第一五週目 ぼくらの出会い(夢)
HappyNewYear!
ぼくは夢を見た。とても、懐かしくて、楽しいそんな夢。
真と出会って、友達になった日の出来事。
それを少しだけ、書き留めておきたい。
このまま、真と仲直りが出来なくなる前に。
※
中学校の入学式なんて、めんどくさい。それしか、思わない。
みんな、なにをはしゃいでいるんだ?
人生で多くても、後、二、三回経験する行事なんだから、珍しくもないこと。
それなのに、なんで、はしゃぐの?
理由はだいたい想像できるけど、ぼくは、はしゃげない。
「……友達なんて、無理して作るものでもないよね?」
そんな独り言を、誰もいないトイレの個室で漏らした。
いや、ちゃんと、あっちはしたから。漏らしてないから。
そう。よりによって、入学式当日、しかも、式の真っ最中にぼくはお腹を壊した。
最悪だ……。家を出た辺りから、お腹に違和感はあったけど……学校に着いた途端に下るとは……我慢したのが仇になった。
着いてすぐ、トイレに駆け込んでいれば、式の最中に抜け出すなんてことは無かっただろう。
「あーあ……あだ名、ウンコマンとかそういうの確定だよ……」
中学生はそういうのに特に食い付き、引っ張る年頃だ。
それなのに、やっちゃったなー……。
ぼくは、真っ白い便座から立ち上がって、ズボンをはき直す。
ベルトのチャランという音が誰もいないトイレに響く。
肩を落としながら、個室の扉を開けた。
「……え、君、ずっとトイレにいたの?」
小便をし終わって、手を洗いに行こうとしていた男子生徒。いや、ひょっとしたら、男装した可愛い女子かもしれない。でも、待って、そもそも、女の子は立ってできるの?
「……」
どうなんだろう?
………………………………………………………………………………。
「僕、入学式、終わってすぐトイレに来たんだけど……」
「……」
ずっと黙っているぼくと気まずそうな彼。
とある神秘を解明するために働いていた脳は彼の声によって停止した。
そして、彼の存在を改めて認識する。
そのせいで、ぼくの特技人見知りが発動してしまった。とりあえず申し訳ないので、会話をする。
話を反らす、とも言うかな。ぼくは「どうしたらいいんだろう」といった面持ちでいる彼にぼそぼそと話しかける。
「……君、何組の人?」
「ぼ、僕? 二組だけど……」
「……(同じ)」
「そういう君は?」
「……田中次郎。三組」
「田中くんだね? よろしく。僕は貝塚真」
「……ん」
トイレで友達(仮)が出来ました。まあ、嘘ついてるけど、ぼく。
「それで、田中くんはどうして、トイレに?」
「トイレに来てすることなんて大か小のどっちかだよ」
「ぷっ……そうだね。君、面白いよ」
口元を右手の甲で隠す貝塚真は、ぼくに左手を差し出してくる。
「よかったら、僕と友達になってよ? 田中くん」
「それは田中くんに聞いて。ぼくしらない」
「なに言ってるのさ、田中くんは君だろ?」
「違います」
ぼくはイジワルにそう言って、トイレをさっさと出た。もちろん手を洗って。
※
入学式をボイコットした奴。
それがクラスに抱かれたぼくの印象だ。
幸いにも、ぼくが抜けたことに気が付いたのは、前後左右付近の人たちだけだったようで、その人たちはまだ、クラスにぼくが抜けた理由までは出していないみたい。
「君、ウソつきだね。同じクラスじゃないか。名前もウソ?」
「……フランソワ・アキート」
「それは流石にウソだってわかるよ」
「名簿、見てくれば?」
最初からそうすればよかったんだ。
彼は不満顔で黒板の前にある教卓に載った名簿に目を通す。
「……季原……秋斗?」
「……」
無言で待っていると彼が座っているぼくの横に来る。
「珍しい名前だね」
「名字に限っては君に言われたくないよ」
「ひょっとして、お兄さんとかいる?」
「いるよ」
「じゃあ、お兄さんは春か夏の文字とか入ってそうだね」
「その通りだよ」
「え?」
「ぼくは四人兄妹の三番目。上から、春夏秋冬の一文字が入る名前だよ」
「ハハッ、またまた。ウソは良くないよ?そんなことあるわけ……」
「……」
「えっと……本当に?」
