1話 脱ニート
俺は、ごく一般的な成人男性である。
今までも至って普通の生活を送ってきた。
親は2人とも健在。
普通に小・中・高校を卒業して、偏差値的にも普通。
そして普通の大学に入って卒業する。ちなみにどちらかといえば理系だ。
その後、これまた普通の会社―これもまた、大きくも小さくもない普通の企業ーに就職。
同時に、なんとなくアパートを借りて一人暮らしを始める。
そして会社は3年で自主退職。
理由は・・・働くことに意味があるのか?変わり映えのない毎日を過ごすことが「生きる」ということなのか?
とか、当時は考えていた気がする。
つまり、なんとなく、だ。
身長、体重も普通。
現在27歳。無職、独身、既婚歴なし。
彼女イナイ歴=年齢。
いや、勘違いしてもらっては困るが、どこかのニートのようなブサメンではない。とおもう。
たまたま縁がなかっただけの話だ。
そう考えれば「うんのよさ」は普通以下かもしれない。
そして今年は西暦2030年。
公共職業安定所に行ってみたこともある。
しかしまあ、たいした仕事はない。
どうかと言えば、以前勤めていた会社のほうが収入や内容において条件がよい。
後悔という言葉がよぎるが、自分の決めた道なのだから後悔はしていない。
強がりや自己防衛だと思われるかもしれないが、そうではない。
きっとあのまま会社を続けていたら、死ぬときになって人生に後悔したはずだ。
それなら早死にすることを選んで、後悔なく散りたい。
と格好をつけてみたものの、無職のまま何をするわけでもない。
散歩がてら買い物をしたり、テレビを見たり、ゲームをしたり。
ダラダラと・・・いや、人生を謳歌していた。
会社から受け取った給料が蓄えてあったから、家賃やら生活費はなんとかなった。
しかし無収入で2年。貯金もそろそろ尽きそうだ。
だからバイトをしてみるつもりでフ□ムAを買ってみた。
もちろんバイトをする気はない。
せっぱつまって必死に職を探す人の真似をしてみたかっただけだ。
いわゆる無駄遣いである。
しかし、いろいろな職種があって意外とおもしろい。
大学の勧める就職先よりもよっぽど興味深いかもしれない。
そこで、1件の求人に目が留まった。
(株)未来装置研究所
時給:1万円~
業務内容:秘密
年齢・職歴不問。
条件:健康であること。
なんだこりゃ?
放射線の除去でもするのだろうか?
まあ、つまらない人生を送るくらいなら、こういうのを体験してみるのもいいだろう。
労働報酬は後からついてくるものだ。
さっそく未来装置研究所に電話をしてみた。
「求人募集の広告を見たんですが」
「今から来れますか?」
「え?はい。1時間くらいで行けるとおもいますが」
「では1時間後、面接をおこないます。」
(はえーな、おい)
「持ち物は?履歴書とか要ります?」
「基本的に不要ですが、持ってきていただいても結構です」
「わかりました、それじゃ」
「はい。ガチャ」
なんか、アヤシくない?
まあいい。何かおかしかったら断るだけだ。
とりあえず、急いで6年前に買ったリクルートスーツに着替えて出かけた。
着いた先、(株)未来装置研究所は2階建てビル。
大きなビルに囲まれる中、ひっそり隠れるように建っていた。
中に入ると受付嬢がいた。
「いらっしゃいませ。面接の方ですね?」
「はい」
「ではこちらへ」
(あの?こういう場合ってこちらが先に用件を言うものじゃないでしょうか?)
小会議室と書かれたプレートのある部屋に通される。
正面にはすでに実写版お茶の水博士が座っていた。
「どうぞお掛け下さい」
「はい」
「あなたがこの求人に応募した理由を聞かせていただきたいのですが」
「えーっと・・・なんかおもしろそうだったから?」
「業務内容は秘密と書いてあったはずですが、いいんですか?」
「ええ。あんまり深くは考えないタイプなので」
「危険があるかもしれませんよ?」
「んー。あんまり気にしたことはありません。」
「安定した生活を求めるのなら、ほかの会社を紹介できますが」
「そんなの別に求めてませんし」
その後は、お茶の水博士の1人トークが始まった。
勇敢だの、好奇心を求めるトムソーヤだの、文献からは読み解くことができない真実だの・・・
俺には半分くらいしか理解できなかったが、とりあえず面接だから相槌を打っておく。
「というわけで、キミ合格ね。」
「はい。ありがとうございます。」
よくわからないまま採用されてしまった。
所要時間30分(内、博士の話が28分)
「ところで、同じ仕事でも時給が違うとしたら、高いほうがいいですか?」
「そりゃまあ。高ければ高いほどありがたいです」
そりゃそうだ。
高ければ高いほど、より多くのニートタイムを効率的に稼げるというものだ。
その後、別室に連れて行かれ身体検査を受診させられた。
そして健康診断、歯科検診、さらにMRIまで・・・
ふと、「人体実験」という言葉が浮かんだ。
「では、また明日の朝9時に来てくれたまえ」
この仕事、大丈夫だろうか。
この会社から背徳的な雰囲気とかは感じなかったから、まさか殺されることはないとおもうけど・・・
・・・・・
会社から帰ってすぐ、遺書を書いた。
書式はわからないから、とにかく思いついたことをすべて書いた。
・父さん、母さん。先立つ不孝をお許しください。
・もし自分の身に何かあった場合(死亡または失踪)、それは(株)未来装置研究所によるものです。
・自分は、社会に潜む悪を暴くための生贄となります。
・たぶん俺に生命保険をかけているとおもうけど、有意義に使ってください。
・貯金はほとんどありませんが、通帳はこの1冊だけです。
・急なことなので準備が間に合いません。アパートに置いてある物の処分をお願いします。
・いままで育ててくれたことは感謝しています。正しく育ててくれてありがとうございました。




