第八週目 一年生の最後
三月一五日、三一五と読める日。
春休みに突入し、進級への準備期間ともいえる時期。
進級の準備? ナニソレ? ぼく、二年生にはなるけど誰かの先輩になるわけじゃないからさ。ぶっちゃけ、どこぞの弓道部くんみたいに次期後輩に恥ずかしくない先輩になろうとなんて、これっぽっちも考えてないんだよね。
青春とは縁ほど遠いぼくは、なんの努力もしないつもりでいる。するだけ時間の無駄だもん。そんな考え方をしているぼくだから当然モテたことなんて一度もない。ましてや、人に好かれたことすらない。
だからだろうか? ぼくにとっての最後がインターホンと共に訪れたのは。
「季原先輩……好きです。付き合ってくださいっ!」
ぼくの非リア生活の最後が。とでも思った?
緊張で力んだ顔を深く下げて、手をピンっと伸ばして、ぼくの返事待ちの見知らぬ女の子。
刹那、鼓動が跳ね上がって声が上ずりそうになるのを堪え、彼女の素性を調べる。
「君、誰? それにその制服、鳴海中の……」
素っ気無く予想外の言葉が返ってきたことに目の前の女の子は不安げな顔を上げた。
改めて、彼女の全体を見渡すと母校の制服と眉目秀麗と言える顔につい目がいく。
女の子にして美男と捉えることができそうな凛々しい顔立ち。髪型がショートで脱色した茶髪なのも、余計間違える要因の一つだ。ぼくも、この子がスカート掃いてなかったら分からなかったかも。
おまけにお胸がちょっと……(自重)。
それより、場所が場所だけにこのまま固まっているわけにもいかないかな。玄関前でドアから顔だけ出して美少女から告白されるって結構変な絵図だと思うし。
「あ、あの! 冬海ちゃんから先輩に彼女はいないって聞いてたんですけど……もしかして、いちゃったりしますか?」
あらら。沈黙が要らぬ誤解を生んじゃったみたい。それよりこの子、冬海の友達なんだ。手を胸の前で祈るように合致させてる様が可愛い……。冬海と並んだら、一足先に花びら満開しそう。
「いないよ。でも、ぼくは君が誰で、どういう女の子なのかも知らない。君だって、ぼくのことなんにも知らないでしょ?」
「……知ってますよ」
「え? でも、ぼく達初対面――――」
「ユズは、先輩のこと……覚えてます」
……アレ? 覚えてるって……どこかで会ったことあるってことなの?
記憶を遡っても、やっぱりこの子に関する思い出はない。廊下ですれ違ったとかだったら、当然わかんないし、中学時代だって部活はやってなかったからそんなことないと思うけど。それにこんな可愛い子だったら覚えてないわけがない。
「とりあえず、上がって。詳しい話し聞かせて貰える? ぼくが君とどこで知り合ったのかとか」
「……はい」
あ、知らないとか言ったから落ち込んじゃったかな。それに春も近いとは言え、まだまだ外で棒立ちは寒い。このユズって女の子、スカートだし。
*
「オレンジジュースでいいかな?」
「あ、はい。お構いなく」
冷蔵庫から出したジュースをガラス製のコップに注ぐ。ぼくの分はいいや。オレンジそんなに好きじゃないし。これ買ったの多分、お兄ちゃんだと思うし。
ソファーに座って貰い、ぼくは床に胡坐で座る。
「それで、ぼくと君はどこで出会ったのかな?」
「……やっぱり、教えてあげませんっ」
「えぇー……なにその心変わり」
「よく考えたら、ユズは告白したのに答えすら貰えず、しかも想い人に出会った経緯を話さなくちゃならない。この不幸な扱いを受け入れてまで、先輩と付き合いたいわけじゃないですし!」
「うーんそうかー困ったなー」
早口で捲くし立てるとユズちゃんは右手で持ち上げたオレンジシュースを一口で飲むと舌で桜色の唇を舐めた。
「あ、知ってる? 嘘付くと唇舐めちゃうクセって実は安心感とか緊張感から開放された安堵からくるらしいよ」
「え?」
右手で自分の口を隠すと彼女は目を見開く。
「君は右利きだね。無意識下に動いたのも意識的に動かしたのもその綺麗な右手だったよ」
「えっ!」
驚いて右手に視線を落とすユズちゃん(顔ちょっと紅いかな)。この子、結構単純だ……。
「後、日本人の人って利き目が右目の人が約六〇%で利き手利き目、両方が右の人は七四%」
「……先輩、どうしてそこまでなんでも見抜けるんですか?」
「気味悪い? 観察眼には自信があるんだ。さて、ぼくは君のことを少しばかり知ったよ。君はぼくの何を知ってる?」
ぼくが問答するとユズちゃんは居心地が悪そうだ。ああ、これって……。
「もしかして、君の知ってるぼくってさ……冬海から聞いたことだったり」
こくんと顔を背けて頷かれる。
「じゃあ、ぼくが君と最初に出会ったのって……冬海もその場に居た?」
またしてもこくんと頷いた。
「これで最後。君の知ってるぼく……つまり、よく言えば妹思い、悪く言えば、シスコンの『秋の神アッキート』?」
ぷるぷると肩を震わせて、こくんこくんと二回連続で首肯する。
……あ、察し。
「プッ……ふふっふふっ」
「……笑ってるねー嗤ってるねー。ぼくの中学時代の黒歴史を全力で嘲笑してるねー」
思い出したよ……この子、たまに冬海と一緒に居た友達の市井柚紀ちゃんだ。
当時、中二病真っ盛りだったぼくが冬海と一緒にやってた『季節の四神』ごっこで何度か、一緒に遊んだことがある。あの頃のぼくは『秋の神アッキート』冬海は『冬の神フユーミ』として、神様日記帳とかそれらしいコスプレでアニメ○トやアキバに行ったりしてた。
この必死で笑いを堪えようとしても笑みが漏れちゃう柚紀ちゃんはぼくの黒歴史を網羅してる上に弱みを握っている謂わば、天敵なわけか。
「改めて、君とは付き合わない。絶対!」
即決、断言! 立ち上がって目前の天敵を指す。すると、向こうも笑うのを止めて、立ち上がる。
「ふふふふっ! そんなこと出来ますか!? この『神様日記帳』をネットに晒しますよ!」
どこから取り出した(腰の後ろ?)のか、右手には確かにぼくが書いたノートがあった。
「えっ! なんで君が持ってるの!?」
「冬海ちゃんがくれました。昔の思い出が欲しいと言ったら快く譲ってくれました」
「ふーゆーみー!」
「先輩みたいな人がこれから進学する高校でパシリやってくれると思うと気が楽です☆」
「君、文体に☆なんてつけれるんだねー」
「現実逃避しても、何も変わりません。先輩は大人しくユズの専用パシリになってください」
ヤダなー。後輩にパシられる先輩って絶対いい思いしないよ……。
終わったね、ぼくの残りの高校生活。そして、変わったね柚紀ちゃん。ここに来た時は大人しそうで可愛らしかったのに……中学時代も素直でいい子だったのに……。男を惑わした挙句に騙す悪女になっちゃって……。
グッバイ……。色んなもの。
次話投稿は再来週三月二九日午前一時です。