第10話 魔族との遭遇
「生き残りはいないみたいね」
淡々と、レオは俺にそう告げた。
俺は吐き気を堪えつつ、それでも倒れ伏す者達の元まで近寄り、順番に脈を確かめていく。
無駄だと判っていてもそうせざるを得なかった。
全員の死亡を確認した所で、俺はレオの傍まで戻る。
体が重い。まるで俺まで生気を吸い取られたかのようだ。
俺は後方を振り返った。
ここは、山間を縫うようにして作られた街道。
その狭い街道を、キャラバン――三台の馬車と横倒しになった十頭ほどの馬達が街道を塞いでいる。その周囲では、商人と護衛であろう冒険者が十数名倒れているのが見えた。彼らの死因は、矢傷だ。
矢傷。
ゴブリンのような亜人が使うことはあるそうだが、その錬度は低いらしい。それに、知能が低いゴブリンに集団で計画的な運用ができようはずもない。周囲の地形を見る限り、明らかにこのキャラバンは計画的な襲撃を受けている。
つまり、このキャラバンは。人間達に襲われたという事だ。
「馬の数に対して馬車の数が合わねぇ。この場から持ち出されたって事だ」
「良くない状況ね。おそらく個々の面子は脆弱だろうけれど、計画的に襲撃してくる人間に対処するのは難しい。一旦引き返すべきか」
「だな。組合に連絡して討伐隊を出してもらった方が安全だ。まぁその頃には盗賊連中も別の場所に移動してるだろうけど」
俺と違い、レオとバヤールは普段どおりの態度を保っていた。
この世界に来て二週間。自分ではこの世界に慣れたつもりだったが、そうでもなかったらしい。
何かあってもすぐ対処できるようにするため、森馬には乗らず徒歩で移動を開始する。
俺は重い足を引きずるようにしてレオの後に続き、街道を引き返した。
しばらく歩き、崖に囲まれた見通しの悪い領域を抜け出すと、レオは歩くペースを落として俺の横に並んだ。そして腰を軽くかがめ、俺の顔を覗きこんでくる。
「……大丈夫?」
レオは俺の背中に手を置き、軽く撫でた。
俺はすぐに返答を返そうとしたが、喉に何かが詰まったかのように言葉が出てこない。
俺の顔色が悪いのを見て取ったレオは、手袋を外して俺の手をギュッと握ってくる。
ガチガチに固まり冷たくなった手の平にレオの体温を感じると、なんだか安心できた。少しだけドキドキする。
レオは意外と心配りができる上に優しい。
他の人がそれに気づかない事が多いのは、レオの行動パターンが大きく影響している。
レオはまず物事に優先順位を付け、上位のものを片付けるまでは他の事に構わない。だから冷たい印象を与えてしまうのだ。
今回も、見通しのいい場所に出るまで俺の事を完全にスルーしてたし。
「すまん、落ち着いてきた……ありがとう」
「ん……強がりでもないか。さっきまでのタイガ、ひどい顔色してたわよ」
「ああ、そうだな。人の死体を見るのなんて初めてだったからな」
魔物や家禽の死体なら見慣れたが、やはり人の死体というのはインパクトが大きい。
このキャラバンは、俺達が来た町から出発した連中だ。もしかしたら、護衛の冒険者達と組合ですれ違った事ぐらいならあるかもしれない。
「こんな簡単に、人は死ぬのか」
「……昔はそうそう死者なんて出なかったけど、最近はね」
レオが遠い目をしながら言う。
死んだ者達への想いを馳せているのか。その中にレオの知り合いはいるのか。もしかして、レオにとって大切な人も……
