第二〇週目 青藍の願い
昼休み、グループごとに机を合わせたり、食堂に行ったり、購買に行ったりと選択肢が各人に委ねられる時間帯。
あ、今日はぼっち飯だけど、いつもはマコちゃんいるから! 今日は、真田姉妹と茜さんと食べるって言ってたからいないだけだから!
今日、ぼっちなぼくの選択肢は強制ルートしかない。だって、彼女がいる。
「秋斗、これ、あげるわ」
ぼくの机の上にピンク色の立方体を置く彼女は、昼食が購買のぼくを見通しているようだ。
今これを受け取らなければ、クラス中からの批判の憂き目に遭うことだろう。なにせ、『恋人』という設定が彼ら彼女らには植え付けられているのだから。
「君の分はあるの?」
「ないわよ。でも――――」
隣のギャルさん不在をいいことに椅子と机をぼくのにドッキング。
「こうして一緒に食べれば、問題ないでしょう?」
問題しかない。
「えっと……見た感じ、はし、一膳しかないんだけど……」
「はしはね、二本一対なの。私達も二人で一人。だから、一膳でいいのよ」
意味分かんない。
微笑んでいるだけで全てが思惑通りになる彼女には言ってもわからないだろうけど。
お弁当の中身はスゴくキレイに彩られている上に、おかずがぼくの好きなものばかりなのには心が揺らぐ。
「ほら、口を開きなさい」
はしにつままれたコロッケの一欠けらがぼくの力んだ口元にやってくる。
懐かしさと照れくささを抱きながら、ぼくは彼女の命令に従った。
「うっぷ!? ちょっ、このコロッケ、スゴく苦いんだけど?」
口に含んだ瞬間に強烈な苦味が広がり、思わず嗚咽が漏れる。涙目にもなってきた……。
文字通り、苦渋の顔を楽しむように見ている彼女は光悦な表情をしていた。
「あら? 秋斗は私に訊かないとなんで苦いのかすらわからないのかしら?」
とてつもなく苦いコロッケではない物を飲み込んだぼくに、挑発的な態度で微笑むと、はしでコロッケをもう一度つまんだ。
「もう一つ、食べてみる? 料理しか取り柄のない次男坊くん」
これ以上あのニガッケを胃の中に入れたら、間違いなく、苦味が残留する……。
そう思ったぼくは、青い顔になりながらあの苦さの正体を持ちうる知識(料理関係から化学関係まで)を全て使って、暴くことにした。
「……ゴーヤをすり潰して混ぜてるね。それから、食感的にピーマンのミジン切り、口の中に残ったアクの強さから山菜系も入ってる……。でも、ゴーヤ、ピーマン、山菜だけで吐き気がするほどの苦味は相応の量を入れないと無理だけど、このコロッケにはそこまでは無い。なんらかの添加物が含まれてるよね?」
思い出す度にニガッケの残り香が嗅覚と味覚を刺激しているような感覚が起きる。再度、嗚咽を堪えたところで、満足そうに、はしでつまんでいるニガッケを自分の口に運んだ彼女に、ぼくは「あっ!」と驚きの声をこぼす。
「ふふっ、そうね。一般的な食材じゃないわ」
平気な様子でニガッケを飲み込むとはしを置く。
「『安息香酸デナトニウム』っていう化合物。誤飲防止で殺虫剤にも添加されている世界一苦い物質よ。そんな心配そうな顔しなくていいわ、ちゃんと計算したもの」
苦味など感じていない素振りで得意げに語る刹那は、机の上になんとなく置いていたぼくの右手を左手で優しく包み込んだ。恐ろしさがぼくの逃亡を封じている中、彼女は続ける。
「『他人の不幸は蜜の味』なのよ。貴方のその嫌がってる顔が苦味を中和してくれる」
「あ、相変わらずのドSだね……刹那」
「あら? やっと呼んでくれたわね、私の名前。呼ぶのを避けてると思ってたわ」
「分かっていて呼ばせようとする辺り、君も変わったね」
そう彼女は変わっていた。以前の彼女なら、一緒に食べようとか弁当に何かを仕込んだりとか、直接的なことはしなかった。間接的にぼくの悪い噂を流したりだとか、さり気なくぼくが詰むように誘導してくるとかそういった類の嫌がらせを彼女はしてきた。
それがどうだろう。今の露草刹那は、こんなにも行動的で大胆で物怖じしない。
一体なにが彼女をそうさせたのか、ぼくはこの時まで知らなかった。
「ええ、だって秋斗はこういう積極的な子の方がいいって学んだから。あの子から」
最後の方をそっと捨てるように呟いた刹那に、ぼくはどう反応したらいいのか分からない。
だから、『刹那の言ったあの子』とは誰なのか教えてほしい。
「ねぇ、刹那……『あの子』って――――」
「秋斗には分からないわ。変わろうとしている貴方を知ったらあの子が応援する。でも、私は貴方に変わって欲しくない。だから私が変わることにしたの。私が教えないと分からない貴方のままでいてほしいから」
握っている左手に力を込める彼女の真意。初めて知った刹那の願い。
ぼくはこの願いに応えることはできないけれど、変わった彼女なら、ぼくは前回と同じ道を進むことはないと自身と彼女を信じる。
次回は三月二五日の午前一時です




