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傍観者ではいられない!  作者: ぽぽりんご
第一章 リー・リノ編(わいわいがやがや風味)
9/51

第9話 闇の王(笑)

 

 

「到着っ!」

 

 先頭を歩いてガイドよろしく皆を案内していた椿が元気に振り返り、腕を大きく広げて叫ぶ。

 私は、椿の後ろに広がる城を見上げた。今更見るまでもなく、遠目で散々見たものではあるが……

 

 いや、でかすぎだろ。

 

 敷地の周囲を回るだけで丸一日は掛かるのではないだろうか。冷たい空気を感じさせる無骨な城壁の中には、森が広がっている場所すらある。おそらく目の錯覚だとは思うが、森の上空では骨だけになった鳥がギャアギャアと鳴きながら共食いしている姿が見えた。

 一際目を引いたのは、敷地の半分をも占める城。分厚く重苦しい外壁に不釣合いなほど小さな窓からは、闇が今にも零れ出してきそう。四隅にそびえ立つ物見の塔は、高さ五十メートルはあるのではないだろうか? 登るの大変だね。

 少し目を外せば、色とりどりの花で彩られた庭園が瞳に写る。なんだ、平和そうな場所もあるじゃないか……と思ったが、庭園にぽつんと佇む地下への入り口を見た瞬間、なぜか背筋にゾワッとした感覚が走った。先を見通せない暗い地下道から、何かがこちらを覗きこんでいるような。地下道の脇にある看板には、かすれた文字で「地下監獄 兼 処刑場」と表記されている。

 ああ、うん。死体を養分にすると、綺麗な花が咲くっていうよね……。

 

「私、ここ入りたくない」

 

 私は率直な意見を口に出した。ここは、人が足を踏み入れていい場所などではない。そっとしておいてやろうじゃないか。

 一体誰だよ、こんな所に行こうなんて言い出した奴は。

 私か。

 

「え、面白そうじゃん。いろいろ人を驚かせるような仕掛けとかしてありそうで」

「驚くだけで済むんですか……?」

 

 私の横を歩いていたスパークが陽気に話しかけてきた。

 私以外の人間はなぜか乗り気だ。思い思いの事を口にしてわいわいがやがや楽しそうに談笑している。

 こいつらのメンタルはオリハルコンかなんかで出来てるの?

 

 周囲を見回してやっと怖がり仲間な女の子を見つけた……と思ったら、近くに居た男といちゃつき始めたし。

 

「俺、お化け屋敷って苦手なんだよな。怖くなったら抱きついちゃってもいい?」

「……うっさい、馬鹿」

 

 男の軽口にうつむいて赤面しながら、男の袖をギュッと握る女の子。

 

 

 クケェェェェェェッッ!

 なんだこれ。なんだよこのラブコメ臭。

 私を助けてくれている恩人とはいえ、心の奥底からふつふつと湧き上がってくるこの憤怒の感情は抑えることができない。私の心は今、愛を憎む阿修羅と化した。憤怒のリノとは私のことだ。

 けっ、末永くお幸せに爆発しろ。

 

「心配するな。この人数だ、楽勝だよ」

 

 呪詛を周囲に撒き散らしている私の頭にぽんと手を置きながらクーが言う。

 おお、かっこいい。最高にクール。でもそこは、「私がお前を守る」ぐらいの事を言ってほしかった。

 

「ご安心めされよ。リノ殿はわたくしが守ります!」

「ブタは人語を喋らないで下さい。言葉が穢れます」

「言葉が!?」

 

 クーの言葉で思い出したが、さっきまで私は怖がっていたんだった。ラブコメ臭に闘争心を刺激されてしまってすっかり忘れていたよ。

 私の前でラブコメを繰り広げるのは、闘牛に向かって赤い旗をひらひら振りかざすようなものだ。普段は清廉潔白・聖人君子な私ではあるが、そんな事をされては心を乱さざるを得ない。穏やかな心を持ちつつも怒りによって目覚めたスーパー戦士と化してしまう。

 レベッカには「赤い旗をひらひら振りかざされた程度で怒りが爆発するとか、どんなバーサーカーだよ」と言われたけど。肉を横取りされたぐらいで怒りを爆発させるレベッカに言われたくはない。

 

 ラブコメはまぁいい。寛大な心を持って許そう。仏のリノ再臨だ。

 探索についても、クーの言う通り心配はいらないかもしれない。

 のほほんとしてるから忘れがちだけど、この人達は超がつくほど高レベルの集団なのだ。

 クーに至っては、レベル92。

 100年前に魔王を倒したと言い伝えられている勇者様のレベルすら超える、超級の冒険者。

 たしか、人類史上最強と(うた)われた黒衣の勇者ハルト様がレベル88。勇者様の相棒、獣人の槍使いクー様がレベル86……あれ、そういえばクー様と名前一緒なんだな。

 

「よーし野郎共! 準備はいいかーっ」

「「おおー!」」

 

 おおう、行くのか。

 椿の叫びに合わせて、皆が雄叫びを上げる。

 心の準備? 出来ていませんが何か?

