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季原兄妹の日記  作者: 表 裏淳
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長女・春馬ストーリー〈バイトの娘と酔い〉

 寿司屋、というから来てみれば。

 会社から、車で一五分。店の前まできて、私は期待を裏切られた。


 「どうみたら、居酒屋が寿司屋に見えるんだ? ん? 教えてくれないか?」


 「き、季原さん、顔、ものすんごい怖いッス……」


 「ハルちゃん、怒ると社内で一番怖いって有名なの。でも、カッコいいと思う人もいるのよ? 私とか」


 胸ぐらをつかみあげて、睨み、声色を低く(うな)らせる。

 その状態を見て、若葉は怖がり、カエ子はくねくねして(もだ)えている。


 「で、でも! ここの寿司、ホントに美味いんスよ!」


 「第一、居酒屋に寿司なんておいてるわけないだろ」


 「ウソじゃないッス!」


 「ハルちゃん、とりあえず落ち着いて。入ってみればわかることじゃない」


 「ふん。まあ、いい。飯が美味ければそれでいい」


 「それは保証するッス。あ、後、知り合いがいるかもなんで、もしよかったら挨拶(あいさつ)してください」


 「お前、時々、上から目線だな」


 これだから、近頃の若いもんは……私も若いもんだが。

 「さ、さ、どうぞー」と若葉に誘導され、店内に入ると、居酒屋独特(どくとく)の気分が上がる香りが(ただよ)ってきた。

 ()れた手つきで受付から店員を引っ張りだして、カウンター席まで案内させると、飲み物を適当に三つ頼んで追っ払った。


 「え、何、今の手際? 後、店員、雑に扱いすぎじゃない、若葉ちゃん?」


 「まま、細かいことはいいじゃないッスか~。それより、寿司頼みましょうよ!」


 「若葉ちゃんがさっき追い払ってなかった……?」


 「また呼べばいいんスよ~。スイマセーン」


 大声で呼ぶ若葉は酒が入っていないにも関わらず、うるさい。

 呼ばれてせっせと小走りで来た店員はさっきの人とは違った。

 長い黒髪を一つに束ね、左肩から垂らした美人だ。凛々(りり)しい風貌(ふうぼう)の美人店員はやや不愛想に注文を取る。


 「ご注文は?」


 「寿司盛! それと、シジミの酒蒸しとおすすめの串もの見繕ってー」


 「かしこまりました。先程ご注文されたお飲み物は、一緒にお持ちしますが、よろしいですか?」


 「ええー、すぐ持ってきてよー」


 苦情を吐いた若葉に聞こえないように舌打ちをした店員は、不機嫌に店の奥に戻っていく。

 私に聞こえた時点で不味いとわからないのか。仮面を被れないタイプの人間か。


 「なんか、今の店員さん、ちょっと怒ってたよね?」


 「失礼な店員ッスよ。前来た時はいなかったのに、バイトッスかね? もう少し愛想良くしてほしいもんッス」


 「お前が愛想をブレイクしてんだ気付け、バワカ」


 「昭和のテレビ局の人ッスか……最後の文字を最初に持ってくるなんて。って! バカって意味じゃないッスよね⁉」


 「その通りだ」


 「カエ子さん、やっぱ、季原さんおっかないッス!」 


 立ち上がった若葉に注意しようとするが、いらないようだ。なんせ、さっきの店員がもう真後ろにいるのだから。

 顔に血管が浮き出ている。


 「お静かに! 店内であまり騒がないでくださいお客様」


 キッパリ切断されたようにふらふらと座り込む若葉は、怯えている。この店員、ヤンチャ系女子か?

