第一九週目 束の間の気分転換
露草刹那の宣言はクラス中の動揺を生んだが、すぐさま受け入れられる事実となった。
反論するタイミングを完全に逃したぼくは、見事、彼女の恋人と扱われることに。
羨む者、悔しがる者、嫉妬する者、その大勢を彼女は「秋斗に何かするのだけは止めてね」という一声で切り伏せた。これによって、ぼくへの被害は心配なくなったが、誤解を解くのも難解になる。
どうしようもなく、ただ詰んでしまったまま、昼前の体育をこなす。
「……貝塚っ!」
「オッケー!」
薄い金髪セッターからのトスを強烈なスパイクでブロッカーを打ち破り、相手コートにボールを叩きつける真は、八つ当たりをしているように見えた。顔に苛立ちが出ている。背後に燃え盛る炎も。
「ナイスっ、貝塚! あれ? なんでそんなに機嫌悪そうなの。俺のトスなんかまずかった?」
「ああいや、全然。良かったよ」
炎を鎮火させて、ニッコリ笑う真を前につけ上がる金髪。彼はこの体育の時間で親しくなった吉田。割とバカだけど、たぶんいい人。
「そぉかっ! 流石、バレー部の俺だよなっ! な! 貝塚!」
「……やっぱり、ちょっとネットに近かったかも」
「なんで急にそんな突き放すの!?」
山から谷へ突き落とされた吉田は、相手コートからの目など気にせず、一人騒がしい。
そして、理由は、うざいからに決まってるじゃないか。壁によしかかっているぼくまでそう感じるんだ。相手をしているまこちゃんがそう思わないわけがない。
「セットポイントは僕抜きで大丈夫だよね? 後、よろしく」
「え!? 貝塚抜きでどうやって点取ればいいの! 最後までやってよ、ちょっとぉぉ!!」
体全体を使ってオーバーにリアクションする彼を無視して、コートを抜けたまこちゃんは近くにいた男子を代わりにして、ぼくの元にやってくる。
「いいの? 後、一点で勝てるのに」
見上げながら、活躍を惜しむぼくに肩を解しているバレー部じゃないのに上手い人は疲労感たっぷりな顔だ。
「疲れたんだよ……一人で二〇点は取ってるんだから、もういいでしょ?」
言い終わって座るドヤ顔くん。
「でも、真の他にスパイク打てる人、いないと思うよ。あのチーム」
「吉田、バレー部だから」
「吉田、リベロだけど?」
相手チーム、体育会系の集まりで真抜きに対応出来るなんて思えない。
ほら、早速、一点取られた。
*
「あー! 貝塚が最後までいれば、勝てたのに! なんで途中リタイアしちゃったの?!」
体育が終わって教室に戻る際に、悔しがる吉田は真に責任を押し付けていた。
力なく両腕が垂れる真。
「疲れたからだよ……」
「今頃、女子は悠々とテニスだもんね。あ、茜さんのテニスウェアを借りてくれば、全回復するんじゃない?」
「それだ! ふふーん、じゃあ、貝塚、早速借りてくるんだ!」
「ヤダよ! それじゃあ、まるで変態じゃないか!」
「お兄さんは立派な変態だから、兄弟揃って変態でいいじゃん」
「え、貝塚のお兄さんって変態なの!?」
「うん。年がら年中、発情期なんだよー」
「人の兄さんをケモノ呼ばわりしないでよ……」
「ということは、貝塚もケダモノなんだぁ! 筆無さんを毎日襲ってるなんて、エロいぞこのヤロー!」
「一文字多い上に襲ってないし……」
「へ~、それってつまり、茜さんには女としての魅力がないってこと? 失礼な彼氏だなー」
「季原の言う通り、彼女をなんだと思ってるだよ!」
「めんどくさいなこの二人が揃うと……」
このやり取りが教室についても続き、昼休みが始まる頃には、心身共に疲れ果てたまこちゃんでした。
君の犠牲のおかげで、張り詰めていたぼくの心も落ち着いた。恐らく、わかっていて、敢えて、触れないんだろう。さっきのことに。
やはり、真は、ぼくの本心を見てくれている。
穏やかになった胸の内で、ぼくは静かに感謝を述べた。
次回は三月十三日の午前一時です




