長女・春馬ストーリー〈ぼくのお姉ちゃん〉
最近はちっとも雪は降っていないがそれでも充分過ぎるほど寒い。
ぼくは、学校を終えて下校していると。
「あ、兄上!」
黒いコートに身を包んだ愛妹、冬海と偶然にもばったり合流した。ぼくを発見すると一目散に走ってくる彼女の顔は嬉しさが滲み出ていた。
「おかえり、冬海。友達はいいの?」
「うん。みんなとはいつもここで別れてるから」
「そっか。じゃあ、一緒に帰る?」
「もちろんっ!」
やっぱり可愛い。吐いた白い息すら彼女の愛らしさを表現しているかのように思える。黒く艶やかな髪も美点の一つだろう。そういうところはお姉ちゃんに似ているよ。
妹とともに暫く歩くと我が家に到着する。
鍵を開けて中に入ると冷え切った室内の空気と外からの冷気に挟み撃ちにされて両耳が痛い。
すぐさま、扉を閉めて鍵もちゃんと閉める。戸締り厳禁だからね、ウチは。
それにしても寒い。
「はあ、寒い……」
「まだ、そんなに寒くないのに……兄上は寒がり過ぎ。これからまだまだ冷え込むよ。あ、アイス食べよ」
「えー……」
よくアイスを食べようと思えるよね。室内温度はたぶん一〇度いってないんじゃないのかな。
「でも、その前に手を洗ってからにしなよ」
「はーい」
気の抜けた返事をした冬海はリビングの流し台の蛇口を上げた。
「ひゃっ!? あにうえー、お湯にしといてよ」
「無茶言わないで。ぼくは今帰ってきたんだよ。しかも一緒に」
理不尽じゃない? まあ、いいけどさ。
これでも、お兄ちゃんだ。妹の行動に一々、口出しするのもばからしい。
ぼくはとりあえず、ソファーにカバンを置いて、茶色のコートをカバンに乗せる。
「兄上、愚姉と愚兄はー?」
暖房をつけた冬海はカップアイスを片手にこたつに入った。
こたつの上に積んであるミカンの山から一つとって皮をむく。
「確か、お姉ちゃん、今日は休みで、友達の人と出かけたと思うよ。で、お兄ちゃんは、大学だよ。サークルも出るみたいだから、遅いかもね」
皮をむいたミカンはとてもいい色合いだ。オレンジ色に白い糸みたいなのが付いてるけど、無視して食べる。体に害はないはずだし、一個一個むしり取るのも面倒だし。
「ふーん。ま、どうでもいいけどね」
「なら、訊かないで。あ、冬海は夜ご飯なにがいい?」
ミカンを一つむしって、口に放り込む。冬海はアイスを食べながら笑顔になる。
「兄上の作るのなら、なんでもいいよ? どれも美味しいし、アイスもおいし~」
「一番困る返事だねー。じゃあさ、お肉と魚と炭水化物だったら、どれがいい?」
「……焼きそばとか?」
思案して出てきたのが意外と面倒なものだった。聞かなきゃよかったかな……。でも、言っちゃったし、別にいっか。
「焼きそば、かー……麺あったかな……」
今度はぼくが思案に暮れていると、家の扉が開く音がした。
「……ただいま」
非常に疲弊した声が聞こえてくる。冬海が嫌な顔をして、食べかけのカップアイスを持って早々と二階の自分の部屋に行った。
「なにかあったのか? アキ。今、冬海が猛ダッシュで二階に行ったんだが?」
紺色のダッフルコートと白のパンツを着たお姉ちゃんはクールビューティーという言葉がよく似合う。
てか、あのダッフルコート、お母さんのだよね。なに、勝手に着ちゃってんのさ。お母さんより、着こなしちゃってるよ。
不思議そうな顔をした春馬お姉ちゃんが、茶色のハンドバックを机の上に置く。
「うーん、今というより過去にかな。それよりお姉ちゃん、おかえり」
「ああ。でも、すぐ出る。仕事だ」
「え、なんで? 今日は仕事休みじゃないの?」
お姉ちゃんはゲーム関係の仕事をしてて、滅多に休みがない。だから、今日は一日オフと喜んでいたのに……。
ため息を吐きながら、今朝作ったお茶をコップに注ぐお姉ちゃんはとても残念そうだ。
「休みだった。実は、指示をした新人社員がミスをしてな。どうすればいいか、と面倒をみていた同僚に泣きつかれたんだ。だから、ちょっと行ってくる」
コップ一杯分のお茶を慌しく一気飲みして、早足でこたつのとこまでくると、ぼくの頭を撫でた。やめてよ、恥ずかしい。
玄関に行ったお姉ちゃんにぼくはもう一つ聞く。
「じゃあ、ご飯は?」
ぼくはこたつから出て、お姉ちゃんを見送るべく、玄関へ。
「いい。それと、ナツには連絡しておいたから、言わなくていい」
「うん。わかった。課長さんも大変だね」
「まだ言うか……それは、私が間違って教えてしまったと謝っただろ。忘れろ、私はディレクターだ」
「はいはい。休日出勤、頑張ってね」
「フン。笑顔でいるのが妙にムカつく。だが、アキ、ナツが帰ってくるまで留守を頼むぞ」
「りょーかい」
社会人もたいへんだなー。
長女・春馬専用ストーリーです。
今回は、秋斗目線でしたが、次回からは春馬目線です。