ぼくはコクンと深く頷く。
「ごめん、勝手に決めつけて……」
「いいよ、慣れてるし」
「じゃあ、今度こそ。よろしく、季原くん」
仕切り直した彼は微笑んだ。
「君みたいな人にくん付けされると身の危険を感じるんだけど……」
「どういう意味?」
「その顔と声と体つきが女の子みたいだから、はっきり言って、おネエに見えるよ」
「体つきまで言われたのは、初めてだよ……それなら、なんて呼べばいいの?」
「質問ばっかりだよね、君って。ウザいよ?」
横にいる彼を鋭くした目で見上げる。
でも、彼は特に変わらない。
「それなら、好きに呼んでもいいよね。秋斗だから、アキ。で、どう?」
「だから、質問ばっかりじゃん。でも、家族以外でそう呼ぶのは、君だけだよ」
「すでに呼ばれてるのかー……。うーん、なにか他の呼び名を……」
顎に手を添えて、悩んでいる彼に目を合わせないようぼくは言う。
「いいよ、別に」
「え? いいの?」
喜びを帯びた目線を上から浴びせる貝塚。
そんな彼にぼくは唇を少し釣り上げる。
「君がぼくのオモチャになってもいいなら、ね」
「オモチャ? あ、それって君流の言葉で、『友達』っていうことかな?」
指を一本立てて、ふざけた確認を取ってくるので、無視する。
「いいの? ダメなの?」
「僕の質問はもう無視なんだ……。いいよ。ていうか、最初から、友達になる気で声かけたしね」
そう言って、もう何度目かもわからない手を差し出してくる。
ぼくはその手を握った。
「よろしく」
同じことを言うのは、なんかつまんないので。
ぼくは力一杯、貝塚の手を握った。
「いたっ! 痛い痛い! ちょっと一回離して! 離して!」
彼のうるさい声が教室に響き、何名かのクラスメイトがこっちを向いた。
これ以上、注目を浴びたくないので仕方ないから、力を緩める。
「ふぅ……」
そして気を抜いた彼にもう一度。
「アっ! ウっ! いっ、イィ! イタっ!」
妙に色っぽい声を出す貝塚にイラッと来た。なので、更にパワーアップ!
「も、もう無理……! イ、イィ……」
下を向いた、彼がもう一度顔を上げるとそこにはまるで。
「いい加減にしろよ?」
セ○との闘いで覚醒した○飯のようだった。
ちょっと楽しんでいた内心が一気に青くも黒い色に染まった。
当然だが、力も抜けた。その時を逃す真飯ではなく。
「っ!?」
その時間は一秒にも満たない。僅かな間で一本の指先がぼくの喉仏に触っていた。
「アキ、わかった?」
ニコっと先ほどまでの爽やかな微笑。貝塚は、続ける。
「僕、しつこい人と嫌がることを平気でする人が嫌いなんだ」
「……なら、言わせてもらうよ。君、さっきまで充分しつこかったよ?」
内心怖がりつつ、強気に出たぼくの一言で彼はキョトンとした顔になった。
「……そう?」
「そうです」
「ごめんね……」
「いいよ(うわぁ、めちゃくちゃいい子だよ。素直に謝った)……」
喉仏に触れていた指は離れて、反省しきった彼の髪を耳にかけた。
整った女顔で性格よくて、程よい肉付きの身体。あ、これがカワイイ系イケメンか。
貝塚なら、相当おもしろい相手になりそう。
「ねぇ、貝塚さ」
「真でいいよ」
「じゃあ、マコちゃん」
「……マコちゃんって……」
「君はぼくを友達にしていいの?」
「ん? 別にいいよ。だって、アキは嘘つきだけど、いい人みたいだしね」
「君はバカ正直で、いい人みたいだね」
「お互い様だよ」
「そうだね」
始業のベルがなって、真は自分の席に戻った。でも、また休憩時間になるとぼくのところに来る。ぼくが行くこともあった。
*
こうして、ぼくと真は互いに皮肉を言い合う仲になったんだ。
でも、それも、近いうちになくなるかもしれない。
”喧嘩するほど仲がいい”
裏を返せば、仲直り出来なければ、ずっと喧嘩したままだ。
ぼくは謝るタイプではない。謝罪ができるほど立派な人じゃないから。
今回の件は、完全にぼくが悪い。真との縁を自分で前振りもなく、切断した。
これも『彼の為』と自分に言い聞かせて。
そうやって、ぼくは彼女のとき同様、向き合うことをしない。
それが、楽な道だから。
今年もよろしくお願いいたします!