なぜか少しだけ湧き上がってきた嫉妬心を押さえつつ、ふと隣に居るレオの方を見やる。
レオは相当に強いが、無敵と言うわけでもないはずだ。俺は死なないが、レオは死ぬ事だってある。
それを考えると、再び俺の顔から血の気が引いていく。
大丈夫だ、落ち着け。レオは強いし、バヤールの援助があってこそとはいえ俺だってかなり強くなってきているのだ。レベルも20を超えた。正直、食い詰めて盗賊になるような連中――レベル10にも満たない奴らに集団で襲われたって簡単に返り討ちにできる。注意すべきは、罠や薬物か。
そう考えた俺は、探知魔法で空気中の成分を調べる。特に異常は見られなかったが、これからは注意していこう。
◇◇◇
一時間ほど歩き、町まで道のりを中ほどまで踏破した頃。
急にレオが立ち止まって、森の方に視線を向けた。
「……人ね。ずいぶん焦って移動しているようだけど」
「何かに追われてる、とか?」
「どうかしら。少なくとも目で見える範囲にそれらしい奴はいないけど」
俺は一応魔法を射出できるように準備をしようとするが、レオに静止された。
すこし気を張りすぎていたかもしれない。
「おそらくキャラバンの生き残り。森の中に逃げ込んで生き延びたんでしょう」
レオは再び移動を開始する。俺はいつものように、レオの後ろについて行った。
「救助するわ。ついでに話を聞いておきたいし」
「了解」
少しだけ移動して五分ほど待っていると、草むらがガサガサと音を鳴らしながら揺れ、やがてそこから人が飛び出してくるのが見えた。
ぱっと見の印象は、小柄な子。年の頃は十四から十五といった所だろうか。髪をツインテールにした女の子だ。
森の中を長時間走ってきたせいだろう、魔法を込められているはずの服は魔力切れを起こしぼろぼろに擦り切れ、体を守る役目を果たさなくなっていた。所々に血の跡がにじんでおり、女の子が必死に逃げてきた事を伺わせる。
女の子が顔を上げてこちらの方を見ると、その表情は不安そうな顔から満面の笑顔に一瞬の内に様変わりした。
「ひ、人だーっ! 男の方はヘタレ臭がするけど、女性の方は超高レベルっぽい雰囲気がバリバリです! 助かりましたー!!」
……ヘタレ臭。
なんだよ、不安を和らげてやろうと色々考えてたのにその言い草はねぇだろ。まぁ俺が何もしなくても不安解消しちゃってるみたいだけど。
レオが女の子――キャロから話を聞くと、やはりこの子はキャラバンの生き残りとの事だ。レオにべったり張り付きつつ、盗賊達に襲われてからの話を元気良くレオに説明している。
うーん、見た目に反してこの子メンタル強いな。普通、襲われたことをあんな元気に説明できるか? ただの荷物運びで雇われただけなのでキャラバン連中とはそれほど深い関係ではなかったらしいが……もしかして、この世界基準だと俺がヘタレなだけ?
「なんだタイガ、哀愁漂う背中してるぜ。レオを取られて悔しいのか?」
「いや、ただ俺ヘタレなのかもなって思っただけ」
「そりゃ間違いなくヘタレだよ。普通の男ならもっとガツガツ女にアプローチするもんだろ」
「いやそっちの話じゃなく」
キャロに珍獣扱いされるのを嫌がってこちらに避難してきたバヤールからの追撃を受けつつ、俺はキャロの話に耳を傾ける。
と、急に先程のキャロの言葉に疑問を抱いた。
荷物運びに雇われた? この小柄な女の子が?
