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傍観者ではいられない!  作者: ぽぽりんご
第一章 リー・リノ編(わいわいがやがや風味)
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第5話 プレイヤー

 

 

「さて」

 

 椿とリノが駆けて行った後。

 クーと黒騎士は、微妙な距離を挟んで対峙していた。

 武器の射程を考えれば、二歩も進めば互いの武器を打ち合うことが出来る。

 どちらかがあと一歩でも進めば、危険領域。会戦の合図となるだろう。

 二人の間には、ピリピリとした緊張感が漂っていた。

 

「お前は、プレイヤーじゃないな。どうやってここに来た? 目的はなんだ?」

 

 クーは、黒騎士の行く手を塞ぐように槍を横に突き出したまま問いかける。

 その言葉には冷たい殺気のようなものが込められていた。

 答えなければ、力ずくでも。そんな感情が含まれた声色だが、黒騎士は答えない。

 

 黒騎士は、声の代わりに行動を持って返答を返した。

 わずかに身を低くし脚に力を込める。バネが押し込まれるように、黒騎士の体全体に力が溜まっていく。人間の限界を超えても力を溜め続けたその力を爆発させたなら、数歩程度の距離など無いも同然だろう。

 

 それを見たクーは目を見開き、槍をくるりと回して前方に突き出す。

 身を低く構え、相手の突撃を迎撃する構えだ。

 相手の獲物……フランベルジュは大型の剣ではあるが、さすがに槍の射程には敵わない。

 黒騎士がクーに攻撃を仕掛けるためには、クーの槍による迎撃を避ける事が必要不可欠。

 だが、重い鎧を身にまとってそれを実現するのは不可能。クーはそう見立てた。

 

「ガアアアアアアアアッッ!」

 

 思ったより甲高い雄たけびを上げながら、黒騎士が突進を開始する。

 速い。人間の動きではない。

 単純な力では敵わないと判断したクーは、カウンターを持って答えた。

 地面を踏みしめ体を安定させる。地面は堅く、安心感があった。たとえクーがこの場で全力を出したとしても、全てを受けて止めてくれる。

 クーが槍を突き出した回数は、三度。常人なら見切る事すらできない速度だ。三度の攻撃は狙いたがわず、黒騎士の剣の柄、剣を握った右腕、右脚を貫いた。

 

「!?」

 

 三度の攻撃を受けたにも関わらず、黒騎士の突進は止まらない。

 どうやら見た目よりかなり重量がある相手のようだ。

 驚きを抑えて槍を引き戻しながらくるりと回し、石突きで相手の顎をかち上げつつ体を右にずらす。

 

 頭はこちらを向いていないと言うのに、如何なる手段かクーの動きを察知して進路を変えようとした黒騎士に対し、クーは再び槍を三度突き出した。今度は、全て両足へ攻撃を集中。

 踏み出した左足が地面に触れる直前に攻撃を受けて黒騎士は姿勢を崩す。直後にクーは槍でなぎ払いを行い、残った脚も刈り取った。通常であれば転倒はまぬがれない状況。しかし黒騎士は、剣を地面に叩きつけ体を一回転させる事で体勢を立て直す事に成功した。まさに獣そのもの。尋常ではない筋力とバランス感覚だった。

 だが、体勢を立て直すために時間を使いすぎだ。クーは隙だらけの黒騎士に対し拘束スキルを発動する。

 

「チェーン・バインド」

 

 黄色く輝く鎖が黒騎士の体を拘束。麻痺の付加効果を持つ鎖は二重三重と黒騎士の体に纏わりつき、その動きを封じる。仮に麻痺に耐性があったとしても、左手を除く四肢にダメージを受けた状態でこの鎖を引きちぎるのは難しいだろう。

 

 だが黒騎士はクーの見立てを再び上回った。クーは心の中どこかで、黒騎士の事をいまだ人に近い存在であると認識してしまっている。最初から、もっと上位の存在であると認識するべきだった。

