第二週目 ニュース
今日はちょっと気分が悪い。理由は、雨。しかも前日雪、翌日雨の道はとてもビチャビチャしていて、歩けば靴や靴下、ズボンが濡れてしまう。この時の気持ち悪さといったら、もうね、ヤバいよね。
雪は降っている間も降った後も景色が綺麗だからそこそこ好きだけど、その次に降る雨は大嫌いだ。その次でなくとも嫌いだけど。
という訳で今日の日記はこれで終わり
たいけど、無理かな。今日はニュースがあるから。
※
学校に着いて濡れた靴から内履きに履き替えようとすると不意に後ろからぼくの名前を呼ぶ声がした。
ビチャビチャになった靴下の不快感と一緒に無視しようかと思ったが、余りにもしつこく呼ぶので嫌々振り向くと爽やかな笑みを浮かべた知らない人がいた。
「おはよう、アキ。さっきからずっと呼んでたんだけど気が付かなかった?」
「おまわりさーん、知らない人に声をかけられちゃいましたー。助けてくださーい」
「えっ!?」
笑顔から一転して驚愕した男子生徒。整った顔を僅かに曇らせて、会話を継続しようとする。
「今朝は機嫌が悪いけど、なにがそんなに不快?」
「ホモに話しかけられたこと」
「違うからっ! 僕はただ、友人をみつけたから話しかけただけだよ!」
「知らない人に友達認定されても……気味悪いだけだよ」
「いつまで続くの、僕のこの不遇な扱い!」
目元がちょっと潤んできて、世に言う半泣き状態になった男子生徒。なんだか可哀想になってきたので仕方なく、からかうのはこの辺にして名前を呼んであげることにする。
「ごめんね、泣かないでよ。勘解由小路東太郎君」
「なにその名前っ!? 真! 僕の名前は真だから!」
「え? 知ってるけど?」
「今までのはなんだったんだよー!」
ぼくの必死で(テキトーに)考えた(その場で)名前はどうやら違ったらしい。
平生の素知らぬ顔でいると終いに彼が迷惑なくらい大声で叫んだので、周囲の目線がこちらに集まった。耳を塞ぎながら、ぼくは教室に向かって歩き出す。勿論、真には尻目もくれずに。
「待ちなよ! アキー!」
ところで、男子に呼び止められても、全然立ち止まる気になれないのは何故なんだろう。
※
一年B組教室に入ると暖房による程よい熱風が顔を軽く撫でた。風を感じて座席に着くと、真が笑みを浮かべながらまた話しかけてくる。何がそんなに楽しいのか、ぼくには訳がわからない。
寧ろ、ぼくの機嫌は外から聴こえる雨音のせいでだだ下がりだ。
「昨日さ、公園でアーチェリーの練習してたら、女の子が不良に絡まれてたんだ」
「いくつか言わせて貰うけど、公園で凶器に近いものを見せびらかしてるのはどうかと思う。それにその『自分が助けた挙句友達になって』って話、前も聞いた。中二の頃から一年に五回は聞いた」
「あれ、そうだっけ?」
ずっと以前から同じ話しを定期的にしかも自慢げにされると中々ストレスが溜まるものだ。
ジト目で糾弾すると真はとぼけて顔を逸らした。でも、すぐにこっちを向く。
「それにしても、アキはほんと、雨嫌いだね」
いい加減、鬱陶しい笑顔をどうにかしたい……。でも面倒……。
「……メンドくさい」
「じゃあ、そんなアキにご報告」
さっきまでと打って変わって、ぼくは真剣な眼差しになった真につられて、面倒ながらも聞き入る態勢をとった。こういうときの真は個人的に好きだ。
軟派な彼だけど、ちゃんと一本筋が通った姿勢はひょっとして誰かの受け売りなんだろうか? だとしたら、その『誰か』を真は尊敬しているのだろう。
四年と半年くらいしか友達じゃないけど、ぼくは真の真剣みなところが友人として憧れているし、格好良いと思う。
「なにかな? 真」
「驚かないでよ。ふふ」
「謎めいてるね?」
「うん、絶対驚くと思うからさ。アキの驚いた顔を想像すると笑っちゃうなー」
「もったいぶらずに早く教えなよ」
じれったい彼を急かすようにちょっとだけ口調を強くする。
真は咳払いを入れてから、頬を赤らめてニュースを口にした。
「……ぼくさ、茜さ――――茜と付き合うことになった」
いつもの呼び方を訂正して彼が放った言葉はぼくの耳から雨音を奪った。
C組の茜さんへの長い長い片思いが実ったと、恥ずかしさを笑いで誤魔化した真にぼくは返す言葉を数秒かけて、彼に送った。
「へぇ~」
と。無表情に。
「へぇ~、って……え、それだけ?」
心底驚いたという面持ちの彼に率直に言ってやる。
「今更そんなこと言われても……いずれ絶対そうなるだろうなって思ってたし。予想より遅かったくらいだよ。一〇年近く想ってきた相手にやっと告白できたのかと君の内気さを嘲ってた」
「そ、そんなー……」
脱力して腰が抜けたのか、その場にへたり込んだ真。紅かった顔は暗くなっていた。
とはいえ、おめでたいことに変わりはないかな。
「真はやっぱり一緒にいて面白いよ。それと、おめでとう……頑張ったね」
「……始めからそう言ってよ」
「つまんないじゃん」
「そうかな……? そう……だね。ふふ」
お互いに笑顔で軽口を叩き合っているとまるで、真を賞賛するかのように始業のベルがなった。
次回の投稿予定日、二月二日午前一時