第一二週目 他人の行動
新クラスの掲示板に男女が群がっていて、とても見に行けない。こんな時の最善策。それはね。
「真、写真撮ってきて」
「僕? アキが自分で行きなよ」
「ヤダよ。それに真の方が頑丈じゃん。おまけに上手くいけば、茜さん相手にラッキースケベが発生するかもよ?」
「今すぐ行って参ります‼」
さっきの煮え切らない態度から一転して、スマホを片手に人混みへ立ち向かうマコちゃん。
「ハハハッ、あー面白い。マコちゃんサイコー」
お腹を抱えて笑うと傍にいた柚紀ちゃんが楽観に口を開く。
「先輩って、結構イジワルですよねー。ひょっとして、Sですか?」
「うーんどうだろうね。あ、見てよ柚紀ちゃん。真が人の波に踊らされてるよ」
話を逸らすといつもみたいに追撃がくるかな、と思っていたら来なかった。
「はは……そうですねぇ。では、先輩、私はクラスに行きます」
若干の違和感はあるものの、会話を続ける。
「あれ、クラス表見なくていいの?」
「はい。新入生は事前に知らされているんです。因みに私はB組ですよ」
「へぇー、ぼくのときとは違うんだ」
事前に連絡なんてなくて、今みたく、真にお願いしたものだよ。真ちゃん大丈夫かなー。マコちゃんを見ると頑張ってスマホを持った手を伸ばしてる。
去年と全く同じ光景だなー。ああやって、真が四苦八苦してる様。あ、今、女子とぶつかった。
ぼくが真の様子を傍観してると横から明るい声が耳を突いた。
「そこじゃないですよ! 先輩の去年のクラスと同じなんですよ! これはもう運命としか――」
「あーはいはい。良かったね。人目がこっち向くから、早く行きなよ」
「先輩のクラスが分かったら、ラインしてくださいねー」
ニッコリスマイルで手を振る柚紀ちゃんは校内に消えた。
彼女の後ろ姿を見つめていたら、ふとした疑問が浮かび上がる。
「……どうして、ぼくのこと、そんなに好きなんだい、柚紀ちゃん?」
なんだか、いつもと違う気もしたけど、最後はいつもの柚紀ちゃんだったから、そう感じた。
ぼくが独り言のつもりで漏らした言葉は、顔色を変えない機械的な女子に受けとられた。
「青春? 季原には勿体無い女子」
先程まで柚紀ちゃんがいたぼくの隣に現れたのは、美少女だった。
軽やかで風に揺れる清楚で黒いセミロング。幼さの残る童顔で大人びた言動をする彼女は、心の読めない眼差しをぼくに向けていた。
「わっ⁉ ビックリしたー。なにかご用、詩稲さん?」
飛び上がった心臓を抑えるように胸に手を当てるぼくに、真田詩稲さんは規則的に口を開く。
「私達、組が同じ。知らせにきた」
「え……そうなの」
ちょっと気を遣っちゃうなー。でも、稲未さんじゃなくて良かったかもしれない。詩稲さんなら、ある程度の常識はある。姉の方はときどき、一八禁紛いのことしちゃうし。食べられちゃうかもだし。
「憮然。 私とはいや?」
「そういうわけじゃないけど……真は?」
「同じ。どうして?」
「だって、色々と便利じゃないか」
あと、緩衝材的な? 真を君とぼくの間に挟めば、ぼくの苦労も減るし。
ぼくの身勝手な発言に、少し眉を寄せた彼女は批判する。
「駆役。真はお前の使用人じゃない」
「大丈夫。ちゃんとわかってるよ。それにぼくも真も冗談で色んなことするから、その延長線上だよ」
「ならいい。行く」
「うん。ぼくも真が戻ってきたら行くよ」
スタスタとリズムを変えずに歩く彼女も校内に消える。
「さて、マコちゃんは……ああ、人波でやられたね。大分、やつれた顔して戻ってきた」
「ハァハァ、アキ、僕達同じクラスだったよ……」
疲労感を漂わせながら微笑むリア充。
ぼくと一緒で嬉しいなんて、変わり者だねー。
「うん知ってる。今、詩稲さんから聞いた」
「僕の苦労は……一体なんだったんだろう?」
一人、落ち込む真から目を逸らして辺りを見回す。
すると、真の栄養供給剤がこっちに向かっていた。
「茜さんとは違うクラスみたいだしね。あ、茜さん」
「アキ、何度も同じウソは通じない――」
ぼくの親友の言葉を遮ったのは、天使の声。
「真くーん!」
「あ、茜っ!」
ネガティブな愚者を一気にポジティブなイケメンに戻したあたり、流石。
天使様というより、紅猫様かな。
「紅猫の異名は伊達じゃないね。名前呼んだだけで、やつれた真を復活させたよ」
「へへっ、ちょっと遅れちゃった」
ペロっと舌を出して、笑う可愛い女の子に真をデレっと頬を緩めた。
「全然遅れてなんかないよ」
「そうかな? なら、良かったよ」
二人して歯を出して笑い合う。
なんか、ちょっと、イラッとする。
「あの、ラブ充してるとこ申し訳ございませんが、そろそろ行かないと本当に遅れるよ?」
ぼくの声に二人「あっ」となった。そして、手をつないでまた笑う。
「茜はC組だよ」
「真くんは?」
「ぼくは……えっと……」
言いづらそうにするマコちゃんに代わり、ぼくが答える。
「B組なんだ。ぼくも真も」
表情を曇らせる茜さんは、それでもポジティブに捉える。
「あ、そうなんだ……。でも、隣ならいつでも会えるね」
少し、元気のない笑いに真も気分を落とす。
「うん。そうだね……」
こんなの、ぼくの知ってるリア充じゃない。引き裂かれた織姫と彦星じゃないんだからさ。
仕方ない。ここはぼくが一肌脱ぐかな。やぶさかだけど。
「心配ないと思うよ? 今年から真を開放する予定だから、暇になった真と遊んであげてよ」
「え? アキ?」
「季原くん?」
リア充はぼくが言った言葉がわからないようだ。それもそうかもしれない。仮に、柚紀ちゃんとリア充になったとしても、発想はみんな違う。
人の行動は人にはわからない。
「じゃあね。二人共」
捨て台詞を残してぼくは自分のクラスに向かって走り出した。
この時のぼくの顔には、僅かながらの寂しさがあったと認めざる負えない。