 

「まずは玉座の間を目指すよっ。謁見の間を兼ねているにも関わらず、なんと迷宮を抜けた一番奥に位置しているんだ。イカした設計をしていねこの城はっ! この城を作った闇の王ルベルとやらは、きっと重度の引き込もりだね。誰にも会いたくなかったに違いない」

「闇の王(笑)」

「引きこもりの心の闇は、暗く深いからな……」

「やべえ。俺のリアル、闇の王だわ。かっこよくね?」

「私も正月休み中は闇の王をやっていました」

「ああ、わかるわかる。寒いとつい闇の王になっちゃうよねー」

「俺、この戦いが終わったら闇の王を辞めるんだ……」

 

 かつての王をネタ扱いしつつ、皆が進軍を始める。

 先頭を歩いていた椿は集団のやや後方、パーティメンバーである私の居る所まで戻ってきた。

 まぁ、パーティと言っても私のお守り役だけどね!

 

 メンバーは、私、椿、クー。それにユーレカのパーティ四人が加わり、最後に変態忍者が周囲を彷徨う形だ。

 ユーレカのパーティは、ユーレカが支援・回復役。スパークが盾役。猫にゃんという黒いローブ姿の女性と、街中でナンパでもしてそうなアチャ彦が攻撃役だ。攻撃役二人の格好を見る限り、魔法使いと弓使い……それも攻撃に特化したウィザードとスナイパーなのだろう。若干攻撃過多な気はするが、バランスのとれたパーティと言えるのではないだろうか。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 やけに仰々しい扉を開き、城の中を進み始めて約十秒。

 吹き抜けとなった無駄にでかい大ホールに立ち並ぶ石柱。その隙間から不意にひょっこり顔を出したのは、体中に赤い呪印のような文様を刻んだスケルトン。

 手にしたブロードソードには、同じく刻まれた赤い呪印が不気味な輝きを見せていた。

 

 ……あれ、こいつってエンシェント・スケルトンじゃね。太古に作られた地下墓地にいたっていう、伝説級のモンスター。

 どっかの馬鹿が眠っているこいつを街中まで運んできて、不意に起動したこいつに暴れまわられた結果、街を放棄せざるを得なくなったらしい。小さいとはいえ街一つを滅ぼしたとんでも野郎だ。

 それを認識した瞬間、私の体は氷のように固まり、動かなくなった。心臓まで固まりそうなのか、酷く息苦しい。

 

「こいつ、俺一人でも倒せるかな?」

「うん、まぁ集団で来るのが怖いタイプのモンスターだし……一対一なら行ける、かな?」

 

 とち狂った事を抜かすスパークに、椿は事も無げに返答した。

 

 え、まじで?

 あの馬鹿っぽい脳筋お花畑戦士君の方が、街一つを滅ぼしたバケモノより強いの?

 

「よし、やってやる!」

 

 意気揚々と前に進むスパーク。

 威嚇なのか、それとも笑っているのか。近づくスパークを見たスケルトンはカタカタと音を立てながら武器を構えた。

 

「さあ、こい。攻撃強化(フォースフル)!」

 

 そう叫んだスパークの体を、黄色い光が包む。あれは、力を増強するスキルだ。といっても、腕力が増えるわけではない。要は、あまり力を込めていない攻撃にもしっかり攻撃力が乗るという事。また、近くに居る敵の注意を引き付ける効果もある。

 

「ケカカカカカカッ」

 

 光に誘われるように襲い掛かってきたスケルトンの攻撃を、スパークは盾で凌いだ。スケルトンは続けて何度も剣を振り回すが、体の半分ほどもあるスパークの盾をかいくぐる事はできず、あたりに金属同士がぶつかる音を響かせるばかり。

 

「いける、デッド・トライアングル!」

 

