第8話 それ、スカートの中だろ
「あれ、忘れ物でしょうか」
私は広場の噴水前に小さな人形が落ちているのを見つけた。さっきの人形劇で使っていた人形だ。噴水付近は雑草が生い茂っているので、見落としたのだろうか。
「みたいだねぇ、後で届けてあげようか。あの子の名前は忘れたけど、ギルドは確か『箱庭の風見鶏』だったと思うし。この街を拠点にしてるギルドだから、すぐ見つかるよ」
「そうですね。高そうな人形だし」
「リノ殿は金の匂いに敏感ですな」
「うるさい、噴水に突き落としますよ」
私は身を屈めて人形を拾った。大きさは十センチほど。木製の人形に顔と髪の毛を描き、布製の服を着せてある。この服を作るのは苦労しただろう。
……あれ、なんか人形が黒い霧で覆われはじめたんだけど。首がギギギと動いてこっちを見つめてきたんだけど。目が黒く光っている、ホラーだ。
だがそこは私である。人形に睨まれた所で恐怖など感じるはずもない。わはは、矮小な人形など踏み潰してくれるわ。
そんな事を思いながら人形を躊躇無くポイッと雑草の中にリリースすると、人形が巨大化した。
「はぁぁぁぁぁっっ!?」
二メートル程になった人形を見上げながら、私は叫んだ。人形の影が私の体を覆っている。圧迫感がすごい。変にリアルな顔がホラーだ。誰だ人形が怖くないなんて言ったのは。私か。
人形は右腕を振りかぶり、私の方に叩きつけてくる。
「ほあちゃぁぁぁッッ!」
「盾の祝福!」
椿の魔法であろう、目の前に現れた光る盾が人形の攻撃を弾き返した。人形が仰け反ったその隙に、私は慌てて人形から距離を取る。
おのれ人形め、この私に恐怖を感じさせるとは。変な声出しちゃったじゃないか。
「椿さん、ありがとうございます。助かりました!」
「いいってことよ!」
椿にお礼を言いつつ、私は椿の後ろに隠れる。だって椿の方が明らかに私より強いんだもの。
変態忍者? 奴はいつの間にかいなくなっている。なんだそれ、糞の役にもたたねぇ。
距離とってから人形をよく見ると、人形を覆っている黒い霧は細い紐状になって私の懐に繋がっている。そこに入ってるのは例の黒い宝玉。なんてこった、やっぱりこいつ呪われてやがる。
持っていたナイフで試しに切ってみると、黒い紐はあっさり切れて霧散した。やった自分でもびっくりである。こんなんでいいのか。
人形を覆っていた黒い霧もどんどん薄くなっていっているが、残念ながら活動を止める所まではいかなかったようだ。人形は相変わらず動き続けている。なんでだよ。動力源を失ったなら止まれよ。
私が世の中の不条理に向かって罵倒を繰り広げていると、私の後方、広場の入り口の方から声が聞こえてくる。
振り返ってみると、広場に駆け込んでくる人影が二つ。戦士風の少年と人形劇をやっていた少女の二人組だ。人形が足りない事に気づいて戻ってきたのだろう。
「ちょ、ちょ、ちょ。ユーレカ、お前の人形が大変やばい事になってるんだけど」
「な、なんで!? なんでいざという時のために仕込んでおいた巨大化バーサークモードが発動してるの!?」
「……ユーレカ。もしかして、部屋に飾ってある人形全部にそれ仕込んでるの?」
「早く止めないとっ」
「ねえ、教えて! 止める前に先に教えてよっ! 俺の精神衛生状態も考慮してっ」
「いくよ、スパーク!」
「俺の話聞いてる!?」
お馬鹿なやりとりを繰り広げる二人だが、その動きは俊敏だ。身に着けている装備品からも金の匂いがする。相当な高レベルと見た。
「くそっ、とにかく止めるしかないか。挑発!」
前に出た少年、スパークが剣を天にかざし宣言する。挑発された人形はぐりっと目をスパークの方に向けると(グロい)、怒り狂ったように突撃した。
すぐさまスパークに対し椿と人形使いの少女、ユーレカの障壁魔法が重ね掛けされる。
人形の体当たりは、障壁とスパークの持つ大きな盾に阻まれて完全に無効化された。
「デッド・トライアングル!」