 

 「えっと、ごめんなさい店員さん。あ、その手にもってる一升瓶(いっしょうびん)はこの席の?」


 「あ、はい。そうです。すみません」


 気づき、慌てた様子で瓶を二本、私とカエ子の間に陶器の音を立てて置く店員。


 「お、意外と素直だな。学生さんか?」


 若さに美白の皮膚、つやの張りからまだ十代と推測する。

 こういった観察眼はアキに影響されたかもな。


 「ええ、(はなだ)高校の二年生です」


 「え、そうなの! 私も縹なの、奇遇ねー」


 「はい、そうですね」


 微笑を浮かべて、他の席に接客にいった彼女はどうやら、この店の看板娘と呼ぶべき存在のようだ。

 それにしても、普通に愛想がいいな。縹高校って不良校ってイメージがある分、こういう学生がいることに驚きを隠せないな。感心だ。

 じとーとした目線を縹の生徒に送っている若葉が、カエ子のお猪口(ちょこ)に酒を注ぎながら、不満げにいう。


 「でも、いいんスか? 未成年が居酒屋でバイトって……」


 「私の時は、ダメだったと思うけど……」


 「興味がない。それに、触らぬ神に(たた)りなし、だぞ」


 余計なことに首を突っ込む暇があるなら、さっさと仕事を終わらせる。

 私の警告を無視して、一升瓶を置き、ニヤケた顔で若葉がこういった場所の定番を始めた。


 「先輩たちってー、彼氏いるんスか~?」


 「それこそ興味がない。イチャコラする前に自分のことを優先するからな」


 くだらん質問してるうちに届いた寿司を受け取り、テーブルに置く。

 ウニ、イクラ、サーモン、トロ、タコ。色とりどりの寿司に私は静かに興奮する。

 カエ子が答える間にまず、イクラからいただこう。


 「私、気になる人ならいるわ」


 「マジッスか! え、誰、誰なんスか?」


 「うるさいぞ。席を立つな」


 だが、寿司はかなり美味いじゃないか。どれ、次はトロにしようか。

  

 「ふふっ、教えてあーげない。若葉ちゃんが仕事を一日でも早く終わらせたら、教えてあげなくもないけど」


 ウインクするカエ子。それに落ち込む若葉。そして、トロ(・・)を食べて舌がとろ(・・)ける私。

 イケる、イケるぞ! すべっていてもまだまだイケる!


 「ちぇえ、カエ子さんケチッスよ……。あ、因みに、ウチ、彼氏いまーす。二つ下のイケメンでーす」


 「自分が言いたかっただけか……。だが、お前の二つ下なら、私の弟と同じだな」


 タコ、サーモンを頬張り、ニヤケるのを(こら)えつつ、突っ込む。

 

 「え、そうなんスか? 季原さんとこって四人兄妹でしたよね?」


 「ああ。私が一番上なんだが、二番目の長男が今年で二十歳(はたち)になったんだ」


 最後にウニを一口でペロリと。

 ふう、かなりの出来前でした。


 「ナツくんよね? 確か、ナツくんも彼女いたわね」


 「ああ。顔も名前も知らんが、アイツは気に入っているようだ」


 「へぇー、失礼な女がいるんスね。彼氏の姉に挨拶もしないなんて」


 「そういう若葉ちゃんは? ちゃんと、挨拶とかしてるの?」

 

 「いえ、ウチの彼氏はあんまり家に連れてってくれないんで、家族にすら会ったことないッス」


 「あら、そうなの?」


 「あ、そうだ。この前の大雪の日あったじゃないッスか? あの時に彼氏ん()に行こうと思ったんスけど、やめとけって心配されました」


 「あの、大雪の中、外を歩こうなんて思うとはな……お前の頭は大丈夫なのか?」


 「あれくらい、イベントの為ならなんのそのッス!」


 ガッツポーズをキレよく決める若葉。


 「元気ね……。でも、イベン……うっぷ……トって?」


 青い顔を手で覆ってまでして、会話を(つな)げるカエ子に(あわ)れみと尊敬の念を抱く。私だったら、打ち切ってる。

 カエ子とは反対に顔を真っ赤にしてハイテンションの若葉は、ニタニタしながら、人差し指と親指で丸を作るとその穴に反対の手の人差し指を抜き差しした。


 「そりゃあ勿論、肌と肌を重ねて温め合うやつに決まってんじゃないッスか~」


 「酔ってきたのか? 会話がおっさんだぞ」


 「ぜ~んぜん! さぁ、先輩方、まだまだ夜はこれからッスよ!」


 ダメだこいつ。完全に酔いが回ってる……。

 