 攻撃の合間を縫って、スパークが反撃を繰り出した。

 しかし、身軽なスケルトンは紙一重でスパークの片手剣をかわし、逆にスパークの喉元に向かって剣を突き出す。

 

「おわっ、あぶねっ!?」

「そいつ、武人タイプだから。命中補正無しの攻撃を当てるの難しいよ~。隙だらけになる連続攻撃系のスキルは使わないほうがいいね」

「先に言ってくれよ!」

 

 椿の助言を受けて、スパークは当てる事を重視した攻撃を何度か繰り出した。

 しかし、一向に命中する気配はない。

 

「駄目だ、あたんねぇ! 命中補正がある攻撃って何だ。普段そんな事意識してないよ!」

「えーと剣スキルだと確か、各スラッシュ系と抜刀系、だったかなぁ」

「取ってねぇーー!?」

「あと一応盾スキルのシールドバッシュも……攻撃力低すぎだけど」

 

 ギルドメンバーの応援を受けながら、スパークが剣を振る。当たらないけど。

 スパークの動きを見る限り、レベルは高くてもスキル無しでの動きはお話にならないレベルだ。ただ、スキルを使った時はとんでもないパワーを発揮している。また通常攻撃をする感覚でスキルを連発しているので、これなら確かに並の冒険者では束になっても太刀打ちできないだろう。エンシェントスケルトンと渡り合えるのも頷ける。どうしてあんなにスキルを連発できるのかはわからないけれど、何か秘密でもあるのだろうか。後で聞いておこう。

 

 

 

 そんなこんなで一分ほど戦っているのを見学していただろうか。

 攻撃しながらだと敵の攻撃を捌ききれないのか、何度かスケルトンの剣がスパークの体を切り裂いていた。スパークが押されている。

 さっきまではドキドキハラハラしていたが、はじけるお馬鹿スパークとじゃれてるスケルトンの姿を見ていたらなんだか白けてしまった。伝説級のモンスター(笑)

 こっちには、スパークと同じくらいのレベルの人達が四十人以上いるのだ。たとえスパークが敗れても、第二第三のスパークが現れて敵を倒す事だろう。

 というか、そもそも死んでも生き返るし。スパークが倒れても次に現れるのは再びスパークかもしれない。なにそれ怖い。

 

「この野郎っ、ちょこまかと! ってかやばい。HP残り三割だ。ヘルプミー!」

「自分から一対一を挑んでおきながらピンチになると仲間に助けを求めるとか、スパークさんまじ小悪党」

「うるせぇよ!」

 

 アチャ彦が軽口を叩くが、さすがに仲間のピンチを放ってはおけないのか、アチャ彦が弓を構える。

 ちなみに私もアチャ彦の言葉には同意する。スパークはとんだ卑怯者だ。私なら、正々堂々と全員でボコる道を選ぶよ。

 

「んじゃいくぞ。ブリンク・ショット!」

 

 アチャ彦の放った矢が分裂して雨のように降り注ぐ。が、スケルトンには命中しなかった。

 

「あれっ?」

「当たってねぇじゃん!」

「すまん、そういや弓はスケルトン苦手だったわ。スカスカだから矢が当たりにくい」

「攻撃する前にわかるだろそんなもん!」

 

 器用にも、スパークは戦いながらアチャ彦に突っ込みを入れる。アチャ彦のあれはボケなのだろうか、それとも天然だろうか。

 援護に失敗したアチャ彦の代わりに、今度は猫にゃんが前に進み出た。

 

「しょうがないなぁ……ウインドブラスト!」

 

 猫にゃんの杖から風の刃が発生し、スケルトンを切り裂く!

 しかし、スケルトンは身じろぎもしない。黄色く輝く変なエフェクトを残しただけだ。

 ……あれ、あの光り方って。

 

「あ、やば」

「え、何? 今なんか不吉な事言わなかった?」

 

 スケルトンの動きが急に早くなる。スピードだけでなく、力も増強されているようだ。先ほどまではスケルトンの攻撃を盾で防ぎきっていたスパークだが、盾ごと体が後方に追いやられつつある。

 猫にゃんはアチャ彦の背後に身を隠し、両の手を合わせて頭を下げた。

 

「ごめーん。こいつ風属性レベルがかなり高いみたい。攻撃吸収されちゃった。てへっ」

「アホか! お前! むしろピンチ度増してるって!」

「いや、この見た目で風属性とは思わないっしょー。こいつは闇属性であるべき。悪いのは私ではなく、この世界の方。私は悪くない。許せ」

「態度もスケールもでけぇなおい!」

 