防御が万全になった所で、スパークの剣が走る。袈裟斬りから水平斬り、斬り上げの三連撃だ。
人形はその体を大きく切り裂かれた……が、倒れる気配を見せない。
「スパーク、駄目! こいつは斬撃耐性とヘイト上昇による攻撃力上昇のスキルを持ってるから、倒しきるまで攻撃して!」
「お前人形になんてスキル付けてるの!?」
「スパークと喧嘩になっても勝てるようにと、つい……」
「ピンポイントで俺かよ!?」
ユーレカの言葉に従いスパークが何度か攻撃を仕掛けるが、人形は倒れない。逆に、スパークが攻撃を仕掛けるたびに徐々に人形が強くなっているようにも見える。
「もう無理。まじ無理。ユーレカさん勘弁してください」
「いや、スパークならまだいける。がんばって!」
「諸悪の根源にそんな応援されてもなー」
攻撃に苛烈さを増していく人形とは対照的に、だんだんやる気をなくしていくスパーク。
そんな光景を見やりながら、私はさっさとトンズラしようかどうか迷っていた。
「椿さん、なんか負けそうなんですけど。どうにかなりませんか?」
「やー、私は攻撃スキル殆ど無いんだよね。悪魔やアンデッド相手ならどうにかできるんだけど」
「……これは、さっさと逃げたほうが良さそうですね」
椿で駄目なら私にできることなど何もない。逃げよう。
「それには及びませんぞ!」
視線を彷徨わせて逃走ルートを確認していると、どこからとも鳴くブタの鳴き声が響いてきた。ぶひー。
「何者だっ!」と言って欲しいのかもしれないが、正体は丸判りだ。なにやってんだお前、さっさと出て来いよ。
「闇に沈むは人の欲。隠せば隠すほど、その闇は深くなるばかり……ならばいっそ、欲に翼を与えて解放させてしまおう。それこそがギルド『フェチ☆ズム! ~それは愛の調べ~』のモットー。さぁいくぞ! この邪な想いを恐れぬのならば、かかってこい! 我がギルドは、絶賛メンバー募集中です!」
そういいながら、突然地面の影からにょきっと生えてくる暗黒のブタ。
正義の味方のつもりなんだろうけど、なんか微妙に悪の組織側の勧誘っぽくない?
地面から生えてくるのは無いわ。
と、私の視界から豚の姿が掻き消える。次の瞬間には、豚の巨体は巨大グロ人形の背後に瞬間移動していた。
豚とグロ人形を一度に視界に入れてしまったことにより、私のライフポイントがやや削られた。嫌な共演もあったものだ。
「フェイタル・スタッブ」
豚の一撃を受けて人形の首が吹っ飛ぶ。
少年剣士スパーク君があれほど頑張って攻撃しても倒せなかった人形を一撃だ。
……あれ、もしかしてこの豚、結構強かったりするのだろうか。
「実はわたくし、こう見えて……」
豚忍者は太陽の光の下、歯をキラリと光らせて語った。
「忍者だったのです」
「いや、それは見たら判ります」
私はシンプルな突っ込みを入れた。
◇◇◇
椿と人形使いの少女ユーレカは、スパークの傷を治療している。
コッシーは私の傍までにじり寄ってくると、膝をついて恭しくかしずいた。
「大丈夫でしたかな? マイ・リトルエンジェル」
「鳥肌が立つのでやめて下さい。豚には天使ではなく養豚場がお似合いです。なんなら屠殺場でもいいですよ」
おっと、無意識のままごく自然に罵倒してしまった。
しかし、よくよく考えてみれば私も大人気なかったかもしれない。ちょっと不快にされたぐらいでこんなに豚呼ばわりするのも良くないだろう。ちょっと、男だか女だかわからないモンキーゴリラ呼ばわりされたぐらいで……あれ、やっぱりムカつくな。
だが許そう。仏の心を持って許そう。私の心は海より広いのだ。
「仏のリノとまで自称した事のある私が、慈愛の心を持って過去を水に流しましょう」
「それ自称しちゃうんだ……」
あ、椿が戻ってきた。スパークの治療が終わったようだ。
「自称といっても、皆からもぴったりの名前だともっぱらの評判でしたよ? なんでも、私の慈愛に晒された人はまるで仏のようになるんだとか。いやぁ、私の愛は深いですね。まいっちゃいます」
