第6話 ヒーローごっこ
「ふむ……今の編成では、倒すのは無理なようだ」
眼鏡を掛けた軽装束の男、オースティンが結論を述べた。
オースティンは、GvG――ギルド同士での大規模戦闘を目的として結成されたギルド「エンプレサリオ」のギルドマスターだ。
街の中で今日のGvGについての打ち合わせと動き方の確認を行っている時、黒い触手の塊の襲撃を受けた。
咄嗟の対応としては上々だったとは思うが、万全には程遠い。今ここにいるメンバーは20名強。普段の戦闘単位の三分の一程に過ぎないし、構成バランスも悪い。その上、エンプレサリオのメンバーは対人戦に特化した装備やスキル構成をしているのだ。ボスクラスの敵を相手にするには向いていない。侵攻を止められただけでも、うまくやった方だろう。
「方針変更をするにしても、どう転がすべきか……」
迷うオースティンに対し、通話回線が開いた。爆弾狐娘の椿からだ。
若干嫌そうな顔をしたオースティンだったが、なんだかんだで助けになってくれる奴ではある。オースティンは、通話回線を開く事にした。
「やっほー。元気してる? マスターストーカー君」
「その名で僕を呼ぶな。まるで僕が変態みたいじゃないか」
「や、そういう意味も含めての渾名だと思うけど」
オースティン。
彼はかつて、ハイディング系スキルを駆使して戦闘中の敵ギルド本陣まで潜入。息を潜めて指揮官の椅子の下に潜り込み、ベッドの下にへばり付き、屋根裏で戦闘指揮の様子を探った。そして、敵の戦術、構成、突撃タイミングから指揮官の女性関係、口説き文句まで丸裸にしたのだ。
人は敬意をこめて、彼をこう呼んだ。マスターストーカー、と。
「今日は、ストーカー君にお願いがあって連絡したんだよ」
「マスターを省略するな。まるで僕がただの変態みたいじゃないか」
「え、意外と気に入ってたんだ。マスターストーカー……」
戦慄しつつも気を取り直した椿は、本題に入った。
「お願いってのは、あれさ。たぶん今君達が相手をしている、黒いウネウネちゃん。そいつを倒すか、最低限足止めしておいてくれない? 具体的には三分ほど」
「倒すのはともかく、足止め? ……何か事情があるのは分かった。後で話を聞かせてくれるなら了承しよう」
「ありがとねっ」
語尾にハートマークが飛び交うのが幻視される媚々な感謝の声が聞こえた後、通話回線が切れた。
オースティンは眼鏡をくいっと上げ、キラリと光らせる。偶然ではない。この眼鏡は、くいっと上げると光る仕組みになっているのだ。オースティンのお気に入り装備だった。
「オースティン。方針は決まりましたか?」
「ああ、足止めに徹する。三分間。椿から頼まれた」
オースティンの横に並んだ副官のマーサからの問いかけに対し、オースティンは簡潔に答えを返す。
マーサとの対話はこれだけで事足りる。ギルド立ち上げの時から共にGvGを戦い抜いた戦友なのだ。
再び眼鏡をキラッとさせるが、二人がそんな事をしている間にも戦況は動き続けていた。
「俺の堅さを見ていてくれっ! うおおおおおおお、イモータル・カース! ペイン・アブソーバー! ウォール・オブ・ガーディアンッッ!」
一人突出した騎士が天に手を掲げ、スキル効果の発する光に包まれる。
いずれも、耐久力を高めるためのスキル。スキル効果に覆われた騎士を落とすのは容易ではない。騎士は自信を持って盾を構え、黒い触手を待ち構えた。
そして、踏み潰された。
「ヤ、ヤットーーーーーッッ!!」
「あいつ……無茶しやがって」
「だが、そこがいい。道理を踏み潰して進むのが俺達だ」
「踏み潰されたのはむしろヤットの方だけどな……」
黒い触手は、騎士を踏み潰した勢いのまま陣形の崩れた前衛に雪崩れかかった。
「「ギャーーーーーッッ!!」」
「……前衛、壊滅しています」
「あいつら、次のGvGでは肉壁の刑に処してやる……いや、奴らなら逆に喜ぶかもしれん。どうしよう」
「どうしようもありません」
「……そうか。そうだな、どうしようもない」
構っても放置しても奴らは喜ぶ。ドMとは度し難い生き物だ。神は何故、このような性癖の連中を作ってしまったのか。いや、神話を紐解いてみると神様も大概ド変態ばかりだった気がする。神とは一体。
かぶりを振って馬鹿な考えを振り払い、オースティンは次にやるべき事を考えた。が、時間が必要だ。前衛無しでは耐え切れないが、復活させるにしろサブ前衛組みに装備を持ち替えさせるにしろ、戦いながら行うのは不可能だった。このまま中衛と接触されたら、二十秒と持たずに壊滅する。
「氷の檻」
上空から、救いの神となる冷たい光が無数に降り注いだ。氷の檻は、一瞬ではあるが怪物の歩みを止める。
直後、青く輝く槍が飛来し怪物の脚となっている太い触手を切断した。槍は氷の嵐を周囲に撒き散らし、触手の切断面を凍らせる事で再生を遅らせる。
脚の一本を失いバランスを崩した怪物は倒れこみ、寄りかかった建物を半壊させつつ止まった。
「……クーか」
オースティンが上空を見上げると、屋根の上から攻撃を仕掛けたであろう獣人の姿が眼に入った。
エンプレサリオメンバーと同様、ボス戦に向いているわけではない。しかし、強力な助っ人だ。対人戦を嗜む者なら誰もが知る有名人。タイミングも最高だった。これで、立て直せる。
「方針変更! 足止めに徹する!!」
声を張り上げ、意気揚々と味方に指示を与える。自信を持って、仲間の士気を上げるように。
「サブ前衛組、盾に持ち替えて前に出ろ! 死なない事を最優先、前衛のHPが誰か一人でも半分を割ったら全体的に後ろに下がりつつ回復。ダメージコントロールは前衛同士の判断に任せる。魔法は氷系統に絞り、弓は破壊力の高い攻撃を脚に集中。敵に移動させるな!」
「支援職は、瞬間最大防御力を出せる支援に切り替え。戦線が三分持てば良いです。前衛が後ろに下がった時に蓋にならないよう、斜め後方に配置するようにして下さい。……あと、死者をこの場で復活させる余裕はありません。死んだら、復活ポイントから走って戻ってくるように」
オースティンに続きマーサも支援職への指示を出す。
両者が指示を与え終わると、オースティン自らも盾に持ち替えて前に進み出た。
途中でマーサの方を振り返り、軽く笑みを浮かべながらギルドを託す。
「僕も前に出る。後は頼んだ」
「了解しました……ヒーローごっこ、楽しんできてください」
「ああ」
オースティンは軽く手を振り、嬉しそうに微笑むマーサを残して子供のように戦場へと駆け出した。