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季原兄妹の日記  作者: 表 裏淳
25/33

第一八週目 青藍

 真との仲直りが無事に成功して、気持ちいいはずなのに、妙に引っ掛かるのだ。

 あの声は、幻聴だったとその場で自分に言い聞かせたけど、やはりスッキリしなかった。


 そして、その気持ちは、より顕著(けんちょ)になって、HRに小さな担任先導のもと、やってきた。


 「今日は、編入生を紹介します!」


 小さな担任が(うなが)すと、その編入生は教室内に入ってくる。

 彼女のことを知る、いや、つい先程、思い出したぼくらは言葉を失った。


 「露草刹那(つゆくさせつな)です。これから、一緒に学びを深めることになりました。よろしくお願いします……」


 夜月(やげつ)が照らす深い海のように神秘的な瞳は、全てを見透かされていると感じさせ、丁寧に()かされているであろう(ゆる)やかなウェーブを描く藍色の髪は、逃げ場を無くさせる。他人に畏怖(いふ)を与えるこの二つに加え、白い光沢を魅せる陶器肌と整った顔立ちが同時に老若男女を魅了する。

 

 クラス中、いや、彼女とすれ違ったり、遠目から目視した全ての生物が、まるで催淫(さいいん)されたかのように感じているだろう。


 その美はもはや、暴力と言える。

 その暴力を目の前に、ぼくはかつて、(あらが)い、(くっ)した果てにそれを折った。

 だが、今再び、面前で彼女は――――。


 「秋斗」


 ぼくの名前を不敵な笑みとともに(こぼ)した。


 *


 唯一の救いは彼女の席とぼくの席が離れていたことだ。窓際二列目のぼくと窓際最後列(さいこうれつ)の彼女。

 現在は一時限目前の休み時間。

 当たり前のように、露草刹那の周囲には人集(ひとだか)りが出来ていた。

 

 「露草さんって前はどこに住んでたのー?」


 「アメリカよ。でも、中学生まではこっちに居たの」


 「へー! じゃあ、英語も喋れるんだー! スゴーイ!」


 「ねぇねぇ次は――」


 数え切れないほどの質問に的確()つ手短に受け答えする。

 知らぬ存ぜぬで、ぼくは寝たふりをしている。真もぼくに話しかけようか迷っている。

 クラスメイトからの質問攻めに嫌な顔一つしなかった彼女だが、とある一つの質問で急に雰囲気を変えた。


 「露草さんって彼氏とか、いるのー?」


 誰が投げた問いなのかは知らない。でも、彼女の纏う雰囲気が変わって、問いかけをやめなかった彼ら彼女らが口を(つぐ)んだ。

 その数瞬の沈黙を破った彼女の一声が、ぼくの平穏を破壊した。

 

 「ええ。私が愛している男性は、今も昔も変わらず、たった一人。まさか、再会出来るなんて思ってもみなかったけれど……ねぇ? 秋斗」


 一斉に寝たふりをしているぼくの元へ集まる様々な感情を乗せた視線。

 嫉妬、期待、驚き、感心、嫌悪。

 そんな視線など、構うことなく、彼女は席を立ち、足音を静寂(せいじゃく)に包まれた教室に響かせる。


 「相変わらず、可愛い寝顔をしているわね」


 ひんやりとした繊麗(せんれい)な指がぼくの閉じた(まぶた)にかかる髪をはらう。

 柔らかな笑みを浮かべる彼女は――


 机に突っ伏し、(あらわ)になったぼくのうなじに桜色の(なま)やかな唇を接触させた。


 「っ!!?」


 驚き、慌てふためいて、うなじを手で押さえながら、飛び上がるぼくを彼女は、実に楽しそうに愛らしそうに見つめている。

 いつもは無表情の詩稲さんも驚きを隠せないようで目を見開いている。隣の桐生さんに至っては、声を荒げていた。


 「あ、アキ!」


 ぼくの正常じゃない心情を察した真が廊下側の席から叫んだ。

 

 「貴方も変わらないわね。秋斗に何かある度に、そうやってすぐ焦燥(しょうそう)する」


 真には目も当てずに一途にぼくだけを視野に入れる彼女に真は苦虫を噛み潰した顔をする。


 「否定しない。だから教えてよ……露草は一体、何が目的で戻ってきたんだい?」


 髪をかきあげる彼女に目を奪われる他の生徒達にも聞こえるよう、彼女は明快に宣言する。


 「秋斗が大好きだからよ」


 この言葉がぼくらの耳を駆け抜けると、無機質な鐘の音が浅葱(あさぎ)高校に鳴り渡った。



次回は三月六日の午前一時に投稿します。

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