 「カエ子、こいつを止めてくれ」


 「ごめん、私もちょっと……もう限界……」


 そうだった。カエ子も限界が近いんだった……。


 「弱いくせに飲むからだ……ったく。おい、若葉、盛り上がるな。カエ子を運んで帰るぞ」


 「えぇー。じゃあ、季原さんにお願いするッス。ウチはこれから、彼氏と飲み直すッス!」


 「まだ飲むのか……」


 どれだけ強いんだ。まるで酒豪(しゅごう)だ。


 *


 若葉に呆れ果て、私はカエ子に肩を貸しつつ店を出た。

 寿司、美味かったな。今度は兄妹四人で来るか。


 「あれ、おねえ?」

 

 と思った矢先に、ウザい長髪を揺らして近づいてくるのは、我が弟、夏目(なつめ)


 「なんで、お前がここにいる?」

 

 「それこっちのセリフ。おねえ、今日は会社の方に行ったんだろ」


 「その帰りにこの店に寄った。で、お前は?」


 「俺は、サークルの先輩たちと飲んでたんだけど、さっきお開きになってさ。そんで、俺の彼女がここで飲んでるから、一緒に飲み直そうって話で……」


 「そうか。なら、この中にお前の彼女がいたわけか」


 「おうたぶん。おねえに会わせたかったけど、その人、もうキツそうだし、また今度だな」


 カエ子に目をやり、苦笑いを浮かべるナツ。

 

 「ああ。同僚を送り届けたら、私は帰る」


 「りょーかい。アキたちはもう焼きそば食ったってさ。今頃、冬海(ふゆみ)の方は寝てんじゃねぇか?」


 「だろうな」


 時刻は零時(れいじ)を過ぎている。冬海はいつもなら寝ているだろう。アキは、私たちを待って一時頃まで起きているだろうが。

 いや、そうではなく。

 ナツの発言、”俺の彼女がここで飲んでるから”だったな。

 後輩の発言、”二つ下のイケメン”、”家族にすら会ったことがない”か。

 これはまさか。いやまさか。だがまさか。そんなまさか。


 「待て、ナツ」


 歩いてすれ違った弟を呼び止めると体を捻って顔をこちらに向けた。


 「ん? なんだよ?」


 「お前の彼女、名前は?」


 私の問いかけに、ナツは失態を思い出したようで、後ろ頭を掻いた。


 「ああ、まだ言ってなかったっけ? 江西田(えにしだ)若葉(わかば)ってんだ。おねえと似た感じの仕事してる社会人だぜ。この前まで、サークルの先輩だった人」


 まさかのそうか。そうかそうかそうかそうか。動揺が、体中を駆け巡る。

 そして、顔に集中したようで、どんどん私の(まゆ)(ゆが)んでいった。


 「ほう……そうかそうか」


 「え、なに? おねえ、顔こわっ! 俺、行くからな」


 せっせと早足で店の暖簾(のれん)をくぐる我が弟。

 お前の彼女、私がこき使ってやろう。

 半ば、騙されていたようなものだからな。


 「うう……ハルちゃん、顔怖い……」


 朦朧(もうろう)とした意識でカエ子は恐れた。

 

 若葉、義姉の怖さを教えてやろう。

 

 私、季原春馬は、ディレクターだ。

 お前の仕事を回すのは私でもあるのだからな。

 覚悟するんだな。


 「散々仕事を回して、鍛えてやる」


 そして、私の性癖を満たすくらい強くなってもらおう。精神的に。


ひと段落です。

もうじきハロウィンですね。

お菓子もらったのでイタズラします。

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