 今度は猫にゃんとスパークが漫才を始める。

 こいつらは天然だな。間違いない。

 

「なかなかいいネタ振りをしてくれる方々ですな。わたくしも何かやるべきでしょうか」

「陸上で窒息死とかしてくれると盛り上がると思います。主に私が」

 

 次に登場したのはユーレカだ。手にはデフォルメされたスケルトン人形。意外とかわいい。

 

「えいっ!」

 

 ユーレカは、手にしたスケルトン人形の足をボキリと折り曲げた。人形に対してとはいえ、結構えぐい事をする。お子様には見せられない。

 するとエンシェントスケルトンの脚も人形と同様に折れ曲がり、バランスを崩して地面に倒れこむ。スパークは倒れた敵に駆け寄りつつ、ユーレカに対しお礼の言葉を叫んだ。

 

「ナイス、ユーレカ。愛してるっ」

「ええっ!?」

 

 スパークの言葉におどおどするユーレカ。

 ちぃっ、こんな近いところにも微ラブコメ臭を発する輩が居たとは! 世界は私にとって残酷だ。

 

「シールドバッシュ! シールドバッシュ! シールドバッシュ!」

 

 盾の端っこを両手で掴んで振りかぶり、倒れた敵をぶったたきまくるスパーク。どうでもいいけど、それシールドバッシュじゃないと思う。

 見た目はなんだか間抜けだが、スケルトンは大ダメージを受けているようだ。どんどん骨が砕けていく。粉骨砕身とはこの事か。いや違うな。間違いなく違うな。

 やがて敵は完全に沈黙し、辺りにはぜぇはぁ荒い息を吐くスパークの息づかいが響く。

 一拍置いて、見学していた人達から歓声が上がった。

 

「キャー、スパーク君かっこいー! 抱いて!」

 

 笑顔で野太い声援を送っているのはアチャ彦だ。殴りたい、この笑顔。

 

「よし、次は俺が一対一で華麗に敵を倒す番だな?」

「ウィザードが一対一とか、死ぬ気か」

「骨は拾ってやるぞ。存分に散れ」

「てかシールドバッシュって意外と強いな。あんなに連発できるとは思ってなかった」

「いや、すぐMPなくなるだろ」

「俺の知ってるシールドバッシュと違う……」

 

 みんな、思い思いの言葉でスパークを労い、次は俺だ宣言をしている。

 そんな中、賑やかに談笑する皆に両手をふりながらスパークが数歩も周囲を闊歩すると、沢山ある柱の影から再びエンシェントスケルトンがひょっこり顔を出してきた。

 その数、二十体ほど。

 

「ぶげらっっ!?」

 

 あ、スパークがなんか変な声出した。

 伝説級のモンスターがひょっこり大量に顔を出してくるとか、安すぎだろ伝説。

 

「……あれ、もしかして俺のせい?」

 

 スパークが後ずさりながら後方にいる仲間達に声を掛ける。

 

「どう考えてもお前のせいだろ。何も考えずに前に進むんじゃない」

「仕方ないよ、スパークはお馬鹿担当なんだもん」

「スパークは先頭歩くの禁止な」

 

 伝説級モンスター二十体が近づいてくる中、暢気にも談笑を続けるみんな。私は椿とクーの後ろに隠れた。多分この二人なら何とかしてくれるだろう。

 私の不安を感じ取ったのか、椿が私に向かって笑顔で語りかける。

 

「大丈夫、まーかせて! 忍者マスターな私にとって、この程度の相手は障害にも値しないっ」

 

 大仰な身振り手振りで空中に光の線を描き、術式を発動させる椿。

 

「くらえ、我が忍術! セイクリッドフレイム!!」

 

 椿の叫びと共に神々しさを感じさせる輝く炎が噴出し、エンシェントスケルトン達を包んだ。

 おおすごい。見る見るうちにスケルトン達が浄化されていく!

 ……忍術? あれ、忍術?


