第九週目 進級前のデート・午前
春休みも中頃なだけあって、ショッピングモールには学生なんかの若者が多い。
その若者の一人にぼくも含まれてるんだけど、胸中穏やかじゃないんだよね……。
人があちらこちらにいる通路を歩いて、隣(というかゼロ距離。俗に言う、腕組)の連れという存在を認識すると、論じても意味のない疑問が口をついて出た。
「明日ってなんでやってくるんだろう?」
「哲学ですか、先輩?」
気だるいぼくのどうでもいい独り言にまで食い付く彼女、市井柚紀。
胸元が開いた黒のポロシャツの上から黒のレザージャケットを羽織って、スラっとした細い美脚は白色のデニムに隠されている。
黒と白のみの単調なファッションだけど、カッコ良さと可愛らしさ、どちらも満たしているのは、彼女の価値観からか、はたまた、彼女の期待からなのか、ぼくには見当もつかない。
彼女の着飾った偽りの姿を目に入れると昨日のことがまるで今日のことのように思い出せる。
突然、告白されたと思ったら脅迫に摩り替わっていて、ぼくの黒歴史を大事そうに抱えて帰った柚紀ちゃん。それが、今日という厄日の前触れだとは知らず、ぼくは彼女を帰してしまった。
「……おい、アレ見ろよ。朝っぱらからリア充がイチャついていやがる」
「うっわ……おまけに彼女のほう超可愛いじゃん……男っぽい感じだが、顔が良すぎる……それにあんなにべったり引っ付いて……」
「男のほうは可愛い系……悪くない……デュフフ」
「女がそんな声ださない」
現在進行形で注目の的。本来、煙たがれる目立ちたがりの人や露出狂の人はさぞ嬉しい状態だろう。でも、ぼくは今だけ目立ちたがり、露出狂の精神が欲しかった。あの人たちの鋼の精神が。
「先輩? せっかくのデートですよ! 暗い顔しないで、もっと楽しんじゃいましょうよ!」
「ぼくはね……君みたいに楽観的にはなれないんだよ……」
「ほら、また暗い! いいじゃないですか、こーんなに可愛い後輩とデートできるんですから。そこら辺に転がってる童貞には到底味わえない幸福な時間ですよ!」
「……もんの凄いドヤ顔してるところ恐縮ですけど、上手い事言えてないし、そこら辺に転がってる石ころみたいに童貞を卑下しないでください」
クレームがきちゃうかもだからさ。とは言えない……。
そもそも、自分で可愛いとか言っちゃう女の人って内面のレベルがマイナスなんじゃなかったっけ? 外面と内面のレベルは反比例するってネットにあった。
「それに、君と恋人同士になった覚えはないんだけど……後さ、いつの間にぼくのラインと電話番号、メアドの三つをゲットしてたの? 一番気懸かりなのそこなんだけど」
今朝方、モーニングコールと一〇時に迎えに来るというメール。なんで知ってるの、と考えた矢先にラインの通知音が鳴り、『今日、暇なんですよね?』というメッセージが。
ストーカー被害ってこういうことなんだなと、ぼくの経験値(知識量)は嫌々上がった。
質問すると彼女は腕を組むのを止め、ぼくの前に移動すると振り向きざまにニッコリと笑顔で答えてくれる。
「言わぬが花。知らぬが花ですよ、先輩。ユズは友達を売りません!」
彼女のお花が咲いたような微笑にぼくは足を止めた。これってさー『友達を裏切らないアタシちょーいい子』アピールなんじゃないかと勘繰ったからだ。
ぼくは追究する。
「……ぼく、携帯の番号とか家族、友人にしか教えてないんだけど? 君の友達でぼくのラインとか知ってるの一人だけだよね?」
「たとえ……なんと言われようとも、なにをされようとも、ユズは将来の義妹を庇い続けます!」
握り拳につりあがった口元。ぼくも可愛い子の笑顔は素敵だとは思う。でも、言葉の中に発見してしまった穴を覗かずに流すほど、ぼくはこの女の子に惑わされていない。
「今の発言に答があったよ」
「あ、先輩になら、されてもいいですよ? 寧ろ、ユズの方からシたい事言っちゃうくらいです!」
話題を急転させたあたり、そこそこ手痛い指摘だったみたい。
女子の『シたい』発言に周りのモブ男たちは反応したのか、ギロリと鋭い目線が放射される。
これは不味い。ぼくは未だに『シたい』発言を続けている女の子の頬っぺたを両手で挟み込んだ。
「女の子がそういうこと軽々しく口に出しちゃ駄目だよ……まったく、今日日の中学生は破廉恥なんだから……」
蒸気させた頬の熱が手の平を通してぼくに伝わる。
熱伝導は愛らしく思えたけど、その後の生意気な発言でその考えもポイっと投げ捨てた。
「残念でしたーユズはもう高校生ですよーだ」
あームカつくなー。この感じ、冬海を叱る時とおんなじだなー。
こういうお子様を目撃すると論破したくなるよ。
「君、まだ入学式してないでしょ?」
「でも、中学は卒業しました!」
「つまり、中学生でなければ、高校生でもない。ただ背伸びしてるお子様なんだね☆」
「先輩を始めて殴りたいと思いましたよ……! ユズの『☆』も真似しないでください」
「別にいいじゃん。減るもんじゃないし」
有利に会話を進めているがこの時のぼくは例の物のことをすっかり忘却してしまっていた。
思い出したように彼女は悪い表情になっていく。ニターっと勝ち誇った顔色だ。
「キャハ……先輩? アレのこと忘れてませんか? なんなら、今すぐにでもネットに流しますよ。データはスマホに入ってるので……」
「あれ、笑顔なのに恐ろしいや……あはは……ゴメン、ぼくが悪かったよ」
「分かればいいんです」
ウインクをした彼女は取り出していたスマホをポケットにしまう。
……なんで、暴力って法律で禁止されてるんだろう。目の前で悪い人がほくそ笑んでるのに、ゲンコツできないなんて……悔しいね。
それに……このまま通路で立ち止まってたら、余計目を引く。
「もうお昼だし、帰ろっか?」
「えぇー! 先輩、午前中だけで満足なんですか!? ユズはもっと先輩とおしゃべりしたりして親睦を深めたいっていうのにー!」
大声を出した彼女に周囲の人々は奇抜な目線を向ける。ぼくにも巻き添えが……。
ここでなにか要らぬことを言ったら、この子はまた大声をだすだろう。
「……お昼、なにか食べたいのある…………ってあれ?」
居ない……姿が消えた。あれだけ駄々捏ねてたのに帰ってくれたのかな。
よかったぁー……ホントに。
と喜んだ束の間、背後から今日耳に届いたものの中で一番の大声がぼくの鼓膜を刺し貫いた。
「センパーイ! ここでお昼にしましょうよ!」
「…………うん、そうだね。そうしよっか……ぼくもちょうどお腹が空いてたところだったんだー……いやー、ホント、うん、空腹って、残酷だよ」
空腹という概念がなければ、ぬか喜びすることもなかったんだろうなぁ。
人って酷な生物なんだなー。
ぼくの経験値(現実逃避力)がまたしても嫌々、上がった。
今回は二部完結の前編です。
後編は四月五日午前一時に投稿予定です。