いや、この世界だと見た目と腕力が比例しないケースもあるから一概には言えないのだろうが、それにしたってこの子が荷物運びに向いているとは思えない。いくら腕力が強くたって体が大きくないと大きな荷物は持てないし、体重が軽いとバランスを取るだけで一苦労だろう。
そう思った俺は、キャロに疑問を問いかけた。
「あ、お兄さん。私が剛力無双な腕力バカだと思ってますね? 違いますぅ、私はか弱い女の子ですぅ」
なんかこの子、少しイラッとする。
「ならなんで荷物運びの仕事なんかしてたんだ?」
「それはですね、私の持つスキルが理由なんですよ。荷物運びにも戦闘にも、監禁状態からの大脱走にも使える超レアスキル! なんと私は……」
「……おい! なんか近づいてくるぞ!」
キャロの声は、急に大声を上げたバヤールにかき消された。
バヤールの言葉を聞いた瞬間俺とレオは戦闘態勢を整え、キャロは草むらに隠れて小さくなっている。
「私の目には何も見えない。不可視系統のモンスター?」
「いや、ちょっと違うな。こいつは影を操る神人もどき……魔族って言った方がわかりやすいか。影の中を進んでるんだ」
「影の中を……?」
それを聞いたレオは弓を上方に向かって構え、森に向かってブラストフェザーを放つ。森の一部が吹き飛ばされ、俺達の居る街道に掛かっていた影が一掃された。
……あ、いつの間にかキャロが街道の中央に陣取ってる。話聞いてたのか。こいつ抜け目ねぇな。
「来たぞ」
バヤールがそう言うと同時に、街道脇にある茂みの影からズルリと痩せこけた男が這い出てきた。
黒く濁った肌に、長い手足。ぼろぼろの服らしきものを纏っているが、どうも服ではないようだ。それは肌と同じ色をしている。
……脱皮? 人間に近い姿をしているが、魔族ってのは外骨格でも持っているのだろうか。
男が顔を上げる。
その顔は目と口がやけに大きく、鼻と耳が見当たらない。思っていた以上に人間離れした姿に、背筋にゾワリと怖気が走った。
こいつは人とは相容れない存在だ、空気が違う。まるで負の感情が形になって目の前に現れたかのよう。生理的嫌悪感が沸きあがってくる。
視線を集中し、浮かび上がってきた文字を読み上げる。こいつの名前は、ファーゾルト。
ファーゾルトはこちらを見回した後右手を軽く上げ、影の中から湧き出てきた黒い剣を握る。戦う気は満々のようだ。
「ニンゲン……三人。増えた? ウレしい」
片言の言葉。虫のようにギチギチとした音が混じったその声は、やはり人に不快感を与える。
その目は、人を発見した事で歓喜の色を浮かべていた。
といっても、良い意味ではない。
「コロす人数、増えた。ウレしい」
レオが矢を放つ。が、ファーゾルトは影の中に身を沈めて回避しようとする。
しかしそれは予想できていた事だ。俺はライトの魔法を放つ。閃光のように強い光がファーゾルトのいる場所の影を消し去った。効果時間を短くする代わりに、光量を大幅に増加させた俺のオリジナル魔法だ。スタングレネードっぽい物を再現しようとして失敗した魔法とも言う。
沈み込もうとしてた影を失ったファーゾルトはとっさに矢を手で掴むが、レオの放った矢はただの矢ではない。
ファーゾルトが矢に触れた瞬間爆発を起こし、その上半身を消し飛ばした。
そして、どうっと音を立てて残った下半身が後ろに倒れる。
あっさり終わったかと思ったが、レオはまだ警戒を解いていない。
俺の方も注意を怠らず、攻撃魔法を放つ準備を進めておく。
と、ファーゾルトの下半身から黒い影のようなものが溢れ出たかと思うと、やがて人型を取りはじめる。
やはり生きているようだ。
「アーク・インフェルノ!」
俺は準備していた魔法を解き放つ。
森で火系統の魔法は使いたくなかったが、どことなく虫をイメージさせるこいつには火が有効だと思ったのだ。
それに、炎は光を放つ。影を消し去る力を持つ。
俺の手から放たれた小さな炎は地面に魔法陣を描き、そこから高温の炎が空高くまで噴出する。敵も木々も関係なく、地獄の炎は効果範囲内の全てを焼き尽くす。
炎が消え去った後には、焼け焦げた地面が残るばかり。
通常であれば、仕留めたと考えるのが普通だろう。
「タイガ、避けろ!」
バヤールの声が耳に入った瞬間、俺は地面を転がっていた。
どちらに避ければ良いかわからなかったので、とっさに前方……最低限安全を確認できていた方向に転がったのだ。
俺がいた場所を黒い剣が通り過ぎる。転がりつつ後ろを見ると、どうやら後ろからファーゾルトに斬りかかられたらしい。
それだけではない。ファーゾルトは同時にレオの方にも襲い掛かっていた。レオの元にたどり着く前に矢に貫かれて消え去ったが……
俺は周囲を見回すと、最初にファーゾルトが現れた方とは街道を挟んで逆側の森の中にもう一人ファーゾルトが潜んでいるのが見えた。
俺とレオに襲いかかって来た奴と合わせ、三人。三人が同時に存在していた事になる。
「オモシろい。カンタンすぎるの、ツマラない」
ギチギチと耳障りな音を立てながら、ファーゾルトはそう言い放った。




