎えることにもなりかねない。それではとても勝ち目はないだろう。

「河賊は下流側を襲撃してきます」

 衛舜ははっきりとそう断言した。

「下流側の砦は、南江との合流地点の近くに建てます。河賊にとって嫌なことは、南江との行き来を制限されることでしょう。上流側は捨て置いても南江に出られさえすれば問題はありません」

 河賊の隠れ家が上流側の砦よりも南江寄りにあった場合、砦の前を通ることなく南江へ漕ぎ出せる。しかし南江との合流地点を抑えられるのはさすがに無視できないだろう。

「他に何かご意見はありますかな、黄郡丞」

 衛舜に促され、口を開きかけた黄郡丞だったが、結局そのまま口を噤んだ。

「意見がなければ具体的な作戦の打ち合わせに入ろう。黄郡丞は砦の建設資材などの手配を頼む」

 ここから先は文官である黄郡丞の領域ではない。

 黄郡丞は不満げな色を湛えたまま退出していった。


 五百人の兵が共藍を発し、巳水へ向かったという報告が桟河族の族長・孟斉斉(もうせいせい)の元へ届けられた。

 桟河族は元は衆南国の辺境の大河に寄り添い、衆上集落を形成して生活してきた少数民族であった。しかし衆南国の内乱に巻き込まれ故郷を追われ、ようやくこの巳水に流れ着いた。

 今では河賊稼業でなんとか一族を維持しているといった状態だ。

――この地でまた敗れることになれば、もはや一族の行くべき地はなくなってしまう。

 負けるわけには行かない戦いである。

 やがて続報が届き、共藍兵が二手に分かれたという。

 分かれたのが見通しの悪い森の中のであったため、その数は判然としないというが、上流側が百、下流側が四百であることは予め調べがついている。

 桟河の戦士は三百。上流側の百の兵を攻めれば負けることはない。

「一気に攻めつぶすぞ、琅琅(ろうろう)祢祢(ねいねい)

 族長が声をかけた兄妹は族長の子である。

 兄の琅琅は若いながらも一族最強の名を背負っており、妹の祢祢も並の男共では太刀打できぬほどの戦士だ。

 兄妹は族長の声に力強く頷くと一族の仲間たちに指示し次々に舟へ乗り込んでいく。

 巳水の上流である。予め隠れ家を出て、潜んでいた。川の流れに乗り一気に近付き、襲撃後再び舟に乗り隠れ家まで遁走する作戦である。

 川を下っていくと、情報通りの場所に建設途中の砦らしきものが見えた。

――これほど素早く建てられるものだとは……。

 砦と言うには簡易に過ぎるが、既に櫓とそれを囲う外壁ができていた。僅かな驚きはあるものの、これも事前情報を得ていた。

 予め作っておいた部品を組み立てたもので、建てるのは素早いがその分強度に劣るため破壊は容易ということだ。

「一気に攻め落とすぞ! 続け!」

 族長の声に一族の戦士が呼応し喊声を上げ、砦に向かって突撃を開始した。

 その瞬間、甲高い音が辺りの森に鳴り響き、矢が飛来してくる。琅琅が叩き落したそれは、ただの矢ではなかった。

鏑矢(かぶらや)か」

 鏑矢は(やじり)の付近に鏑と呼ばれる構造が取り付けられた矢で、空を切り大きな音を響かせる。戦時の合図の他、演武などでも使われることがある。

 賊の姿を認めた監視兵が鏑矢の合図でその位置を示したのだろうか。合図に呼応し、櫓から矢の雨が降り注ぐ。

「怯むな!突っ込め!」

 族長が仲間を鼓舞する。砦に取り付きさえすれば、百程度の敵など物の数ではない。

 そのとき再び鏑矢の音が鳴り響くと、砦の壁が静かに崩壊した。

 まるで花が開くように砦の壁が左右に割れ、中から共藍兵が溢れ出てきた。

 砦の壁はただの木の板が櫓の周囲を巡っているだけであり、押せば倒れる程度の構造だったのだ。

 突如現れた共藍兵の数は、とても百では利かない。

「馬鹿な! 上流が寡兵ではなかったのか! 話が違うぞ!!」

 思わず怒声を発する族長。

 その族長の前に大男が立ちはだかった。

「我が名は郭戒燕! お前が賊の頭領だな。大人しく降伏せよ!」

「できるものなら力尽くでやってみろ!」

 戒燕と族長の剣が激しくぶつかり火花を散らす。

――強い!

 族長は全盛期は過ぎたものの、息子にその座を譲るまでは一族最強の名を背負う戦士だった。

 その族長の手を一撃で痺れさせた戒燕の豪力に、内心感嘆を禁じえなかった。

 一撃一撃が猛牛の突進のような戒燕の猛攻を辛うじて凌いでいたが、ついに受けきれなくなりその刃が族長の脇腹へ食い込んだ。

「親父!」

 族長の危機を見て取った琅琅が割って入る。

「馬鹿野郎! 戦士の決闘に水を注すんじゃねえ」

「親父は戦士である以上に、一族の長だろうが。ここで死なせるわけには行かない」

 族長を宥めた琅琅が戒燕を真っ直ぐ見据える。

「桟河の戦士としての決闘は、一族最強の戦士であるこの孟琅琅が引き継ぐ。が、この場は一旦退却させてもらう」

 仲間たちに退却の指示を出す琅琅。

「逃がさん!」

 退きかける琅琅に向かって振り下ろされた戒燕の剣は、祢祢の刀に止められた。

 戒燕の片手での振り下ろしを両手で刀を支えて何とか受け止めただけであったが、それでも女に止められたことに戒燕の表情は驚きに満ちていた。

「逃げるヨ!」

 その一瞬の虚を突いて距離を取り、撤退する。

 そして速やかに船へ戻り戦場を離脱した。

――あの男。罠に嵌めやがったな。覚えていろよ

 族長が内心で呪詛を吐く。

 上流が寡兵であると偽りの情報を掴まされたが故に、この屈辱を味わうことになったのだ。


 櫓の上で河賊が撤退していくのを見ていた琉が傍らの兵に指示し、鏑矢を二発撃たせた。

 戒燕への追撃の中止と、志道への追跡の開始の合図である。

 志道の追跡ならば、途中で見失うということはなく必ず河賊の隠れ家を見つけ出すだろう。

「全て衛舜の言った通りになったな」

「やはり内通者がおりましたか」

 三百程度の河賊が、小さいながらも郡都である共藍のすぐ近くにいて、数年にも渡って討伐されずに活動を維持しているというのは不自然である。

 衛舜は内通者がいるだろうと初めから疑っていた。先日、志道の囮部隊が襲撃に遭わなかったのも、内通者からの情報が通っていたからであろう。

 そこで衛舜は軍議の席で「上流が寡兵」と発言しておき、実際には逆の配置を行ったのだ。

 果たして、河賊は上流側へ現れた。

 河賊の頭領らしき人物が「話が違う!」と叫んでいたことからも、その存在は疑いないであろう。

「上流が寡兵である、と思っている者が内通者なのだな」

 琉には思い当たる名があった。

「しかし、彼らの処罰は河賊討伐の後だ」

 共藍からは追加の兵員が巳水へ向かっている。

 志道が河賊の隠れ家を突き止めれば、後は正面から数の攻めをするだけでいい。


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