 黒騎士はまるでダメージなど無いかのように四肢に力を込める。いや、そもそもダメージなど既に無かったのだ。黒騎士が全身に力を込めると、見る見るうちに鎖は罅割れ、やがて砕け散る。

 

 ここでようやく、クーは黒騎士の体の傷がほとんど消えている事に気づいた。

 

自動回復(リジェネート)……尋常じゃないレベルの。なるほど。確かに攻撃が効いていないように見える、か」

 

 黒騎士が動き始める前に距離を取ろうとしたが、やや遅かったようだ。

 鎖を引きちぎった黒騎士は、横薙ぎの攻撃をクーに食らわせた。

 

 すさまじい衝撃がクーの体を襲う。

 槍で攻撃を逸らしたというのに、衝撃だけでHPゲージがわずかに減少した。

 まともに喰らえば大ダメージだろう。

 

 吹き飛んだクーを追いかけ追撃を仕掛ける黒騎士の攻撃を、クーは体を後ろに仰け反らす事で回避。

 逃げ遅れた髪の数本が剣先に巻き込まれて飛び散り、光を受けて空中に煌きを残した。

 体をそらした勢いのままバク転で追撃を交わしつつ体勢を立て直す。黒騎士は剣を力強く振り回し、まるで荒れ狂う暴風のように部屋の中を突き進んだ。しかしクーはその暴風を槍で打ち落とし捌き続ける。むやみやたらに振り回している印象を与える黒騎士の剣戟だが、流れるように次撃へと繋げていく様を見るに技量の方も相当なものだ。もしこの場に観客がいたのなら、二人の間に飛び交う無数の火花を見て喝采を上げた事だろう。

 

 

 埒が明かないと判断したのか、やがて黒騎士は攻撃を中止し後方へと下がる。

 戦闘開始時と同じような微妙な距離を開けて二人は再び対峙した。

 

 

 あの再生力を考えると、生け捕りは無理か。

 そう考えたクーの周囲の空気が変わる。

 その空気に当てられた黒騎士は、一歩後退した。

 

 が、すぐに再び一歩踏み出す。

 グルグルと獣のようなうめき声を上げた黒騎士は、その手から黒い霧のようなものを噴出させた。

 それを見たクーの目に暗い何かが混ざりこむ。瞳孔が開き、クーの方もどこか獣染みた気配を放ちはじめた。

 

 霧はフランベルジュに纏わりつき、禍々しい気配を放っている。

 おそらく、武器に何か追加効果を付与させているのだろう。

 

「思った以上の手がかりだ。気になるな、お前の正体。そして、なぜあの娘を狙うのかも」

 

 これで、あの娘――リノを守らないわけにはいかなくなった。クーが想像していた以上にリノは重要な人物であるようだ。

 あの娘と共に居れば、クーの求める手がかりの方から飛び込んできてくれる。これを逃さない手は無い。

 

 

 二人が動きを止めてから、約十秒。

 先に仕掛けたのは、黒騎士の方。

 足止めを受けている側が先に仕掛けるのは、当然だ。

 

 黒騎士の、今までより速い突撃。

 それに対し、クーも突進を持って答えた。

 フランベルジュの射程内に入ろうとするクーに対し、黒騎士は剣を振り下ろす。

 

 黒騎士の剣が、クーの頭に突き刺さる。

 だが次の瞬間。クーの姿は霞のように消え去った。

 

「ミラージュ……自身の幻影を作り出すスキル。基本的に後衛が逃げる時に囮として使うもんだが、接近戦でこれをやられるとたまったんじゃないよな」

 

 振り下ろした右腕を上から押さえられ、黒騎士の動きが一瞬止まる。

 黒騎士は力ずくで振り払おうとするが、逆にその力を利用されて腕を捻られ、更には肘に膝蹴りを喰らった。

 限界まで腱が伸びきった状態からの攻撃を受け、黒騎士の腕が破壊される。

 

