第4話 かっこいい女性って、憧れます!
結局、目が節穴な神父と忍者達からこの国についていろいろ話を聞いた。もちろんギルドには入っていない。
結論から言うと……馬鹿げた話にも聞こえるが、ここは私のいた世界とは違う場所だ。
魔王を倒した勇者様は、私達の住んでいる世界とよく似た異世界から来たといわれている。もしかして、ここが勇者様のいた世界なのではないだろうか。
どうやって帰ればいいんだこれ。あの水晶キラキラ空間に行けば、まだゲートが開いているかもしれないが……
と言っても、水晶キラキラ空間が何処にあるのかもわからない。
まぁいい。不安で押しつぶされるよりはポジティブに行こう。曖昧な情報だが、次の人への伝手はあった。
獣人の少女、椿。
なんでも色んなところに出没しては突撃取材を敢行する猛者らしい。色んな所に行くなら、水晶キラキラ空間がどこにあるかも知っているかもしれない。
私は先ほどの男に教えられた場所、街の中央にある時計塔の階段を登っていた。ここの最上階に椿がいるとの事。
……あれ。冷静に考えてみれば、なんで椿のいる場所がわかったんだろう。ここが家というわけでもないだろうし。
ストーカーか何かなんだろうか。
そんな事を考えながら階段を登りきった私は、いかつい扉を押し開ける。
扉の向こうは大きなホールとなっていた。なんかさっきから無意味に広い部屋多くない?
「ほら、この衣装かわいい! これにしようよっ。一部の特殊な趣味をしたお姉さま達から絶賛の嵐間違いなし!」
「いいですな! 普段クールな人が着慣れない衣装を着て恥ずかしそうに赤面する……中の人の性別など関係なく、なんかこう、たぎるものがありますな!」
中に入ると、二人の美人な獣人さんと……さっきのブタ。何故お前がここに居る。
小柄な獣人の少女とブタ忍者はフリフリの衣装を手に持ち、長身の獣人に迫っていた。少女の方はいいが、目を血走らせたブタの方は姿も言動も変質者そのものだ。通報したい。
「いい加減にしろっ! てか、この忍者はどこから出てきたんだ!」
「あ、申し遅れました。わたくし、このたびギルド『フェチ☆ズム! ~それは愛の調べ~』を立ち上げる事にしましたコシヒカリ90%と申します。気軽にコッシーとでもお呼びください」
「いや、誰もそんな事は聞いてない」
「この人すごいんだよ。喋ってるのを少し聞いただけで、出身地を言い当てちゃうんだ」
「残りの10%は、いけない妄想で埋まっております」
「誰もそんな事は聞きたくない」
どうも取り込み中のようだ。犯罪忍者の言動に突っ込みたい点は多々あったが、今はそれよりも獣人二人のかわいらしい尻尾に目を向けるべきだろう。
私は視界からブタを排除し、二人の姿に注目した。
獣人の片方は小柄で愛らしい狐耳少女。体の線が出にくい紅白の法衣……巫女服を着ているにも関わらず、その中に秘められているのは折れそうなほど華奢な体であるとたやすく想像できる。羨ましいほど輝く金の髪に、これまたサラサラと輝く金の耳と尻尾。耳と尻尾の先っぽだけは白い毛に覆われており、そこだけもふもふ感がはんぱない。撫で回したい、この尻尾。
もう一人の獣人は、狐耳少女とは対照的に長身でグラマラス、ワイルドな印象を与える毛皮を身に着けた女性。やや冷たさを感じさせる青い髪に、青の狼耳とアクセントとなる銀の髪留め。顔立ちもクールで、女性にもてるタイプの女性だ。まぁ、私はその尻についたもふもふの尻尾に目が釘付けだけどね! くるまりたい、この尻尾。
「おや、来たようですな。椿殿、あの金にがめつそうな荒んだ美少女が、あなたに用があるそうですぞ」
「おー?」
狐耳少女が耳をピコピコ動かしながらこちらに視線を向ける。やだ、あの耳さわりたい……!