なんせ、嫌な客が来たら皆から「仏のリノ様の出番だ! あいつを仏にしてやってくれ!」とよく頼まれていたのだ。私は、皆から頼られるお姉さんだったのだ。
私のパンチを見た流浪の武道家に至っては、私の手を握って号泣しながら「か、観音様じゃ……」とかほざいてきた事もある。正直キモかった。武道家は私のパンチを受けて歓喜の表情を浮かべながら轟沈した。
「あー、なんとなく意味はわかった」
「そりゃあリノ殿の不快自愛に触れ続ければ、心の一つや二つは広くなろうというものでしょうな。もしくはライフを一つ失うか」
「何言ってるんですか、心が何個もあるはずないじゃないですか。あっはっは」
「はっはっは」
私達は、三人で笑いあった。
「でも、ブ……コッシーはどこに行ってたんです? 急に姿が見えなくなってましたけど」
「それは、あれです。影の中に潜んで美味しいタイミングを見計らって……いえ、隙を伺っていたんですよ」
「影……影の中?」
「ええ。影の中からだと、普段見えない物が見えてなかなか爽快なんですよ。ほれ、このように」
そういってコッシーが影の中に潜る。
私の影の中に。
「へぇー、すごいですね。普段見えないものが……」
私は、自分の影をゲシッと踏みつけた。
「それ、スカートの中だろ」
影の中にいてもダメージは受けるのか、コッシーが悲鳴を上げながら影の中を右往左往して逃げ回っている。
「やめて下さい、死んでしまいます。神は言いました。汝、隣人を愛せよと。慈愛の心を持って、影の中の隣人も愛してあげましょう」
「神は死んだ。お前も死ね」
私は、かかとをブタ忍者の顔面にめり込ませた。
隣人は死んだ。
◇◇◇
「先程は申し訳ありませんでしたっ」
「いえいえ、こうして無事だったし構いませんよ」
私の目の前で、茶髪の少女ユーレカがペコペコ頭を下げている。
そもそも人形が暴走したのは私(の持っている宝玉)が原因なのだが、それは黙っておこう。私は、感謝の気持ちを素直に受け取められる人間を目指しているのだ。
「なにか、お詫びができればいいのですが……」
ほう、お詫びとな。我が家の家訓では、貰える物は貰う事になっている。我が家って、私一人しかいないけど。
この少女は見た目に反してかなりレベルが高いようだし、言うだけ言ってみるのも悪くは無い。
「実は今、少々困っている事がありまして……行かなければならない所があるんですが、人手が足りないのです」
よよよ、という擬音が聞こえてくるようにさめざめと泣いてみる私。
椿がしらーっとした目でこっちを見ているのが視界に入った。うわ、なんか恥ずかしい。
「どちらにいかれるんですか?」
「エウロパって所の最深部です」
「え……エウロパですか!?」
ユーレカは私の身なりに上から下まで目を走らせる。どう見ても無理だと言う目だ。失礼な。だが事実だ。
と、今まで黙って推移を見守っていた椿が横から補足を入れてくる。
「ちょっと事情があってエウロパの最深部まで行かないといけないんだけど、見ての通りこの子はレベル低くてねー。今、協力してくれる人達をさがしてるのさ」
椿の言葉を受けて、ユーレカは少し考え込むようにうつむいた。
ぶつぶつと呟く声が、わずかに私の耳に届く。「いける、かな?」という声が聞こえた。ユーレカはエウロパ最下層に行くための算段を着けているようで、しかもいけそうな見込みまでありそうだ。駄目元だったのに、これはとんだ拾い物だ。
「そういう事なら、私が行きますっ」
考えがまとまったのか、がばっと顔を上げたユーレカが声を張り上げる。
おお、思惑通り……でも、大丈夫だろうか。いったいどんな策を練ったのだろうか。
「俺も行くぜ。……でも、大丈夫なのか? レベル足りてないんじゃ?」
私と同じく、馬鹿っぽい剣士のスパーク君が疑問の声を上げる。
