長女・春馬ストーリー〈職場の同期と後輩〉
アナザーストーリー二話目です。
見慣れた職場、見慣れた薄暗い残業空間。私はこの重苦しい空気が嫌いだ。ストレスが溜まる。
電灯がついた机に行くと、二人の面子がいた。
その内の一人、私の同期が歓喜の声を上げる。
「ハルちゃん! やっと来てくれた!」
桜井カエ子。赤めの茶髪、人懐っこい大きな瞳、その上、端整な顔。
彼女はアートディレクターで、役職上、後輩デザイナーの面倒を見ているのだが……。
「呼んだのはそっちだ、カエ子。で、ミスした新人はどこだ?」
「それが……」
そこ、と人差し指を隣の机の下に向ける。
覗き込むと案の定、うずくまって、ブラックオーラ出しまくりの新入社員発見。
染めているであろう金髪が床に垂れていて、心なしか色あせて見える。
「おい、凹む暇があるなら、手を動かせ」
「もういいんス……ウチのせいッスから。ええ、責任取って辞めます……」
顔を上げて、私を見ているようで見ていない新人。目が死んだ魚のようだ。カラコンでもしているのか、碧眼だ。
「さっきからずっとこの調子で……」
カエ子が手も付けられないと私に連絡したのがよくわかった。カエ子は優しいから強く出られない。
「お前、名前は?」
「ハハっ……もう終わったッス。退職、再就職不可、レッツホームレス……」
ネガティブ一辺倒な新人にムカついた私は机を思いっきり叩く。
その音に驚いた新人は私に向き直った。カエ子もおどおどしている。
「名前は?」
「江西田です……。江西田若葉……」
「若葉、仕事は一人でやっているわけじゃない。お前が辞めたところで何の解決にもならない。なら、ここにいる先輩を利用してでも、責任を取れ」
「で、でも! 初めての仕事でミスるなんて、最悪過ぎて――」
「初めてだからこそ、ミスしてもいい。知らないは罪じゃない。わからないことはこのカエ子に訊け。きっと、適切なアドバイスをしてくれる」
「は、はいッ!」
机の下から這い出てくる若葉の顔はもう暗くない。逆にやる気が出たようだ。水を得た魚のごとく、キーボードやマウスパッドをカタカタしている。
パソコンに向き直った後輩を温かい目で見守るカエ子に私は笑いかけた。
「フフッ、ハルちゃんが来てくれて助かったわ。休日なのにごめんね」
「いいよ、カエ子には何かと助けられてるし」
「二人は同期なんスかー?」
パソコンとにらめっこしていた若葉が気の抜けた声で訊いてくる。
そんな暇ないだろ。
「仕事しろ」
「えー、いいじゃないッスか。教えてくれても」
食い下がる新人に苛立つ私を宥めるカエ子。そして、やはり新人に甘い。
「まあまあ、いいんじゃない? ハルちゃん来る前まで、集中してたし、息抜きも大事よ」
「カエ子、甘やかすな」
「で、どうなんスかー?」
しつこい若葉に私はそっぽを向くが、カエ子が懐かしむように教える。
「同期よ。歳も同じだけど、入社して知り合ったの。そういえば、ハルちゃんとは随分、差ができちゃったわね」
「……役職とか関係ないだろ。同期だし、先輩でもないわけだし……。私はそういうのなしにカエ子は友達だと思ってる」
「おお、あの季原さんが照れてる。なんかレアなもん見れた気がするッス」
生意気な新人に御上の裁きを与えよう。
「”あの”ってなんだ、”あの”って。失礼な奴には減給だ」
「異論反論は認めない」と続けようとするが、それを遮るやかましい声。
「ちょっ! それ横暴じゃないッスか!」
驚愕する新人にやはり甘いカエ子が口をやんわりと開く。
「大丈夫よ、私がフォローしておくから」
「ううっ! 流石ッス、カエ子さん!」
「調子のいい奴だ」
ころころと表情を変える新人に私は苦悩を感じた。
そして、その直感は当たる。
「そうだ、皆でご飯行きましょうよ!」
「いいわねー」
「お前、さっきまでの態度はどこいった?」
それに、そういうお誘いは先輩からかけるものなんだぞ。後輩が先輩を誘うなんてある意味、失礼じゃないか。
「行かないんスか? ウチ、結構美味い寿司屋知ってるんスけどー」
「ハルちゃんはお寿司に目がないもんね。せっかくだし、行きましょうよ」
「はぁ……わかった。だが、不味かったら、それこそ減給だ」
「ふっふっふー覚悟してくださいッス。美味すぎて、舌が液状化しちゃうかもッス」
「どんな寿司だ。溶けてるじゃないか」
「酢じゃなくて酸を使ってるのかもしれないわね……」
頭の悪い後輩だと理解した。
お寿司いいですよね。
今回は、せんべえを食べながらの投稿でした。
この差が辛い……。