第五週目 バレンタインの乱
二月一四日、それはバレンタインデーというイベントの日だ。このイベント内容は自分にチョコを買って自分で食べるという自己チョコをする日だ。少なくとも、ぼくはそう確信している。いや、それ以外はない。
「真は今日どうするの? 一人で帰って一人でチョコ食べて一人で一日を終える?」
放課後、鞄を肩にぶら下げて近寄って来る真にこれからの予定を質問してみた。
「は、ははは。アキはバレンタイン嫌いなんだね」
苦笑いで相づちを打つ真。ということは違うのかな?
違うんだろうな。だってコノヒトの机の上には色とりどりにラッピングされた四角い物体が散乱してるもの。あれを一人で全部作ったと考えるほど、ぼくは、ぐれていない。
「そんな哀れみの目で見ないで。嫌いじゃないよ。逆に好きかな。だっていくらチョコ食べても怒られないし、家族もこの日に限っては皆、ぼくに優しいし」
「そういう……はぁ。アキってポジティブだね。僕の兄さんはこういう時、凄い落ち込むんだけど……」
「あー、あの変人さん。明るい人っぽい感じしたけど、案外気にするんだ。モテなさそうだもんね」
真のお兄ちゃんには二、三回会ったことがあるけど、恋人がいる人には見えなかったし、女子から『キャー』っていわれることもないだろう。あったとしてもそれは悲鳴だ。
お兄ちゃんを貶したけど、別段気を害した様子がない。自分がリア充になったからお兄ちゃんはどうでもいいのかな。
「でも、いいの? あんなに貰って。彼女に怒られない?」
「……どうなんだろう?」
「いや、ぼくに訊かれても」
恋人が居ない歴=年齢のぼくにわかるわけないじゃないか。
ムスッとして頬を膨らませると、察したのか真が気まずそうに視線を外す。
これは弄る時だ。
「まぁでも、真は二股だろうが三股だろうがしたところで女子はハエがゴミに寄るのと同じように寄ってくるだろうね」
皮肉を得意顔で言うと真は首を横に振って否定した。でもぼくは止めない。
「茜さんも見る目がなかったね。だってゴミ同然の君を彼氏にするんだから。もしくは、その内、捨てる気なのかな?」
「アキ。それ以上喋ったら、稲未と詩稲に『アキが君たちのこと馬鹿にしてた』っていうよ?」
「リアルで怖い冗談は止めてっ!? あの二人、結構怖いんだからさ!」
あの双子姉妹は端から眺める分には可愛いけど、中身が残念過ぎる。それと雰囲気がレディース感満載だよ……。
逆らったら、大事なものを全部壊されてしまう。そんな気がしてならない。
「安心して、冗談だよ。それに、はい」
「ん?」
いつもの笑顔に戻った真は鞄から水色のラッピングが施された小さな袋を僕に差し出してくる。これって……。
「アキには、いろんな迷惑をかけちゃったからね。そのお詫びとこれからもよろしくっていう意思表示」
「ホモってるね」
「いらないの?」
「貰えるものは貰っておく主義だから」
華奢な掌に乗っている包みを制服のポケットに取り敢えず納める。
はぁ……今日一番に貰ったのが男からだなんて、幸先悪そうだなぁ。
でも、チョコに変わりないから別にいっか……友チョコって実在するんだね。
「そろそろ帰る?」
「ううん。ぼく、図書室に用があるからまだ残ってるよ。それに、リア充の帰路を邪魔するほど無粋じゃないよ」
「……そっか。ごめんね、気を遣わせちゃって……」
「いいよ、気にしないで。後、君はそういう風に他人への気遣いをし過ぎだから。ぼくはそのほうが楽だけど、茜さんはどうだろうね?」
遠回しに”素を出せ”と言ったつもりだが、真は急に自信なさげに震えた声で反論してくる。
「で、でもだよ? 僕が変な事して茜さんに迷惑なんかかけたら……」
「……意気地なし。なにかしたわけでもするわけでもないのに『嫌われるんじゃ』なんて考えてる時点で君は嫌われるんじゃないかな?」
真の消沈した瞳を睨んで追及すると、馬鹿みたいに萎むのがわかった。良くも悪くも心配性の純情だね。
「恋愛経験〇のぼくがいうことじゃないけど、友達としてこれは言いたい」
「……」
黙って目線を向ける真は、期待と不安で満たされていた。その顔に波紋を起す。
「真面目に恋愛なんてしなくていいんじゃないかな? 長い間ずっと好きでいられた女性を前にして、君は困惑しないって言い切れる?」
「……」
「だったらさ、思考回すより、直感を働かせたほうがずっといいよ。
彼女は君が惹かれた女性じゃないか。君の行動を余す事なく認めて、尊重して、受け入れてくれると思うけど? 逆に彼女の言動を君は適当に見てあげなよ」
下唇を噛んで、肩を震わせる真は何を思っているんだろう。でもオチくらいはつけないとね。
「なんてね。リア充様にぼっちのぼくがなにをいっても無駄だったかな?」
微笑んで彼の小刻みに感情を表している右肩に手をポンと一度置いて、ぼくは図書室に行く。
「……偉そうに言ってくれるよ……あんな……長いのちっとも耳に、残らないよ」
雪雲に覆われて、微妙に明るかった空は暗くなる。差し込んでいた光が消えて、柔らかくて白い結晶の数々はゆるりと降り注ぐ。
教室の扉を閉める直前に真の上がった顔が目に入った。目元が赤くなって寒かったのか鼻水も出ている。
「…………ウザい、けど、ありがとう」
紅顔の美少年が酷い顔になってそんな失礼なことを吐露した。
あーあ、二人に怒られそう……。怖いなー。
不思議と足が弾んで軽やかな足取りになっていた。ぼくはマゾじゃない。
「面倒な友達を持つと苦労するよ」
口をついて独り言が出ちゃったよ。
窓の外に映る町の雪化粧はいつもより随分とあっさりしていて、帰り道が面倒じゃなさそうだった。
次回の投稿予定は諸事情により二週間後の三月一日午前一時です。
誠に申し訳ありません。