第一七週目 ぼくの変わりたい気持ち
入学式から一週間が経ったある日。
いつもなら、教室に誰かいるけど、流石に朝七時前となると誰もいないようだ。
早朝の陽ざしが静けさの立ち込める教室に差し込む。そして、ぼくと向き合っている彼に光は当たった。
「一週間、僕を避け続けた君が、こんな早い時間に呼び出してくるなんて思っていなかったよ」
「嫌味を言ってくれるよ。でも、ちゃんと来る君もぼくの想像を裏切ってくれたよ」
言葉の応戦をしたぼくらが思っていることは単純だ。
「なんで、急に縁を切ろうとしたの?」
真は光に当てられ、輝いてみえる。ぼくは目を細めて、羨むように頭上を見上げる。
「……君の為だよ。ぼくは日影ものだ。そして、君は、今、正に大切な人が出来て、光になった。そんな君の傍にぼくがいて、輝きを鈍くさせるわけにはいかない」
それに、君はぼくと違って、人の好意を素直にいくらでも受け止められる。
ぼくはそれが羨ましい。
言葉を飲み込んだぼくに対して、怒りを目に宿したままの彼は小さく口を開く。
「ウソだ」
本音を見透かし、真っ直ぐこっちの眼を見据える彼にぼくはたじろいだ。
「僕の為なんかじゃない……。君自身の為じゃないか。君はいつだってそうだ」
真剣にぼくを諭そうとする真は勢いに乗せて続けた。
「もっともらしいことで常に自分を隠してる。……そんなに大きかったのかい? …………彼女が君に与えてしまったものは……」
中学時代の頃を切り出した彼にぼくは愛憎に満ちた悲しい表情を向けた。彼は失言を悔いやんだ。そんな彼に、瞼を閉じて、歯切れ悪く伝える。
「そうだね……大きかったよ。『刹那』の想いは……。今もぼくの心に語りかけてくる……」
『この世の誰よりも、アナタを愛せるのは私よ』
その言葉は、胸に突き刺さったままで、抜こうとしても抜けない言葉。
「アキが彼女からの想いを受け取りきれないのは無理ないよ。だって、彼女は明らかに――――」
「それ以上はっ……! 言わないで……」
言わなくてもわかっている。『狂っていた』んだ彼女は。でも、これを言うと彼女はまた堕ちてしまう。今ぼくがいる日影なんかよりも深い暗さを放つぼくの中に。
「……アキ。君が拭いきれないことをしたのは仕方の無いことなんだよ? それに今まで引きずっているのも仕方の無いことだ。君が悪いんじゃない、彼女も悪くない。でも、同じことを僕らにまでしないでくれよ……僕は君の親友だ。今度こそ、君が辛い時に一緒にいて、君を助けたいんだ……君の本当を、僕は、わかってあげたい」
当時のこと思い出し、絞り出すように言った彼も悪くない。
今の事柄においては、彼女と過ごした時間が及ぼしたぼくの意識が悪い。
どれが本当の自分なのか、分からなくなって、それを悟られたくなくて、偽物で隠す。
自覚していても、簡単に変われない。だから、彼女の時同様、縁を切ろうとしたんだ。
一緒にいて気付かれるのが怖くて。悟られることで傷つけるのが怖くて。
でも、真には、気付かれて、距離を置いても、傷つけてしまった。
「……簡単じゃないなぁ」
親友に本音を隠すのも。縁を切るのも。傷つけないのも。変わるのも……。
ぼくが同じことを繰り返す前でよかった。
「まこちゃん、今言ったこと忘れないでよ? ぼく、これから変わるから」
だから、宣言する。親友に。
「アキ……なんでそんなに青い顔してるの」
これからのことを考えると憂鬱だからだよ!
とは言えない。
だから――こう言おう。
「まこちゃんのリア充臭に当てられて……。いや、この臭いは、脇の……?」
「絶対違うよね! この距離で臭いが届くほど臭くないよ!!」
「つまり、脇が臭いのは自覚してるんだね」
「ああもう! さっきまでの真剣さはどこに行ったのさ!? これじゃあまるでいつもの――――」
そこまで言って、彼はようやくぼくの真意に気づいてくれた。
「ごめん、アキ。もう……いいんだよね? また、友達としていて」
いや、そうでもなかったみたいだ。ぼくは唇を尖らせて、揚げ足を取る。いつもより、明るげに。
「え~友達? ぼくと親友したくないんだ~。あーあ、悲しいなぁ、傷ついちゃったなぁ」
「流石にめんどくさい……。親友だよ。これで満足?」
呆れたように彼は腰に手を当てた。そうすると彼に掛かっていて、ぼくには掛かっていなかった光が、二人を差す。
「うん! 満足」
茜さんにも謝らないといけない。電話切っちゃたし。あ、でもあれは急に知らない男の人の声が聞こえたからって言えば、セーフか。いや、ちゃんと謝る。
ぼくは変わりたいんだから。
太陽が雲に隠れて眩しかった光も落ち着いた。いや、覆い被されてかもしれない。この時この瞬間には全く想像だにしていなかったことを考えるとそう訂正せざる負えない。
「随分と幸せそうな顔をしているわね」
「っ!!?」
聞き覚えのある艶美な透き通る声がぼくの耳を突き刺したような気がした。
血相を変えて真を突き飛ばして、教室の扉を開けたぼくは周囲を何度も何度も、何度も確認する。
だが、人影は一つも見当たらない。
「どうしたの? アキ……」
突き飛ばされても、嫌味すら無い真は物憂げな顔でぼくの肩に手を乗せた。
ぼくはその手を掴んで、下唇を噛んだ。
「……アキ」
短くぼくの名前を呼ぶ彼は、ぼくらに次いで早く登校した真田姉妹が来るまで、じっとなされるがままでいてくれた。
これから起こる出来事は、今ここに記しているぼくでさえ、まだ知らない。
次回は二月二七日、午前一時です。