 クーはそのまま背後に回り、無理やり黒騎士を投げ飛ばす。

 途中で腕を放して空中に放り出し、槍を回して構えなおすついでに相手の足首を切り裂きつつ、クーは槍を持った右腕を引き絞るように後ろに下げて左手で目標へ狙いを定めた。自動回復を考えると腕や足首にダメージを与える必要など無かったかともクーは考えたが、もはやこれは体に染み付いた癖のようなものだ。

 

 相手は空中。攻撃をかわす事はできない。

 次の一撃で、決める。

 

「グングニル」

 

 光が、影を撃ち貫いた。

 まるで風鈴のような澄んだ清らかな音が凜と鳴り響き、二人がいる部屋が眩く輝く。

 渾身の力を込めて投合された槍は黒騎士の体を中ほどまで消し飛ばし、塔の壁を貫いて空に一条の光を残した。

 これは、クーが持つ最大威力のスキルだ。神の槍の名を持つにふさわしい威力と射程。体長が十メートルを超えるようなボスモンスターならともかく、人型の生物がこの攻撃を喰らって無事で済むはずが無かった。

 

 光が収まると、静寂が辺りを覆う。

 槍を投合した姿勢で固まっていた手に槍が戻るとクーは技後硬直から抜け出し、いつものように槍をくるりと回してその感触を確かめつつ、最後に十字に斬り結ぶ事で槍の先端についた汚れを振り払う。神話にある通り、グングニルは標的を貫いた後に自動的に持ち主の元へと戻ってくるのだ。どうせなら必中効果も持たせてくれたほうが神話に近いとクーは思うのだが、さすがにそれはゲームバランスが崩壊するか。予備動作が大きいため命中させるのが難しく、かつ目標を外したら自分で拾いに行かないといけない――つまり、戦闘中に武器を失うという大きなリスクを背負うが故の超威力スキルだ。

 

 

 肉体の半分近くを失い倒れた黒騎士は、ビクンビクンと痙攣している。

 これほどの損傷を受けても即死はしなかったようだが、先ほどまでのように傷が回復する様子は見えない。致命傷を受けたという事だろう。

 

 運がいい、この状態なら捕縛できるかもしれない。

 そう考えたクーは、黒騎士の方へと歩みを進める。

 

 黒騎士は痙攣するたび、血の代わりなのか。傷口から黒い液体がこぼれていく。

 体の大きさを考えると明らかに異常な量の液体が出ている事に気づいたクーは、途中で歩みを止める。

 黒い液体は徐々にその量を増やしていき、広がり、固まり、やがてそれは黒い触手となった。

 

「……は?」

 

 触手は分裂をはじめ、爆発的にその数を増やして行く。増殖は黒騎士の体を覆いつくしても止まらない。

 一際太い触手が生まれたかと思うと、まるで脚の代わりだといわんばかりに地面を踏みしめ、触手で覆われた巨体を持ち上げ始めた。

 

 破裂したかのような音を立てつつ、触手が高速でクーの元に向かう。

 クーは槍で触手を斬り払いつつ走り、先ほどのグングニルにより穿たれた壁の穴から空中に身を投げ出した。

 室内であんなのの相手をするなど、自殺行為だ。

 

 

 クーの視界は接近してくる町並みで埋まっている。冷たさを感じさせる風を全身に受けたクーは、リアルな落下感とも相まってわずかに体を硬直させ冷や汗を掻いた。何度死ぬような目にあっても、死んでも大丈夫だと分かっている今でさえも、なかなか受け入れられるものではない。

 

 クーが体を捻って上空に目を向けると、膨張した触手が壁にあいた穴から飛び出しこちらに向かってきているのが見えた。

 空中では身動きが取れない。捌くのは無理だ。

 

「チェーンバインド」

 