「問題なく辿り着けたようなので、わたくしはこれで」
「おいすー。ばいばーい!」
変態忍者はそう言い、手を大きくブンブン振る狐耳少女に見送られて立ち去っていった。
あの変態は地理に疎そうな私を心配して様子を見に来てくれたのかもしれないが、金にがめつそうな(事実)荒んだ(事実)超絶美少女(完膚なきまでに事実!)なんて呼ばれてしまってはそのプラスポイントも相殺せざるを得ない。ブタ箱からの脱出は僅かに叶わなかったよ。残念。
と、耳と尻尾ばかりを見ている場合ではない。今の話の流れからして、二人の獣人のどちらかが椿なのだろう。
私は目を凝らして二人の顔を見た。すると、狐耳少女の上に椿という名前が浮かび上がってくる。ふむ、撫で回したくなる方が椿か。くるまりたい方が、クー。
私がクーの方に目線を向けると、なぜかクーはビクッと体を震わせた。何故だ、解せぬ。
ちょっとそのふかふか尻尾を抱き枕にさせてもらおうと思っただけなのに。
さて、ここまで来たはいいが……どう声を掛けるべきだろう。正直、私の現状をうまく説明できる自信がない。頭のおかしい人扱いされないだろうか。
「それで、どうしたのー?」
椿が私に話しかけてくる。
ええい、まどろっこしい。めんどくさいのは無しだ。適当に丁寧っぽく喋っていれば問題はないだろう。
私は二人の前に立って会釈をし、椿に話しかけた。
「お忙しい所申し訳ありません。私は、ラ・グアイラの街から来たリー・リノと申します。知識人として名高い椿さんにお尋ねしたい事があって参りました」
「ラ・グアイラって……ベネズエラ? 地球の裏側から遠路はるばる、私に何の御用かな?」
「ベネ……?」
また新しい単語だ。気にはなるが、ひとまずはスルーする事にしよう。
認識の齟齬が大きい。質問するのは、情報を全部出してからだ。
私は、たっぷり三分ほど掛けて自身の事、自分の街の事、ここに来た経緯の三つを話した。
死んだと思ったら知らない場所に飛ばされてましたーなんて、薬でもやってんじゃないかと思われそうでちょっと説明したくなかったけれど。
「うーん、これって……地球の裏側どころの話じゃなく?」
椿は、背の高い方の獣人……クーの方をチラリと見る。
クーは頭を掻きながら、頭の中で情報を整理しているようだ。
「まさかとは思うが……ええと、リノ? いくつか質問するから、答えてくれ」
クーの質問に私が答える。質問内容から察するに、クーの中では私がどこから来たかおおよその推測は付いているようだった。
というか、やはり私の推測と同じだ。ここは、私のいた世界とよく似た異世界。
なんてこったい。異世界に行くのなんて勇者様だけで十分だろう。や、もしかしたら私が勇者なのかもしれないが。魔王を倒して世界を救っちゃったりするのかもしれないが。
……無いな。レベル1の受付嬢が勇者とかありえない。どこの世界に、受付嬢が大活躍する話があるというのだ。「ここにあるぞー!」と力強く言いたいが、私が活躍するお話なんて想像できない。
「……?」
なんだか微妙に目の色が変わってるクーの後ろで、椿が耳をピクピクさせている。
なんだあれ、可愛すぎるだろ。私の物になれ。
「騒がしいのが階段を登ってきてるみたいだけど、何だろ」
現実逃避を止めて、私も耳を澄ませてみる。確かに何かが登ってきているようだ。
あ、なんかブタの悲鳴が聞こえたような気がする。ぶひー。
数秒後、扉をぶち破りつつ黒い塊が部屋の中に飛び込んできた。
「……はぁぁぁぁぁ?」
部屋に入ってきたのは、黒い騎士。さっき私の腹に風穴を空けてくれやがった憎いあの野郎。
呼吸音なのか何なのかわからないが、フシューとか音を立てて周囲の様子を伺っている。そして私を見つけると、ピタリと視線をロックオンさせてきた。
