第一週目 長女の欠点
『――それがお前のやり方かァー!』
お兄ちゃんがテレビを観て「ハハッ! ハーハハハ! オモロ!」とこういった風に爆笑する夜七時過ぎ。
オセロをしているぼくと冬海がお兄ちゃんの笑い声に苦悩しているとついにあの人が帰ってきた。
「……はぁ、ただいま」
疲労困憊しているのが伝わるほどのため息。女性では低めの声質。
すぐにお兄ちゃんが動いた。出迎えだろう。
ぼくと冬海はオセロをお兄ちゃんが座っていたソファーに移動させる。少し盤面がずれたけど許容範囲だ。
三人は座れるであろうソファーの真ん中にオセロ盤を置き、ぼくは冬海と向かい合わせになるよう体を少し捻り、座る。冬海は車座りだ。
「おかえり、もの凄い顔してんじゃん?」
「ただいま、もの凄い邪魔な髪だな」
「切る気はないけどな」
「切れよチャラ男。いい加減にしないとキレるぞ」
「お、うまい」
別にうまくないと思う。疲れてやることじゃないよ。おまけに顔が少し得意げだし……。
「あーあ、帰ってきちゃったんだ」
「こら、冬海。お姉ちゃんにそんなこと言っちゃだめだよ」
表情まで真面目に嫌がらなくても……。でも、素直なのかな?
ソファーの上で車座りになっていた冬海はオセロ盤を片付けようとする。ぼくが勝ちそうだった盤面を崩した。ぼくが勝ちそうだった……盤面を…………。
リビングまで来たお姉ちゃんは眉間に皺を寄せて、お兄ちゃんに鞄を乱暴に渡す。鞄ごしにお姉ちゃんのパワーが伝わって、お兄ちゃんはよろけた。
「あ? 今なんつった、冬海?」
「聞こえなかった? 帰ってこなくていいって言ったの」
あれ、さっきと少し違う。より辛口になってる。
一荒れ起こりそうな雰囲気に身が萎縮する。この分だといつものパターンになるんだろうか?
「いつもいつも兄上に迷惑かけてさ、ストレスをお持ち帰りしないでよね。家はアンタ一人の場所じゃないってこと忘れてない?」
「……ぐっ」
「それに休みの日だって昼まで寝てるのにも関わらず、寝起きが悪いって最悪なの。機嫌がいい日がないの? それともアスペルガー症候群なの? 死ぬの? てか死んじゃえば?」
「……あ…………」
お姉ちゃんの顔がだんだんと沈んでいき、俯いてなにやら呟き始めた。そろそろかな。
「兄妹に悪影響しか及ぼさない長女ってホント役立たず」
「あ……あああああ……」
「お兄ちゃん、くるよー」
「おう」
肩を回して準備万端アピールするお兄ちゃんを尻目にお姉ちゃんの恒例症状が起こる。
「最っっっっ高に効くぅー!!!!」
「お兄ちゃん!」
ぼくの合図と共にお兄ちゃんがお姉ちゃんを羽交い絞めに押さえ込む。それでも頬を蒸気させて足掻くのは、冬海に抱きついてあんなことやこんなことやそんなことをしたいからだろう。それを阻止する為のお兄ちゃんだ。だって、近親相姦とか色々アウトでしょ。
「ふう、スッキリした」
「凄い良い顔してるね冬海……」
「嫌わないでね、兄上」
上目遣いでそんな心配をする冬海はとても先程までの辛辣な妹とは思えなかった。たぶんだけど、冬海はお姉ちゃんにガス抜きさせたかったんだろう。最近は特に仕事で疲れてるみたいだったから。
「あぁ、ほんっとうにいいぃ! 妹から見下されるって最上のご褒美! 至上の悦楽だ!」
「ちょっ、おねえ、近所迷惑だろ! 落ち着けって」
破顔一笑のお姉ちゃんが天井に向かって叫び、お兄ちゃんが宥める。
うん、久しぶりに見たよ。お姉ちゃんのマゾヒストぶりも妹のサディストぶりも。
「でも、実の姉がこんなんだと、ヒクね。これで課長とか……会社は大丈夫なの?」
「うーん……春馬お姉ちゃん、表面は完璧だから大丈夫じゃない?」
「内面はクズなのにね」
「あァあ、快・感!」
「あ、昇天した」
ガックリと脱力した身体を支える夏目お兄ちゃんはそのまま、お姉ちゃんを椅子に座らせた。
無茶苦茶、笑顔だよ。涎が垂れてて下品だし、仕事帰りの顔とは信じられないほど喜んだ表情。
季原春馬は仕事の出来る有能な女性社会人。でも、本質は短気・シスコン・ドM、三属性を持つ変質者。
冬の日は沈むのが早い。もうじき、新年が明けるというのに季原家は今日もマイペースに一日を終える。
春はまだ遠い。