第二三週目 市井(妹)の紹介
結局、ぼくはまた逃げてしまった。
人から寄せられる好意はどうも苦手だ。
猜疑心があるのがいけないんだと思う。
ぼくの最初の恋がそれなしではいられなかった時のように。
*
「なんか、先輩に引っ張られて他の女から逃げるって、ロマンチックですね!」
「君はいつでもポジティブだね……ハァ、ハァ」
全速走行で乱れた息を整える。
柚紀ちゃんの家まで来れば、いくら超人の刹那や情報網が広い詩稲さんでも追いつけまい。
呼吸が落ち着いたぼくは、彼女に向き直る。
「じゃ、ぼくはもう帰るよ……。バイバイ、柚紀ちゃん」
「あ、待って下さい!」
慌てて、ぼくの袖口を掴むと彼女にしては珍しく、俯きながら耳を赤くしている。
「その……お茶でもどうですか? 中で……」
あ、この展開……ぼくがときめいちゃうやつだ……。
「う、うん……いただこうかな……」
なんで、こういった誘いは自信満々じゃないんだろう……。
可愛い見た目だから、余裕でいけるでしょ。どこにとは明言しないけど、まあ、そんじょそこらの男子は釣られるとだけ言っておこうかな。
*
「ただいまー。ツバキー、先輩にお邪魔してもらったからねー」
玄関で靴を脱ぎながら、居間にいるの家族の方に説明すると、やはり、居間の戸が開いた。
そこから、出てきたのは、マコちゃんとは違ったタイプのイケメン。
男子にしては随分と長い赤みを帯びた髪にキリっとした凛々しい顔立ち。そして、これも男子にしては、長めのまつ毛。身長は男子の中でも割と長身の部類に入るだろう。一八〇くらいあるんじゃないかな? プラス、スラッとしていながら、ガリではない体格。
うん、イケメンだね。
「おかえり、姉さん。あ、初めまして、姉がいつもお世話になってます。妹の椿です」
「やあ、初めまして。ぼくは季原秋斗。それにしても柚紀ちゃんにこんなイケメンな弟がいたなんて、驚きだよ」
自己紹介を軽く済ませたぼくだが、なぜか、目の前の赤いイケメンくんは笑顔のまま固まっている。
「えっと、き、季原ってことは……それに、ボクは弟じゃなくて……」
「こら、ツバキ! 先輩に口答えはダメでしょ! ユズの部屋に行くから、後でお茶持ってきて」
「で、でも姉さん!」
「よ、ろ、し、く、ね?」
「……うん」
あー力関係はっきりしてるんだなー。柚紀ちゃんの有無を言わさぬ気迫に押されて、何か言いたげだった彼も大人しく奥の部屋に消えていく。
「さ、とりあえずユズの部屋に行きましょうか?」
「キミってさ……そう簡単に男を上げるの?」
無防備な彼女に怪しんだ目線を向けると真顔で言い返される。
「先輩だけですよ」
「……よかったよ」
なにがかは自分でもよくわからないけど。
照れた顔を見せたくないぼくは顔を背けた。