え、ちょっと待って。もしかして私を追いかけて来たの? ふざけんな、レベル1のか弱い美少女を追い回すとか鬼畜過ぎるだろう。
でも、こんなすぐに追いついてくるという事は……もしかして、レベッカ達を無視して追いかけてきた? もしそうなら不幸中の幸いだが、今度は私の方が大ピンチだ。
「これって、さっきの話に出てきた黒い騎士さん? リノちゃんを追いかけてきたのかなー」
「ちょ、冷静に言ってる場合じゃありません。逃げましょう!」
「そうだね、このままじゃ話もできそうにないし」
焦る私だが、椿はうーんと考え込む仕草で天を仰ぎ、一向に動く気配を見せない。
クーの方も、若干いらついたような視線を黒騎士の方に向るだけだ。
「邪魔だな。会話ができるなら、こいつからも話を聞きたいが……望みは薄そうだ」
あ、なんかこの人強そう。レベッカと同じ空気を感じる。
そんなやり取りをしている間にも、黒騎士は殺気をみなぎらせてにじり寄ってきた。
「やっぱこのままじゃ話できないね。クーちゃん、足止めお願い。私らは逃げる!」
「了解」
クーが前に出て、私達を庇うように槍を横に突き出す。
槍を突き出してピタリと体を停止させた瞬間、まるで周囲の空気まで止まってしまったかのような錯覚を受ける。思わず息を呑んでしまったからだろうか? この先には行かせないという強い意思を放つ獣人の後姿は、まるで輝きを放っているかのように鮮烈だ。まるで絵物語から抜け出してきたのかと錯覚してしまうような、かっこいい女の人だった。
「クーさん、気をつけてください。そいつ無茶苦茶力強いです! あと物理攻撃は効かないかも!」
最低限分かっている情報をクーに伝えつつ、私は椿に手を引かれるままに外へと向かった。
椿が魔法か何かを使ったのだろうか。普段の私からは考えられないほどの速度で走っているにもかかわらず、私の脚はもつれることなく動き続ける。あっという間に周りの風景が後ろへ流れていき、ブタからぼろ雑巾にクラスチェンジした忍者を追い越し、階段を落下するように駆け下り、時計塔の出口をくぐり抜ける。
出口を越えた後、私は後ろ髪を引かれる思いで後ろの時計塔を振り返った。
そんな私を見かねたのか、椿が私に声を掛けてくる。
「心配いらないよー、クーちゃんは強いからね! 全サーバー統合PvP……でっかい闘技大会で準優勝した事もあるんだから。それに街中だし、デスペナも無いからね」
「……デスペナ?」
「あー、その辺も知らないのか。デスペナルティ、死んだ時に経験値を失うって奴だよ。街中だとデスペナないのさ」
よくわからないけれど、この人たちはやはり死んでも生き返る事ができるようだ。常識で考えるとありえないけれど、私も生き返ったみたいだし。信じざるを得ない。
安心したら急に気が抜けてきた。
さっきのクーの行動を思い起こしてみると、自然と目が輝いてくる。
槍を構えたあの姿はまるで一枚の絵画のようだった。凜とした佇まいに、思わず息を呑んでしまうような緊張感。思い出すだけで、まるで大好きな冒険譚を聞いたときのように胸が躍る。
「クーさんって、すごく格好よかったですね。格好いい女性って、憧れます!」
レベッカもそうだけど、強くてカッコイイ女性冒険者というのは最高だ。
男の冒険者はどこか粗野でいけない。いかついのが多い上に、大抵の冒険者は女性関係がだらしないのだ。幻滅である。女性冒険者はその点をクリアしているので、私の考える勇者様の理想像に近い。
まるで御伽噺に出てくる勇者のようだったと目を輝かせてクーを称賛する私。
そこに、椿から冷水を浴びせかけるような返答が返ってきた。
「んーにゃ、あいつ男だよ~」
「……は?」