「ふはははは、見たか。最高クラスのプリーストにしか使えない浄化の炎だっ」

 

 忍術ちがいますやん。

 プリースト言うてはりますやん。

 

 こいつら頭おかしいんじゃないか。どう考えても、恐ろしいモンスターを相手に戦うという雰囲気じゃない。死んでも生き返るとはいっても、痛いもんは痛いだろうに。

 上級を突き抜けた冒険者は変な人になってしまうのだろうか。それとも、変な人だけが上級を突き抜けられるのか。

 まぁどっちでもいいや。

 

「わたくしは常識を持ち合わせていると自負しておりますぞ」

「私の心を読まないで下さい、不快です……宝の持ち腐れですね、豚に真珠という言葉を知っていますか?」

「聖書の一節ですな。聖なる物を犬に与うな。また真珠を豚の前に投ぐな。恐らくは足にて踏みつけ、むき返りて汝を噛み破らん……私もリノ殿に素晴らしい愛の言葉を囁いているのですが、リノ殿にとっては価値がないようです。本当に大切なものは身近にあるものですぞ?」

「私は目に見えない神様より、目に見える現金に信仰を捧げるタイプなんです」

 

 本当に真珠を持っているなら、私は豚だろうが大歓迎だ。

 豚君から真珠を取り上げたらただの豚になってしまうのでおさらばするけど。

 それは大自然の摂理。仕方のない事である。

 

 私が豚を罵倒している最中、炎に包まれながらも進み出るスケルトンが数体ほど居たが、傍に居たクーが軽く槍を振ったかと思ったらバラバラになって消えていった。

 え、なんだそれ。どうなってんの?

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「おー、あれに見えるはグリム・リーパー。弟に王位を追われた元王様に呼び出されて協力し、元王様も含めた一族の男達を皆殺しにしたという逸話を持つ死神ですね。弱点は聖属性。あと女性を殺さなかった事から、女の子にも弱いかもしれません」

「リノちゃんは博識だねぇ。モンスターの設定を全部覚えてるなんて」

「冒険者組合の受付嬢としては当然ですよ。皆の命を預かる身ですからね」

 

 いつのまにか、私ものほほんとした空気に感化されてしまっていた。

 私は椿と一緒に、先頭を歩く冒険者達の戦闘を眺めている。

 

 のほほんとしてしまうのも仕方が無い事だろう。エンシェントスケルトンが出てきた後もバーゲンセールのように伝説級モンスターが登場したが、全て鎧袖一触。被害を受ける事すらなく蹴散らしてしまったのだ。

 今現れたグリム・リーパーも、近づいてきた瞬間蜂の巣になって消えていった。もはや哀れとしか思わない。

 皆が今回のダンジョン攻略を遠足と呼ぶのも理解できる。遠足だ、これ。

 

 

 

 そんなこんなで一時間ほど城の中を進んでいくと、やがて通路の雰囲気が変わっていく。

 やけに広く、調度品は豪華に。あと、シンメトリー……左右対称を意識して建築されているようだ。

 柱に取り付けられた燭台の炎はゆらゆらと揺れ、それに合わせて柱の影が舐めるように壁を這い回る。

 通路の奥には、高さ十メートルは超えるであろう大きな扉が見えた。やけに豪華絢爛、装飾過多な扉だ。扉に宝石つけるとか馬鹿なの? 舐めてるの? お金持ちなの? これ、取って行っても怒られないのかな。取れるならこれまでに誰か取って行ってるだろうから、きっと何か取れない理由があるんだろうけど。

 

 扉の前まで到達すると、全員その場に留まる。

 まぁ、いかにも何かありげな扉だからね。扉をくぐったら『よくきたな勇者よ。お前に世界の半分をやろう』みたいな事を言い出す太っ腹な魔王とかいそうだしね。

 これまで意気揚々と進んでいた皆だが、さすがに声を潜めて会話していた。重苦しくも荘厳な雰囲気。この空気に耐えられる奴は、そうはいないだろう。

 かくいう私も、何が飛び出してくるんだろうかと内心ドキドキしていた。

 

「ここがかつて闇の王が引きこもっていたという王の間だ。ここの玉座の裏に、隠し通路があるんだよー。ベタだよねっ」

 

 そう言いながら、無造作にひょいと扉を開ける椿。こいつにかかれば、重苦しい空気も威厳ある広間も形無しだ。さすがの私もびっくりだよ。

 開けてしまったものはしょうがない。皆、おそるおそるといった面持ちで扉を潜っていく。


「おおー」

「すっげ、天井たかっ!」

 

 まず目に入ったのは、部屋の奥にある玉座。でかい。背もたれが五メートルはある。なにあれ舐めてるの? 絶対意味無いだろ。シークレットブーツより意味無いだろ。

 数段の階段を上った先にある玉座には金銀煌く装飾が施されており、悪趣味極まりない。座り心地は最悪だろう。

 