 リキャストタイム――あるいはクールタイムとも呼ばれる、再使用不可時間が経過したばかりのスキルを使う。

 触手を攻撃するために使用したのではない。クーは手にした鎖を真横に投げ、時計塔の外壁を伝う配水管に巻きつけた。

 腕にガクンと強い衝撃が走るが、歯を食いしばって耐える。衝撃に耐えられなかった配水管がひん曲がり、外壁に固定するための鋲が次々と弾け飛んでいく。体が時計塔の外壁に激突しそうになるが、壁を思い切り蹴る事でなんとか持ちこたえた。

 わずか一秒耐えるだけで、クーの進む方向は真下から真横へと変わる。クーの体は、時計塔から大通りを挟んで反対側にある建物に並んだ窓の一つに突っ込んだ。

 

 受身を取りつつ転がるクーは、木で出来た四角い何かと白黒の小さな石を弾き飛ばしつつ室内の壁に激突し、止まった。

 

「おや。こりゃあ、たまげた」

「あんさん、大丈夫か?」

「親方、空から女の子が!」

「懐かしいのぉ。小さい頃は、心を躍らせたもんだ。もう、八十年程前になるか……儂も年を取った」

 

 クーは碁会所のど真ん中に突っ込んでいた。対局中に突然碁盤が吹き飛んだというのに、老人達は言葉とは裏腹に落ち着いたものだった。

 

「す、すみません。対局のお邪魔をしてしまって」

「ええよ、ええよ。あんた、塔の最上階から落ちてきた人だろ? 見とったよ。むしろ何か刺激が欲しいと思う取った所じゃ」

「なんか、黒いのが塔をぶち壊して出てきたぞ?」

「街中で、戦闘が始まるんかのう」

「腕が鳴るわ。久しぶりに、戦ってみるか」

「おや、黒いのが地面に落ちたぞ。歩き始めた」

 

 老人達の話を聞いて、慌ててクーは自らぶち壊した窓から外を見る。クーのいる建物は塔を除いたほかの建物より高層の建物だったため、街の様子がよく見えた。

 黒い触手の塊は街の通りを、まるで犬が地面の匂いを嗅ぐような仕草で徘徊している。周囲にいたNPCが慌てて逃げ出す様子が見えた。プレイヤーの何人かは攻撃を仕掛けた様子だったが、瞬く間に触手の餌食となって消えていく。あれの相手をするには大人数が必要だ。

 クーは急いでメニュー画面からフレンドリストを開き、椿に連絡を取る。状況を伝えると椿は軽い様子で「任せとけぃ!」と返してきたが、大丈夫だろうか。

 

「お邪魔して申し訳ありませんでした。私はあの黒いのを追います。皆さん戦うのであれば、防御を重視した方がいいですよ。あの触手をかわすのは難しいです」

「おう、行って来い」

「がんばれよ」

「ワシらが行くまでに死ぬんじゃないぞ」

 

 クーは老人達の声援を受けつつ窓から飛び出し、出窓やひさしを蹴って隣の建物の屋根まで到達するとその上を走り出す。

 窓から身を乗り出してその様子を見ていた老人達は、ほけーっと感嘆の声を漏らしつつ軽快な獣人の後姿を見送った。

 

「儂も、あと十年……いや三十年……いやさ七十年ほど若ければ、ターザンのような動きができたろうに」

「七十年は、ちと欲張りすぎじゃ」

「スカートじゃなかったのが、惜しい」

「お前さんは、元気じゃの……」

 

 老人達の幾人かは戦闘準備を始め、残りはなんでもなかったかのように再び碁盤を置きなおし、対局を再開した。

 

 

 街の騒ぎは少しずつ移動し、侵食を広げていく。

 今までになかった現象、今までになかった存在が街を跋扈(ばっこ)する。

 この街に、この世界に。何かが起き初めようとしていた。

 

 

 

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