そう、そこは私も気になっているところなんだよ。私が聞きにくいところを聞いてくれてありがとう。スパーク。
「そこはちょっと考えがあって。私達のギルドでエウロパに行った事ある人ってほとんどいないと思うんだ。だから、声をかけたらみんな行きたいって言うんじゃないかと思う」
「お、ギルドイベントか」
「そういう事。多少レベルが足りなくても、人数が多ければ大丈夫でしょ」
どうやら、レベルが足りない分は人数でカバーするようだ。ユーレカさんマジ策士。
早速とばかりにユーレカは通話魔法を使って、ギルドメンバーに声を掛けている。今回私は通話メンバーに入れてもらっていないので相手側の発言内容は把握できないが、ユーレカ側の言葉を聞いただけでもけっこう良い反応が返ってきている事がわかった。
三分ほどして、話がまとまったようだ。ユーレカが通話を終了して、こちらに結果を伝えてきた。
「やっぱり行きたいって人多いね。ギルメン以外の知り合いにも声かけたみたいで、四十人ほど来るって」
「四十? めっちゃ来るな」
「そんだけいれば大丈夫かなー」
思ったより人数が多い。椿も大丈夫かなーと言っているし、これなら安心だろうか。
いやいや待て待て。そういえば、ユーレカ達のレベルを聞いていない。明らかに高レベルっぽいのはわかるが、私の見立てが間違っていても困る。私のせいで死んでしまうなんて事になったら目も当てられない……あれ、この世界だと死んでも生き返るんだっけ?
「ちなみに……失礼を承知でお聞きしたいのですが、ユーレカさんのレベルはおいくつですか?」
思い切って聞いてみる。
私はまごまごとしているのが大嫌いなのだ。当たって砕けろだ。
「私のレベルは53です」
「53ッ!?」
え? このちんまい女の子がレベッカより10以上もレベルが上? 嘘だろおい。おかしいぞ世界。
驚きで口をパクパクさせている私に、お馬鹿剣士スパーク君がさらに驚きの発言を上乗せしてきた。
「俺は57。うちのギルドメンバーは大体50台だぜ」
「いやいや。どんだけ超人集団なんですか」
「……? 70までは中級者ぐらいじゃね? レベルキャップ解放がきつくなるのは70からって聞いてるけど」
お馬鹿君の言葉に、私は絶句した。
お馬鹿君はお馬鹿のようだが、今のはお馬鹿な発言ではないようだ。だって椿もユーレカも訂正しないし。
それどころか、驚愕発言の倍プッシュが今度は椿から繰り出された。
「ちなみに、私のレベルは81だよー。クーちゃんは92ね」
「はぁぁぁぁ!?」
椿の言葉に、もう私の顎は限界だ。私の顎が外れたら椿のせいだ。
レベル92の人間なんて聞いた事が無いぞ。あのクールビューティさん、どんだけ超人なんだよ。
言葉を失ってプシューと煙を上げフリーズした私を置いて、椿とユーレカが会話を続けている。
もはや会話内容は頭に入ってこない。
しばらくして、クーが私達に追いついて来た。椿はクーにピースサインを突き出して「手がかりゲットだぜー!」と喜びの声を上げている。
その頃には、いつの間にかエウロパ遠征に加わるであろうメンバーが既に十名以上終結してきていた。
クーは、集まっている面子を見て疑問の声を上げる。
「……何事?」
「エウロパまで遠足に行く事になったんだよ~。面子集めは手助けするつもりだったけど、まさか手伝う前に集めちゃうとは」
遠足……レベル70クラスのダンジョン攻略を、遠足と申すか。
「目標は、エウロパ最下層! そこに我らの求める手がかりがある! 行かない手は無いっ」
椿がバァーンと空中に投影したボード(エウロパ内の地図を描くために出していた)をぶっ叩いて宣言する。
手がかりというのは、私の世界に繋がっているゲートの事だろう。
三十分もすると、攻略メンバーの準備も整ったようだ。
私達は軽く自己紹介をして、エウロパ最下層まで向かうルートを打ち合わせし、至極あっさりと出発した。
ダンジョンを攻略するにしては、えらく軽いノリだなぁ。