 次に目に入ったのは、玉座までまっすぐ続いている赤い絨毯。脚を踏み出すと、足が沈み込むようなやわらかな感覚がある。それでいて、しっかり体を支えてくれる安心感。相反する感覚を絶妙にマッチさせた、最高級の絨毯だ。

 上を見上げると、思いのほか天井が遠い。高さ二十メートルはあるのではないだろうか? 部屋は五十メートル四方ほどもある。ただ、強度的な問題だろうか。絨毯と平行に並ぶように、部屋の両脇にはぶっとい柱が何本も立って天井を支えていた。

 

「なんか、ボスでも出てきそうな雰囲気だな」

「いいねぇ、出てきて欲しいわ。この人数でタコ殴りにすりゃ倒せるっしょ」

「俺、ボスってまだ見たことないんだよなー」

 

 口々に好き勝手な事を言いながら、遠足軍団が進軍する。

 そんな中、椿が私の横まで下がってきて私に喋りかけてきた。

 

「ここまできたら、あと二階層降りるだけで最下層だね」

「あと少しなんですねー」

 

 椿の言葉に、私はほっと胸を撫で下ろした。案外余裕だったな。案ずるより生むが易し。

 いや、皆が強かったからなんだけど。私は何もしてないんだけど。

 

「皆さん強いから、結構余裕でしたね。私、皆さんと一緒にこれて本当に良かったです」

 

 珍しく、私は感謝の気持ちを述べた。

 この私が素直に感謝するなんて、めったにない事だぞ。感謝するがいい。明日は槍が降るかもしれない。

 

 

 

 なんて、柄にもない事をしたからだろうか。それとも、私が神様に嫌われているからだろか。事あるごとに『神は死んだ』とか言っちゃってるからだろうか。

 

 突如として、心臓の鼓動のような音が当たりに響き渡った。

 腹の底まで響く、重い重低音だ。次いで、体に圧し掛かってくるようなプレッシャーを感じた。

 これで嫌な予感を感じない奴は、生物としての生存本能が欠如しているといっていいだろう。私は速攻で椿とクーの後ろに隠れた。

 

「な、なんだ?」

 

 ざわざわと。

 チーム遠足軍団がうろたえ始める。

 皆がばらばらに周辺を警戒する中、椿とクーは玉座の方向に視線を集中していた。

 私もそちらの方向を見ると、なにやら陽炎のようなものが玉座の上で揺らめいている。

 

 やがて陽炎は形を持ち、色を持ち、重さを持ち。

 玉座の上には、体長十メートルはあろうかという悪魔が鎮座していた。

 ヤギの頭に筋肉質な肉体。下半身には、馬の後ろ足のようなごつい筋肉の固まりが二本繋がっていた。

 悪魔、なのだろう。そいつに視線を集中すると、「ルベルの亡霊」という文字が浮かび上がってくる。

 

「――ッッ!?」

 

 みんなが息を呑む。

 道中で相手をした連中とは、桁が違う。一瞬で格の違いを理解させられた。

 

 悪魔は手を横にかざすと、空中に現れた戦斧を手に取った。

 悪魔が大きく息を吐く。熱いのか、それとも冷たいのか。悪魔の息は、白く輝いていた。

 そして玉座からゆっくりと立ち上がり、斧を振り上げる。


「に……」

 

 皆は息を呑み、身動きすら取れていない。

 圧倒的な存在感。あんなものに睨まれて、恐怖を感じないものなんていないだろう。

 皆、恐怖で体が固まっていた。

 

「逃げろーーーーーーっっ!!」

 

 椿の叫び声が響き渡った。

 その声を受けて、ようやく皆の硬直が解け始め、ばらばらと逃げ始める。

 

 だが、それは遅かった。

 悪魔が、その強靭な両足で大地を蹴りだす。悪魔の移動速度は、人の逃げ足なんてなんら問題にしないほどの速さだった。

 

 私達はあっという間に追いつかれる。

 後ろを振り返る事なんてできないし、迫る悪魔の姿を直接見たわけでもない。

 しかし、迫る地響きと悪魔の吐息。そして体に掛かる巨大な黒い影が、私達のすぐ傍まで悪魔が迫ってきている事を否応も無く伝えてくる。

 

 圧倒的な質量を持つ戦斧が、私達に向けて振り下ろされた。

 

 


次回はボス戦です。

リノ、今のところ殆ど活躍してませんね。

主人公とは一体……うごご。

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